表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/138

【6部 洞窟の中で。】 6-1  落ちた!?

 目を開けた、はずだった。

 しかし目を開けても目の前は真っ暗なままで。

 リトは何度か瞬きをする。 しかし全く、何も見えない。


「えっ……と」


 リトは頭を軽く振ってから、上半身を起こし、両手を合わせて「光よ!」と呪文を唱えた。 手首周辺から金粉のような光が沸き上がり、それが開いた手の平の上で集まってメロン大の光球となる。

 光は眩しすぎない丁度良い明るさでリトの手足を照らした。 夜中に御手洗いに行く時など、電気をつけるのが面倒な時によく使っているので意外と慣れたものである。


「……えっと、どうして何も見えないの?」


 リトは光球をあちこちにかざしながら、呆然とした。

 光球は確かに自分の体を照らし、自分の姿は見る事ができる。 しかし他に何も見えないのだ。 

 いや、正確に言うと足下側の地面は見える。 しかし光が届く範囲に見えるものが無いため、周囲は真っ暗で何がどうなっているか分からないのである。

 まるで真っ暗な空間にぽっかり浮かんでいるかのような錯覚すら覚える。 どっちが上で、どっちが下なのか。

 地面はごつごつとした岩ばかりで、どこからか水が岩を伝って落ちる音が微かに聞こえる。


――穴に、落ちたんだ


 リトはそこでやっと思いだし、手を高く掲げた。 しかし落ちてきたはずの穴もまってく見えない。


――落ちた!?


 リトは慌てて体を触って怪我をしていないか確かめる。 すり傷程度だった。 手首には血のついた跡もあるが、特に目立った傷はない。


「怪我してない」


 落ちる時にとっさに地面につかまろうとしたのか、右手は土まみれだった。

 リトは立ち上がり、思い切り息を吸い込んで「おーい!」と叫んだ。 声は洞窟の中で何度か反響したが、闇に吸い込まれるように消えていった。


「……今って、何時なんだろう」


 リトは呟いた。 


「ここから……離れない方がいいのかな……」


 不安になるのをこらえる。

 洞窟の中は何の生き物の気配もない。

 それが逆に怖かった。 

 リトは数歩、前に歩いてみた。 すると嫌な予感がして立ち止まった。 と、同時につま先の方で、地面がわずかに崩れた。 リトは恐る恐るしゃがんで光球で足下を照らす。 するとすぐ前にはぽっかりと深い穴が開いていた。 穴の深さは分からない。 リトの光球が照らすことのできる範囲はせいぜい2メートル程度だったから。

 リトは真っ青になって、座ったままじわりじわりと後ずさりをした。 すると今度は壁に当たった。


「えっ?」


 リトは驚いた。 自分が元いた場所に下がったつもりなのに、壁に当たったということは違う方向に進んでしまったらしい。

 目印は、地面のみ。

 前後左右、リトには目印にするものが何も無くなっていた。


「あ、はは……」


 リトは力なく笑うと膝をかかえてうずくまった。

 これは夢ではないのかと。 

 何を、どうすればよいのか分からない。

 なのに。

 リトは急に、ふうわりと暖かい何かにくるまれたように意味もなく心が温かくなって、すうっと眠りについた。







 そして一夜が明けた。



 翼族委員会メンバー、トシとシンディは疲れ切ってフラフラになりながら、行動室の扉を開いた。

 そして中に入ると半分倒れ込むようにそれぞれがソファーに横になる。


「疲れたわぁ」


 シンディが呟いた。


「綺麗な顔して人使いの荒いヤツだったな……」


 返事をするようにトシも言い、大きく息を吐く。

 シンディは床の上に乱雑に散らばったままのビールの缶を拾って体を起こし、一つをトシに放り投げる。


「飲まなきゃやってらんないわ」


 そしてもう一つ拾うと缶を開けて一気に中身を飲む。 トシも苦笑いしながら缶を開ける。


「聞きしにまさる、とはまさにこのことだったな。 まさか本当に空を飛べるとはな」

「ええ。 それにあの光球、信じられない大きさだったわ」

「本国がテノス国にちょっかい出さない訳がよくわかった」


 トシもビールを一気に飲む。




 

 昨晩。 ラムールとトシ達はまず、イシス村に「馬車で」向かった。 それはトシ達が空を飛べないからである(当たり前だが)。 村に着くとまず軍隊長達が待ちかまえており、ラムールは状況の報告を受けた。 イシス村の側に設けられている家畜小屋を何者かが襲い、家畜が全滅したこと。 そのすぐ直後に巳白がこの村の側を通ったこと。 そして村に連れて行かれる最中、拘束具を振りほどいて近くで遊んでいた子供を連れたまま、消えたこと。

