6-2 よしよし、平気平気。
目が覚めた。 だがまだ眼は開けない。
ただ、とても穏やかな気持ちで目覚める事ができた。
そしてゆっくりと、目を開ける。 しかしやはり、周囲は真っ暗なままで。
「ん、んん〜〜っ、寝たぁ」
リトはあえて声に出してみた。 真っ暗闇の中、自分の存在を確かめるように。
それにしても不思議な気持ちがする。 背伸びをしても、ストレッチをしても暗闇すぎて自分の姿すら見えない。 もしかしたら魂になるってこんな感じなのかもしれない。
ちょっと不安になって自分の手で自分を触ってみる。 地面の感触を感じる。
「大丈夫、確かに生きてる」
リトは自分にそう言い聞かせた。
リトは目を閉じて考えた。 目を閉じていれば暗闇にいるのを忘れられそうだったから。
「右、は面倒な事になる、か。 来意くんの言っていたのって、これだよねぇ」
――でも
『面倒? 怪我とか事故じゃなくて?』
『うん。 ただ、すっごく面倒な事に巻き込まれるだけ』
リトは思い出す。
「って、言ってたよね。 怪我は――、あ、してないか。 事故――っていうより、自業自得?」
こんな時なのにリトは落ち着いていた。 それはラムールが洞窟全体を包んだ「穏」の気のせいかもしれなかった。
「面倒、って言っていたから、うん。 きっと助かる。 平気」
リトは頷いた。 そして少し考えて、口笛を吹き始めた。
遭難したときにむやみやたらに大声を出すと体力を消耗する。 でも助けに来る人が気づくよう、何かの音は出していた方がいいだろう、そう考えたのだった。
「喉、乾いたなぁ」
リトは呟いた。
学びの館では、「光」「水」「火」の魔法を順に習う。 リトは「光」を卒業して「水」の呪文を学び始めたばかりだった。
リトは両手を合わせた。
「……水よ」
そう呟いて両手に神経を集中する。 掌がぴりぴりと痺れるような感覚がして熱くなってくる。
「あっ、ダメっ」
リトはそう言って柏手を打って術を終了する。
そして膝を抱え込み、ふぅっ、とため息をつく。 魔法の先生の言葉を思い出す。
「水を生み出す魔法は、コツさえ覚えればとても簡単です。 しかし――」
リトは動きを止めた。
「えっ?」
何か音がした、ような気がする。 リトはじっと耳を澄ませる。
おやまに……
その声は確かに壁を反響して聞こえてきた。
「巳白さん! 巳白さんなの?」
リトは目を開けて、大声で叫んだ。
すると返事はなく、しばらく深い沈黙が訪れた。
いや。 耳をすますと土を踏みしめる音がする。
遠くに、星が見えた。
「光よ!」
リトは慌てて光の魔法で光球を出す。 星が、近づいてくる。
「リト?」
聞いた事のある声が、リトの耳に届く。
「おにいちゃん、だれ?」
子供の声もする。
リトの光が照らす範囲に二人が入ってくる。
そこには眩しそうに目を細める幼子を抱いて、巳白が驚いた顔をして立っていた。
「巳白さんっ!」
リトはまるで幻が消えるのを恐れるかのように、すぐさま巳白に駆け寄り抱きついた。
「巳白さん、巳白さんっ」
リトは確かに巳白の姿をこの手に感じるとほっとしてわんわん泣き出した。
「ああ、リト、泣くな泣くな」
巳白がアゴでリトの頭を撫でる。
「おねえちゃん、ヨシヨシ」
そう言って巳白に抱かれた子供がその小さな手でリトの頭を撫でる。
「ヨシヨ……ふ、えええええん」
すると子供はリトにつられて泣き出した。
「あっ」
リトは我に返った。
「げ」
巳白が言った。 リトが慌てて声をかける。
「ああ、ゴメンネ、ゴメンね、泣かないで、泣かないで」
巳白がそれを見てくすりと笑った。
