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5-9  リトが

「これが資料です」


 ラムールは事務室に二人を案内すると、棚からファイルを取り出して渡した。

 ファイルには、先日に巳白が捕まった時に調査したことがつぶさに書かれている。


  巳白。 ○月×日。

   両足背部 打撲。 内出血。 人間ならば全治10日

   下腿外側 打撲。 擦過傷。 人間ならば全治10日……

  一部骨折有り。 15日ほど翼の使用は不可能。 治癒まで1月を有すると推察

 

「状態については、かなり詳しく書かれていますね」


 トシが頷いた。 そして最後までページをめくり、顔をしかめた。


「……この、一名だけですか?」

「そうですが、何か?」


 ラムールは紅茶を差し出しながら答えた。 トシが鋭い眼差しで言った。


「ラムールさん、私を甘くみられては困る。 まだいるはずだ」

「まだいる? 何が?」


 ラムールが首をかしげた。

 トシは鼻で笑って告げた。


「決まってるでしょう。 こいつ一人のはずがない」


 ラムールはじっとトシを見つめた。


「確かあなた方は、先日使用された翼族緊急捕獲弾について調査に来られたのだと思ったが?」

「そうだ」

「ならばこの調査書だけで十分なはず。 それに残念ながらこの国には翼族は一人もいないのですよ」


 トシとシンディが驚いた。


「嘘でしょ? あなたは国連の中でも、翼族と共存派である事は知れ渡っているじゃない。 なのにこの国に翼族がいない、ってそれはおかしいじゃない?」


 シンディが言った。 ラムールは軽く笑った。


「共存派と言っても……別に翼族に対して国内に来るよう募集をかけている訳ではありませんので。 それにその巳白という男は肉体的特徴を見ていただければ明らかですが、翼族の血は混じっているものの能力的には翼を持っているので空を飛べる事以外、特殊な力や魔法力はないのでね。 人間に近い」


 ラムールはそう言って立ち上がると事務机の中から一冊の本を取り出した。


「これが過去に我が国にいた翼族の資料です」


 トシ達は本を受け取って表紙を開いた。

 目次には「 新世 」とだけ書かれている。


「この一匹だけ?」


 シンディが発したその言葉を聞いて、ラムールの表情が明らかに怒りを帯びる。


「訂正してもらおう。 彼女だけ、だ」


 そう言って本を取り上げる。


「な……」


 シンディ達は驚いてラムールを見るが、がらりと雰囲気を変えて厳しい顔をした彼を見て言葉を失った。

 ラムールは告げた。


「彼女は私の家族だ。 彼女を蔑むような発言は一切慎んでもらいたい」


 トシがヒュウ、と口笛を吹いた。


「だから共存派、なのか」

「あえていえば、そうだ」


 それを聞いてトシは「申し訳なかった」と謝罪した。 ラムールの視線がシンディに注がれる。

 ところがシンディは


「私は訂正しないわよ」


 と言った。


「あなたにどんな思い入れがあろうが、私は翼族を認めないもの。 一匹は一匹だわ」


 シンディ、とトシがたしなめたが、彼女はそっぽを向いた。

 ラムールも淡々と言い返した。


「……そこまで信念を持って言っているのなら無理強いはしません」


 そして、フッと思い出したかのように笑う。

――私も大人になったものだ……


「それで、この彼女は今?」


 トシが尋ねる。 ラムールは本を渡す。


「記録の最後のページをご覧になると良い」


 トシがページをめくり、その最後のページを見てため息をつく。


「もう、死んだのか」


 ラムールは頷いた。 そして本を受け取って告げる。


「おそらくあなた方が調査に来られた理由は翼族についてのみの調査のはずだ。 だが、今、見せたとおり当国には翼族は居住していない。 よって調査する原因もないので本部にお戻り願いたい」


 面白く無さそうにシンディが背もたれに寄りかかる。 トシが呟く。


「確かにこれじゃ調査の仕様がない……」


 シンディが身を乗り出す。


「ねぇ、この巳白とか言うのは本当に害がない訳? 身体的特徴が人間に近くても翼族として覚醒した例が有ることはあなたも御存知でしょ? この国では最近、人間の仕業とは思えないような出来事なんかは起こっていないの?」


