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5-4 来国者たち

 ボルゾン軍隊長はかなり不機嫌な表情で部屋に入ってきた。 すぐ後ろから女官長も。


「……」


 ボルゾンは何も言わず黙ってソファーに座る。 だが男は別に構わないように口を開いた。


「私がナンバー296、そして彼女が562。 初めまして。 軍隊長殿、でかまいませんか?」

「好きにしろ」


 ボルゾンはぶっきらぼうに答える。 しかし男達は気にもとめていないようだ。 まるでなれっこ、とばかりに。


「では本題に。 この国にいる翼族について――」

「残念だが全権をラムール教育係に一任しているので、全く分からん」


 ボルゾンは言葉を遮るように返事をした。 男の眉がちょっと意外そうに上がる。


「しかし軍隊長として危険な生物の把握は――」

「残念ながら全く分からん」


 男はほんの少しの間、黙っていたが「一匹も?」と、だけ聞いた。


「ああ」


 ボルゾンはそう言った。

 男は鼻の頭をかいてボルゾン、女官長の顔を見て、その表情を確かめるように言った。


「数日前に翼族捕獲緊急連絡弾が使用された形跡がありますが?」


 ボルゾン達は一瞬、ちらりとリトを見て即答した。


「知らん」

「知りません」


 当然、男と女は二人の視線がリトに注がれたのを見逃すはずもなく――ゆっくりと、背後に立っていたリトを見る。


「この女官さんが何か?」


 そしてもう一度ボルゾン達を見る。


「それとも、この女官さんに尋ねた方が早いの、かしら?」


 女が悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。 その言葉に女官長達の顔色が青くなる。


「私どもにはその権限が与えられているのは、御存知ですわよね?」


 女官長が慌てる。


「その娘は何も知りません。 それに教育係付の専属女官です。 女官長といえども私だけの権限でその娘に協力を命令することは不可能です。 どうぞご理解下さい」


 男達は少し困ったように見えた。

 それは他の相手ならまだしも、各国に名高いラムールを相手に強攻策に出るのは迷う、という表情だった。


「それでは――教育係殿は、いつお帰りになるのでしょうか?」


 男の問いに女官長と軍隊長は答えきれなかった。

 しぃんと静まりかえった部屋に、誰かがやってくる足音が廊下から聞こえてきた。

 ボルゾンと女官長はそれがラムールではないか、というような期待を込めた目で扉を見つめた。

 男と女も、ほんの少し緊張した面持ちで扉を見つめる。

 しかし、リトだけが分かっていた。

 この足音は、ラムールではなく――

 開いた扉の前に彼が立つ。

 礼服に身を包んだ――


「デイ王子!」


 ボルゾンが、言った。

 礼服に身を包んだデイはまさに雰囲気から威厳から、皇太子そのものであった。

 翼族調査委員会の男と女も、半ば無意識に圧倒されたのか、瞬時に起立し、姿勢を正した。 いや、彼らだけではなく、軍隊長も、女官長も。 

 リトはなんとなく夢を見ているような、どこか現実感が欠けた感じでデイの姿を見た。

 デイは部屋の中の者全員をゆっくりと見回して言った。


「かしこまらずともよい」


 リトはちらりと男と女を見た。 彼らは確かにデイの威厳に押されて緊張していた。 

 デイはゆっくりと部屋の中に入ってくる。


「軍隊長。 教育係、との語句が聞こえた気がしたのだが。 彼が何か?」


 そしてボルゾンの前に立つ。


「はっ、あの、翼族調査委員会の方が面会を、ですな、申し込まれまして」


 デイは次に視線を男達に移す。


「彼は私の命じた用事にて不在にしておる。 緊急の用件か?」


 男と女はお互いに視線を合わせる。


「いえ、あの、緊急というほどでは……」

「テノス国管理の翼族名簿を拝見させて頂ければ、後は自分達で調査を……」


 それを聞いてデイは言った。


「それでは緊急事態ではないのだな?」


 その問いに男と女はしぶしぶ頷いた。

 デイも頷く。


「ではラムールが帰城するまで待たれよ。 何の調査かは知らぬが緊急事態が起こらぬ限り、我が国の責任者を差し置いてお主達に権限を与える事は控えたい」


 すると女が慌てて言った。


「ですが、皇太子であらせられるあなた様なら教育係殿に任せずとも我々に権限を与える事が……」


 デイは途中で言葉を遮るように口を開いた。


「臣下と信頼関係があるからこそ、それは避けたい。 だが安心するがよい。 教育係が帰城次第、使いをお前達の泊まる宿に送ろう。 宿は?」


 その問いには女官長が答える。


「この方々は調査を進めるうえで、拠点場所をこの白の館の敷地内に、との希望です。 空いている事務室ならどこでも構わないと……」


 デイは顎に手を当てて少し考え――


――あ、考えてる、ふり、をしている。


 リトにはなぜかそう見えた。


「ではこうしよう。 教育係が帰城するまで、宿がわりとしてテノス城本館にあるゲストルームに滞在するがよい。 本館と外を自由に出入りできる許可証も発行しよう。 ただ、白の館にあっては術を教育係が担当している関係上、彼の許可無しに勝手な行動をすると予期せぬ防衛術が発動してそちらにも迷惑かける恐れが多々あるので、近づかないように。 どうだ?」