「よしよし、平気平気。 兄ちゃんがまた歌をうたってやるから」
巳白の歌声は思いがけず澄んでいて、心地よく、あっという間に子供とリトはそれに聞き入った。
「次はどんな歌がいい?」
一曲歌うと巳白は微笑んだ。
ほう、っとしてリトと子供は巳白の顔をみつめた。
「お、落ち着いたみたいだな。 じゃあ、ここじゃ何だから、もうちょっと進んだところに横穴があるみたいだから、そこに行ってみようか」
「巳白さん、この暗闇でも見えるの!?」
リトは驚いた。
「便利だろ?」
巳白はそう言って笑う。 子供を右腕で抱いているのでリトを左側に寄せ、左翼でリトの肩を包み込むようにサポートする。
「不安なら、翼に捕まれよ」
リトは言われるがまま巳白の左翼の羽をしっかりと掴んだ。 そして巳白に導かれて前に進む。
「足下、滑りそうだから気をつけて進んで。 ……そう、大丈夫」
巳白は時々リトにそう指示を出しながらすいすい進む。 ほどなくして巳白達は横穴に入る。
「やった。 ビンゴ! ベストな感じ」
巳白は横穴に入るなり嬉しそうに声を上げた。
「光、点けてみ?」
巳白が言った。 リトは光球で周囲を照らす。 中は天井の高さも2メートル程度でさほど広くない。 しかし三人が寝ころぶ程度には十分であった。
「ヤばそうなくぼみも、天井が落ちてくる危険性もないみたいだし、空気もそこそこ流れてる。 壁にヤばめの突起もないから間違ってぶつかってしまう事もないだろう?」
巳白は左翼をたたみ、子供を下ろした。 子供は好奇心を出して横穴の奥まで進んでみる。
「とりあえず助けが来るまでは、ここにいよう。 リト、光球はまだ平気か?」
「あっ、はい。 長時間は無理だけど……」
「そっか。 でもリトがいてくれて助かったよ」
巳白はそう言うと腰の後ろに回していたウエストポーチの中から小瓶を取り出す。
「いよっと!」
巳白はそう言うと小瓶の中身を天井にぶちまける。 ぶちまけた所が淡く光を放つ。
「もう光球は消していいぞ」
巳白がそう言うのでリトは光球を消す。 天井から淡い光が振り注ぐ。 光球ほど明るくはないが薄緑色のその光は横穴内を照らすには十分だった。
「蛍の光エキス。 綺麗だろ?」
巳白が言う。 リトは頷く。
「おにいちゃん、お水のみたい」
子供がいきなり言う。
「ああ分かった。 よく我慢したな。 すぐ汲んでくるから。 リト、ほんの少しこの子を頼む」
言うが早いか巳白は横穴から出て闇に溶ける。
「おにいちゃん、すぐに帰ってくるって」
リトはそう言ってその子に近づいた。
「ぼく、いくつ?」
「よんさい」
「名前は?」
「ひーる」
「ひーる君かぁ。 おねーちゃんはリトっていうのよ、よろしくね」
男の子はリトの服の裾をきゅっと握って言った。
「ずうっと真っ暗だよね。 はやく朝になったらいいのにねぇ」
「――あっ、そ、そうね」
リトはそこで彼が自分の置かれている状況を理解していない事を悟った。 それは4歳の子にとっては仕方ない事だろう。
「ただいま」
すると巳白がビニール袋に水を入れて帰ってきた。 手にはもう一つ、凹んだ石を持っている。
「適当なヤツが無かったから」
巳白はそう言って石の凹みに水を注ぐ。 男の子はそれをお皿代わりに水を飲む。
「おかわり」
男の子の言葉に嬉しそうに巳白が頷き、水を追加する。
「リトも飲む?」
巳白の言葉に頷き、リトは同じように水をもらう。
「ほら、チョコ」
すると男の子とリトの目の前にチョコのかけらが一つずつ差し出される。 二人ともすぐ口に入れる。
「あまぁい」
男の子はにっこりと笑った。