 ラムールは頷いた。


「あなたの言う事ももっともだ。 このままでは委員会に出す報告書も書けないでしょうし。 では、それを確認しまょうか。 何も異常がなければ納得してお帰りいただけますね?」

「ええ、勿論!」


 シンディはにやりと笑った。


 

 ラムールはまだ、女官長が記して居室に置いたメモを見ていなかった。

 

 





 ラムール達は事務室を出た。

 白の館の中は怖いくらいに静まりかえっている。 まるで真夜中のようだ。

 軍隊長に会うために1階の軍隊長室に三人は向かう。


「ねぇ、兵士達の姿が見えないわね。 何かあってるんじゃない?」


 シンディがそう言うが、ラムールは無反応だ。

 軍隊長室の前には兵士が一人、ラムールが来るのを待っていた。 兵士はラムールの姿を見るとぱっと顔を輝かせて駆け寄る。


「ラムール様。 巳白が子供と一緒に洞窟に落ちたようで、行方不明です」

「確かか?」

「はい、落ちたと思われる穴まで発見されています。 いなくなって丸一日が経ちました」


 それを隣で聞いていたトシとシンディが目を丸くする。


「行方不明?」

「さっきの資料の翼族が?」


 しかし、ラムールはさして驚かずに


「御苦労」


と頷いた。

 ラムールはトシ達二人の方に向き直った。 シンディが喜びをこらえきれないように頬を紅潮させた。


「それでは私たち翼族委員会メンバーは規定18条にのっとり――」


 シンディが言い終わる前にラムールは指を一本立てて言葉を制した。


「先走りはおよしなさい。 彼が報告したのは保護責任者である私に対してです。 この件については私からあなた方に”分析”を依頼します」

「……ぶ、分析ですって?」


 シンディの声が裏返る。 ラムールは頷く。


「委員会規定第7条2に基づいて。 翼族委員会メンバーは保護責任者から依頼があった場合、翼族に関する分析を行わなければならない、と。 巳白はきちんと定期的に私が検査もしているので規定18条に記載されている”いつ人間に危害を加えるか予測できない状態”にはあてはまりません」


 シンディが悔しさから震える。 ラムールが更に釘をさす。


「緊急事態と認められるまでは越権行為とみなされる行動は一切慎んで頂きたい。 あなた方はシルバーメンバーだ。 ゴールド以上でないと手続きを踏まずに緊急事態宣言は発令できないでしょう? 保護責任者の意向に沿わず勝手に動くと、訴追事由に当てはまりますからね。 私も仕事を増やしたくない」


 トシが思わず呆れたように笑った。


「詳しいな。 さすが共存派、ってところだな」

「褒め言葉と受け取らせて貰いますね。 さて、それでは詳細を調査する為に現場に行きましょうか。 巳白がいなくなった場所はどのあた――」

「イルフ村ですわ。 ラムール殿」


 そこに女官長がやってきて、言った。


「ああ、女官長」


 ラムールが微笑む。 しかし、女官長は表情を崩さない。


「巳白はスン村に向かう途中にイルフ村の者に捕らえられて、連れて行かれる最中に子供を何かから守るために村人を振りほどいて子供を抱き、地下へ続く穴に落ちたと思われています」


 ラムールが続ける。


「――イルフ村の地下洞窟は底が深く迷路になっていて、中に入って捜索する事は困難なので今だ発見に至っていない、という事ですね」


 女官長が頷く。 そしてラムールを見つめて、


「リトが」


と言った。

 ラムールの眉がほんの少し動いた。


「心配しないように、リトに伝えて下さい」


 ラムールはそう言って女官長に向かって目だけは真剣なまま、微笑んだ。


「では行きましょう」


 ラムールはそう言うとその場を離れて歩き出した。 トシ達が慌てて後を追う。


「ラムール殿!」


 女官長がもう一度、叫んだ。


「大丈夫です」


 ラムールは振り返らずに片手を上げた。

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