 ラムールは軍隊長の他に、長い黒髪を一つに束ねた少年とライイがどうとか話していたが、それは翼族の名前ではなさそうだった。

 村では連れ去られた子供の親がおいおいと泣いていた。 

 ラムールは彼らに近づくと、何も言わずにトントン、と軽く背中をさすった。


「ねぇ、教育係さん、話を聞いた限り家畜を襲ったのは翼族に間違いないと思うんですけど?」


 シンディが大声で言った。


「ならば委員会メンバーである私達はそれを調査する権限があるわ」


――調査する


 その一言で村人達は一斉に硬直した。 それを見て満足そうにシンディは続ける。


「もう夜だから外での調査は難しいわ。 あなたから依頼された分析も、この暗闇では検査できないし。 だから村人を各自調査したいんだけど?」


 村人達はおのおの顔を見あわせて後ずさりする。 ところがラムールがこともなげに言う。


「村人の調査よりも現状証拠の収集、分析が先ですね。 まずは家畜を襲った翼族が何なのか調べなければならない」

「それはこの国にいる翼族しか考えられないじゃないの?」


 憤慨するシンディに返事をしたのはボルゾン軍隊長だった。


「いや、巳白の仕業とは思えん。 きゃつは片腕だが、樹の上にあった血の手形は両手分あった」

「樹の上? 両手分? そんなもの遠目でしか見られないでしょう?」


 鼻で笑うシンディに「確かに」とラムールが頷いた。 そのラムールはトシ達の方を向いて言った。


「では確かめてみましょうか」


 確かめる?

 トシがそう尋ねる間もなく、ラムールはふわりと宙に浮く。 おお、と村人達が息をのむ。 ラムールはそのまま村の中を一望できる程度の高さまで昇っていく。 次にラムールの手首付近から細かい光の粒子が次々に湧き出し――


「光、の魔法?」


 そう誰かが呟いた。 そう、確かにそれは魔法を習う上で基本中の基本、「光」の魔法だった。 しかし。ラムールの場合は少し違った。

 見る見る間に小さな光の球が膨れあがり、それはメロン大を超え、ラムールの身長を超え、更にどんどん膨れあがる。 そしてついには、ラムールが浮かんでいる場所から、イシス村まるごと、光球で包んだ。

 辺りは昼間と変わらない明るさとなり、灯り一つ不要になった。 しかもラムールが出した光球は周囲を照らすというよりも、昼間の明るさをそのまま持ってきてすっぽりと周囲を入れ替えたような感じだ。 昼間と違う事といえば、青空が見えない、ただそれだけだった。

 ラムールは光球はそのままに、自分だけすうっと鳥のように自由に空中を移動し、村を見下ろす。


「村長! 申し訳ない、樹の枝を一本折らせて頂きます」


 ラムールの問いかけに村長が慌てて首を勢いよく何度も縦に振る。 ラムールは頷くとかなり高い樹の先にある、人間の腕ほどもある太さの枝を折って下に降りてくる。


「ご覧なさい。 この枝には跡がついている。 ここと、ここ――確かにこの枝に翼族らしきものが触れたというのは事実らしい」


 ラムールがそう言って皆の前に枝を差し出す。 枝には茶色くなった血の跡がある。 つま先の指の跡が二つと、左手らしい跡。 周囲の者が怯えた声を上げる。


「だが、これは巳白では無い。 巳白には左手は無いし、靴も履く。 素足跡が残るはずがない」


 ラムールがトシ達を見る。


「我が国に私の把握していない翼族が侵入している。 あなた方の出番だ」


 その言葉を聞いて周囲がざわつく。 ラムールは続ける。


「この樹に付着した跡及び荒らされた家畜現場に残された血痕との成分分析、及び残された指紋、掌紋を委員会のデータベースに登録されているものとの照会、その紋様の違いからどの地方の血を組む翼族であるか、調べられる事はいくらでもある」 


 トシが驚いた。


「詳しいな」


 ラムールは樹をみつめたまま言った。


「私も翼族調査委員会に検査を受けた事があるのでね」


 それは新世が翼族だった事を考えると当然といえば当然だった。


「あなたも検査を受けたの?」


 シンディが言った。 ラムールは頷いた。


「と言っても赤子の時にだけれどね」


 それを聞いてシンディは何やらくやしそうな表情を一瞬見せた。


「さて時間が勿体ない。 このサンプルだけでは情報が少なすぎる。 私は空から樹に残された跡を収集するからあなた方は地面に残された痕跡の収集にあたって下さい。 ボルゾン、不審な跡、血痕の場所の把握はできてますね?」

「ああ、地面の分なら完璧だ」


 ボルゾンが答えた。


「ではそこにご両人を案内して。 サンプルの保存方法は彼ら達に行ってもらわないと意味がないのであなた方は手を出さずに場所だけ案内して」

「小さいものまで含めたらかなりあるぞ?」

「血痕一つとっても調べれば同一か否か分かるので、手を抜かないで。 翼族の血痕が同一か、違うものが混じっているかで格段に話が違ってくる」

「そうか、分かった。 おい、おまえはこっちの男の調査員を案内しろ、そしておまえはこっちの……」


 ボルゾンが指示をはじめると、ラムールの側に泣きはらした夫婦が近づいてきた。

 ラムールが優しく言った。


「――心配ですね?」


 夫婦は涙をぼろぼろ流しながら頷いた。 ラムールはそっと二人の肩を抱いた。


「巳白は私が管理している翼族のハーフ。 とても優しい子です。 小さな子の扱いにも慣れています。 あなた方の御子を怖い目に遭わせることは決してありません。 必ず見つかるから、安心して」

