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5-5 巳白、失踪

 翌日。

 リトはいつも通りに起きた。 

 何か夢を見ていたような気がするけれど、思い出せるような思い出せないような。

 窓の外を見ると、今日も青空が広がっていい天気。


「今日は巳白さんが拘束具を取りに来る、っと」


 リトはベットの脇に置いた、昨日買った紙袋に視線を移す。


――少しでも、巳白さんが受け入れられたら、いいな。


 リトは両手を合わせて紙袋にお願いする。

 次に左腕を見る。 こちらも、昨日どこかで怪我をして、翼族委員会の人から手当してもらった絆創膏が貼ってある。

 これはなかなか頑丈だった。 お風呂に入って普通に身体を洗ったがヨれたり端がはげたりしていない。


「思ったより親切な人だなぁ」


 リトは絆創膏を見ながら呟く。

 今日は巳白が拘束具を取りに来るので、すぐ渡す事ができるように用意をしておかなければいけない。

 リトはさっさと身支度をして部屋を出た。

 



 リトがその日のオクナル家の朝の手伝いを終えて帰ってくると既に巳白は教会の敷地内まで来ていた。

 リトに気が付くと、巳白は軽く微笑んで手をあげた。


「おはよう。 リト。 清流から聞いたけど、今日はリトから貰えばいいのかい?」

「あっ、はい」


 リトは頷いた。 巳白は少し神妙な顔をして白の館に目を向ける。


「ラムールさんは?」


 その尋ね方が、気のせいか心細げに見えた。


「えっと、あの、ちょっと用事で留守にされていて……!」


 リトはうろたえて早口になった。


「――留守、か」


 巳白が呟く。

 なんだかとても寂しそうだ。 リトはどうにかして励まそうと――


「あの! 巳白さん! ラムール様、怒ったりしてませんから!」


 一気に言った。

 巳白が目を丸くして、一瞬の間をおいた後で笑い出す。


「あっははは。 ありがとうな。 リト。 なんだか元気がでた」


 リトは自分がなぜそんな事を言ったのかも分からずに真っ赤になっていた。


「それじゃ、悪いけど拘束具を持ってきてくれるかな? 俺はここで待っているからさ」


 巳白はまるで子供をあやすように、ポンポンとリトの頭を撫でた。

 リトはちょっとだけ嬉しくなって頷くと、急いで白の館に行く。 自分の部屋に戻って紙袋を取り、ラムールの事務室に入る。 当然、そこにラムールの姿は無い。 そして今日はいつものあの葉書も床に落ちてはいなかった。

 リトはなめらかに動いて事務机の引き出しを開け、中に入っている拘束具を手に取り袋に入れる。 

 リトは自分自身で、自分の動きがなんだか無駄のないように思えた。


――そう、まるでラムール様がするみたいに流れるように、スムーズに動けた感じ……


 リトはそう思いながら辺りを見回して、部屋を出た。

 それを巳白に渡すのはすぐだった。 巳白は紙袋を見てちょっとためらったようにも見えたが、丁寧に受け取る。


「飛んで行くんですか?」


 リトは尋ねた。 巳白は首を横に振る。


「歩き」

「歩くんですか……結構時間、かかりますよ?」

「ん、ああ。 いいんだ。 それで」


 巳白は微笑んだ。






 それから、何時間歩いたのだろう。 

 巳白は森に沿った道をずっと歩いていた。 今日は天気が良く、微風。 


「散歩日和、っていうのかな」


 巳白は青々とした緑を眺めながら呟いた。

 遠くと近くで奏でられる鳥たちのさえずり。 木々の葉がこすれて風の音を奏でる。 時々、道の端で顔を出す野ウサギなどの小動物たち。

 この道は先日、ラムールと一緒に歩いて城下町に行った道。 この辺りを通っている頃にはラムールの機嫌も大分良くなり、巳白とたあいのない雑談をしながら歩いていた。


『巳白は必ず私の左側を歩くな。 何か理由はあるのか?』


 そうラムールは言った。 巳白はラムールに気づかれていたと思うと少し恥ずかしかった。

 なぜかラムールにだけは二の腕の途中から無くなっている左腕を近づけたくなかったのだ。 今更、といえば今更なのだが。 巳白自身にもその理由はよく分かっていなかったが。

 巳白は立ち止まり、翼を広げて軽く動かした。 まるで気をそらすかのように。


「っ!」


 巳白はそう唸って翼を動かすのを止めた。 そしてゆっくりと羽を閉じる。

 翼の付け根や部分部分が痛む。 スン村で捕獲されたとき巳白は全く抵抗しなかったので逆に体中に衝撃をまとも受けていたのだ。 普通の人間ならもっと傷は深かっただろう。 なにしろ、十何人という男たちから力一杯押さえつけられたのだから。

 ただ、飛べない事はないが、もう少し控えておこうか、ちょうどそのレベルだった。

 

 

――!?

 

 

 突然、巳白は後ろを振り返った。 しかしそこには何の気配もない。 誰もいなければ、ただ歩いてきた道と森が遠く延びているだけである。

 しかし巳白はじっと気配を探った。 鳥の声を、森の声を聞いた。 巳白の髪の毛はほんの少し逆立ち、体中にびりびりと弱い電流のような刺激が走る。

 ところがその嫌な感覚はかき消すように消えた。


――勘違い?


 巳白はそう思いたかった。

 ただ、滅多に起こる感覚ではない、それだけは確実だった。

 巳白は目を閉じて深呼吸した。 目に見えぬ細い糸の気配を探るように、慎重に、慎重に息を吸い、吐く。

 巳白は目を開ける。

 そして周囲をもう一度見回す。

 そして目の前の景色の裏にある何か別の景色を探るように、見回す。


「!」


 巳白は左斜め背後の山を見た。 そしてほんの一瞬何かを考えたが、ふぅ、と息をついて肩の力を抜いた。

 そして、歩き出す。

 ほんの数十メートルも行ったころ、背後の茂みの深いところから、草木がかきわけられる音がした。

 茂みをかきわけ、道に出てきたのはそれぞれに長い枝や棒っ切れを手にした5人の男――。

 年齢は巳白より一回り半ほど上で、村の中核を担っていそうな男達だった。

 巳白は少し困って振り向いた。

 案の定、男たちは恐怖を怒りと勇気で押さえこんだ顔をして巳白をにらみつけていた。 友好的な雰囲気はさらさら無い。


「て、てめぇ……」


 震える声で男達がにじり寄ってくる。

 巳白の肩がほんの少し、背後に反応した。 しかし巳白はあえて振り向かなかった。


「このやろう!!!」


 すると巳白の背後の茂みから男が飛び出すと同時に棒で殴りかかってきた。

 棒は巳白の首すじに当たり、巳白は思わず膝をつく。 手にしていた紙袋が地面に転がる。


「今だ!!」


 男達は一斉に巳白の身体の上に飛び乗り、無我夢中で殴りつけ、押さえつける。


「こんちくしょう! 俺たちの家畜を!」

「絶対ゆるさねぇ!!」


 男達は口々にそんな台詞を吐く。


「お、おい、ここに拘束具があるぞ!」


 一人の男が巳白が手放した袋の中を見て叫ぶ。


「拘束具?」


 それを聞いて巳白の上に乗っていた男達が動きを止める。


「それじゃあこいつは……」

「少し前にスン村で捕まったとかいう…?」


 巳白は男達が少し静かになったので口を開いた。


「保護責任者への連絡を希望します。 保護責任者はラムール」


 男達の押さえつけた手がゆるむ。 男達は互いに顔を見あわせていたが一人の男が数秒の沈黙の後、口を開いた。


「……緊急連絡弾、でか?」


 巳白は「どちらでも」とだけ言った。

 巳白の態度は、ほんの少し投げやりにも見えた。 男は慎重に返事をした。


「――あいにく、緊急連絡弾は村まで行かないと無い。 拘束具をつけて村まで連れて行く。 話はそれからだ」


 巳白は頷く。


「じゃあ早く拘束具を」


 巳白の言葉に促されるかのように、拘束具を見つけた男が近寄ってきた。 巳白はうつぶせに押さえつけられたまま黙っている。

 男の手が震えながら巳白の腕と翼に拘束具をつける。

 ひんやりと冷たく堅い感触が巳白に伝わった。


――あれ?


 巳白には違和感があった。 今のつけ方では拘束の度合いが甘い。


――これなら力を入れてひねれば拘束具を外せそうだな……


 そこまで考えて、巳白は自嘲した。


「足の拘束具は歩きづらくなるので今は外しておく。 歩いて村まで行くぞ」


 巳白は拘束具を掴まれて立ち上がらせられる。


「ほら歩け」


 男達に促されて巳白は歩き出す。 足に取り付けるはずの拘束具がカシャカシャと音をたてて耳障りだ。

 ふと、巳白はここで拘束具を振り外したらどうなるだろうと空想した。 いや、考えるまでもない。 怯えた男達の姿がありありと目に浮かぶ。


「何がおかしい!」


 男のうちの一人が巳白が微かに浮かべた笑みに気づいて責めるような口調で問う。


「――あ、いえ……」


 巳白はそこまで言って口をつぐんだ。

 巳白は少し離れたところに、何かの気配を感じた。 巳白は何も言わず、いや、半ば男達を引きずるようにして前に進む。


「な、なんだ!」

「待て!」


 男達が叫ぶが巳白は構わず進み、立ち止まる。 眼下の森の中にはもう一本、道があった。

 そこで4歳くらいの男の子が一人、草に止まっている虫か何かを眺めて遊んでいた。 道から少し外れた森の中ではその親らしき者達が山菜を摘んでいる。 飼い犬らしき犬は伏せたまま尻尾をふって飼い主達を眺めている。

 犬の尻尾の振りが、ほんの少しおさまった。

 子供が、無意識に視線を動かす。

 

 巳白は、全身の毛という毛が逆立った。

 

「あっ!」

「うぉっ!」

「まてっ!」

 

 男達が声を上げたが、それはほんの一瞬の事だった。

 巳白は男達の手を振りほどいて小さな男の子にとびかかった。

 拘束具が身体から外れる音がして、巳白の羽が数枚宙に舞った。

 巳白は男の子を抱きかかえたまま山の斜面を転がり落ちる。

 すると転がった先の地面にぽっかりと闇へと通じる穴があり――巳白と男の子はそこに吸い込まれるように消えていった。


「いやぁぁああぁあぁ!」


 母親の悲鳴が山中にこだまする。

 そして、さきほどまでそこにいた飼い犬が、まるで魔法のように消えていた。

 血痕を残して。

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