「ほ、っ、ほっ、本当でずか?」


 夫婦がすがるような顔でラムールの顔を覗き込む。


「でもあの子、今頃怖がっていませんか? 泣いてはいませんか?」


 ラムールは穏やかに答えた。


「地下の気配を探りましたがそのような感じはありませんでした。 ただなにぶん、中は迷路のように入り組んでいるので私でもすぐ見つけ出す事は不可能です。 ですから闇の中で不安になってパニックを起こさないよう、大気を通じて「穏」の気で洞窟全体を包み込みました。 おそらく今頃はすやすや眠りについているはずです」

「本当ですか!?」


 不安がる両親に、ラムールは力強く言った。


「私を信じて」


 これだけ人間離れした魔法力を目の当たりにした今、それは両親にとって何よりも力強い言葉だった。 





 そしてトシとシンディはまるまる一晩中、村の周囲から森の中まで駆け回らせられ、夜も明け、やっと作業を終えて行動室に帰ってきたという訳だ。

 ラムールはひょいひょいと空中を飛び回りさっさと跡を収集して、二人に渡すとまたどこかに去っていった。 


「まったく、あれだけ飛べれば時間短縮できるでしょうよ……!」


 地面と空中の差、それは明らかだった。 シンディがぼやく。 そして大量に持ち帰った血痕の跡を眺める。

 これから収集したサンプルの分析作業をしなければならない。


「まったく、信じられない量だわ。 いったいどれだけ集めれば気が済むのって感じよね」

「これだけ分析するのがどれだけ時間を食うかって、さすがの教育係でも想像つかないらしいな。 委員会には情報が沢山ある、という所までは分かっているらしいが、それが膨大すぎてこの行動室の設備だけじゃ時間がかかる、って所までは気がまわらないらしい」


 トシは煙草を持ち出して火をつける。 ゆっくりと紫煙を吸い込み、体の隅々に回らせる。 一呼吸止めてゆっくり吐き出す。


「しかも俺達は、この痕跡を誰が残したか、知ってるしなぁ……」


 そしてモニターのスイッチをオンにする。

 モニターの中では薄暗い部屋で狂った翼族が何かの動物の生肉を、顔中血にまみれながらむしゃぶっていた。


「この国に翼族が他にいないなんて思わなかったからなぁ……しかも身体特徴が明らかに違う、となればこじつけて調査することも不可能だし、しかも翼族調査委員会が所有しているコイツのことを公にする訳にはいかないし」

「適当に嘘の調査報告書を作ってしまうしかないわね」


 シンディはモニターの中の狂った翼族をじっと見つめた。 


「――ちょっと待って」


 モニターのスイッチをトシが切ろうとしたとき、シンディが止めた。


「モニターじゃ分からない。 近くに行って見てくるわ」


 シンディは立ち上がった。

 

 


 

 シンディは狂った翼族が入っている部屋への扉を開けた。 音もなく扉が開く。


『気をつけろよ』


 スピーカーからトシの声が聞こえる。


「平気よ」


 シンディは笛を手に持ちいつでも吹けるように構えて部屋の中に入っていく。

 中にはシンディに背を向けて一心不乱に食事をしている「それ」がいる。 まがりなりにも人の形をしたそれが獣のように肉をむさぼっていた。

 シンディが有る程度近づくと、狂った翼族はぴたりと動くのを止めた。


『そろそろヤツの間合いに入るぞ。 いつ襲いかかってくるかわからないぞ』

「分かってるわ」


 シンディは返事をする。

 するとその言葉を待っていたかのように狂った翼族は身を翻してシンディに襲いかかろうとした。


「!」


 シンディは咄嗟に笛を吹く。 すると狂った翼族はまるで毒でも盛られたかのように苦しみ出し、床に伏した。


「制御器があるから平気よ」


 狂った翼族は何種類かの首輪やネックレスをかけられていた。 そのどれもに翼族委員会のマークが書いてある。 


「動かないで」


 シンディがそう告げると狂った翼族は震えながら動きを止める。 それをじっくりと見回し――


「トシ、この部分よ」


 シンディが狂った翼族の二の腕の所を指さした。 トシはモニターでその部分の画像を拡大する。


『これは……』


 トシが声を失う。

 そこには確かに、土で汚れた手で掴んだような左手の跡が一つ、残っていた。


「誰かが触ったのは間違いないわ。 この大きさからして子供でも大人の男でもなさそうね」

『ちょっと待ってくれ、それじゃこいつは今日、巳白と子供以外の人間を襲ったというのか?』

「ここにいる巳白とかいう男は左手が無かったわよね? だから巳白と子供以外の人間に接したのは間違いないわ。 でも、襲ったのなら肉の一つでも持ち帰っているでしょ。 それが無いってことは――」


 二人は唾を飲んだ。


『助けた、という事か』


 シンディは、はやる気持ちを抑えるように、ゆっくり答えた。


「――そうよ。 この国にいるのかもしれない。 私達が探している人間が」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