 男と女は顔を見あわせた。 それは予想外、というような、自分達が希望した以上の事を得た、という顔だった。


「我々を本館のゲストルームに……」


 ゲストルームということは一級国賓扱いだ。


「裏方である白の館で十分だと私どもは思っていたのですが……」


 デイはそれを聞いてにっこりと笑った。 その笑顔はテノス国王にとてもよく似ていた。


「本来ならば早急に調査したいであろうに、こちらの都合で時間を取らせる事に対して当然の配慮だ。 ボルゾン、今の事を副大臣に伝えてくれ。 女官長は誰か使いを呼んで、このお二人を本館正面にご案内するように」

『かしこまりました』


 ボルゾンと女官長は頭を垂れた。 二人の表情には安堵の色が見える。

 女官長はすぐさま部屋の電話で本館の女官を呼ぶ。 ボルゾンは一足先に部屋を出て副大臣室へと向かった。

 男と女はどこか浮き足だったような態度になっていた。 服はこれでいいのかしら?等と慌てている。

 程なくして本館付女官が5名やってきて、二人の荷物を持ち、丁寧な接客で白の館を出て本館に向かった。

 そして部屋にはデイと女官長と、リトだけが残った。

 女官長がデイの顔を見て言った。


「ご立派でした」


 それを聞いたデイは、まるでそれが魔法を解く呪文だったかのように、一気に肩の力を抜いて「ふぅっ」とため息をついた。


「急だったんで汗かいちゃったよ」


 そう言ってデイはいきなり礼服を脱ぐ。 礼服の下にはいつものシャツとズボンという格好が現れる。


「上から着ていたの?」


 リトは驚いて言う。

 あっはっは、とデイは笑って端の洗面室で顔を洗う。 髪の毛もいつも通りボサボサに下ろしてしまえば――いつものデイのできあがりである。

 そしてデイは床に視線を落としてかがむと、親指の爪くらいの小さなカケラをつまむ。

 それは焦げすぎたパイの切れ端のようにも見えた。 デイはそれをしげしげと眺めると指先で潰した。

 女官長が眉をひそめてそれを見る。


「デイ王子。 それはもしや――」


 デイは頷いた。


「科学で作られた盗聴器。 さすが翼族調査委員会というべきか、ぬかりはないね。 かなりあちこちに貼ってある」

「と、とう……」


 盗聴、そんな事するの?とリトは言いかけて口に手をやった。 盗聴されているのに口に出して話すなんて馬鹿もいいところじゃないか。

 ところがデイはくすりと笑った。


「だーいじょーぶだって♪ せんせーが結界張ってるから、ほら。 機能せずにコゲちゃったって訳」


 女官長も頷く。


「しかし……翼族調査委員会のシルバーメンバーが二人も来るとは……ラムール教育係殿がお帰りになるまで何も起こらなければ良いのですが……」


 デイも頷く。


「ま、とりあえず本館のゲストルームに隔離しといたから巳白とは会わないと思うけど。 平気っしょ」


――あ、やっぱり。


と、リトは気づいた。

 やはり、皆、巳白と接触させないようにしていたんだ、と。

 

 しかし、翼族調査委員会と巳白を接触させない理由は、何だろう?






 リトは再びラムールの事務室に戻った。 ドタバタしたが、よくよく考えてみると、リトはここの掃除をしようとしていたのである。

 掃除用具を出して部屋を掃除する。 一通り埃をはたき、書類を重ね、部屋を掃く。 気のせいか、いつもより手際が良いような気がした。

 ラムールの机の一番下の引き出しを開けてみる。 そこには拘束具が一組、前見た時とかわらぬ姿で置いてあった。

 明日、巳白が来たらこれを渡さなければいけない。

 リトは何を考えるでもなく、ただ黙ってそれを見ていた。


「紙袋にでも入れた方がいいかな……?」


 なのにふとそんな事を思いつき、リトは紙袋を探すことにした。

 


 

 その頃、テノス城本館、ゲストルームでは男が小さなトランクを開けて、悔しそうにしていた。


「ちっ。 全滅だ」


 そう言ってトランクを激しく叩く。


「本当? 意外と護りが堅いのね」


 そう言いながら女は、シャワーを浴びてきたのだろうか、バスタオルを身体に巻いて髪を拭きながら部屋に入ってきた。


「ゲストルームって初めてだけど、最高だわ」


 女はそう言ってベットに腰掛ける。 


「おいおい。 遊びで来ているんじゃないんだぞ」


 男は一切女の方は向かずに、旅行カバンの中から今度は別の小さなトランクを取り出す。 そして中から薄いチップを取り出すと――


「こいつもダメだ!」


 そう言って放り投げる。


「なぁに? 盗聴器も発信器も、全部使えなかったってこと?」


 女が呆れたように言う。


「全くだ。 ここがオルラジア国というのなら分からないでもないが、 そう大きくもないこの国でここまで科学防衛がされているとは思わなかったな。 これじゃあ本当に地道に聞いて調査するしかないな」

「手間がかかる話だわね。 でも教育係が帰ってこれば、すぐ調査はできるでしょ?」

「……いや、ラムール教育係は翼族と共存派だからな。 都合の悪い事は隠されるかもしれない。 だからできるだけ周囲から情報が欲しかったのだけどな……」


 男は軽く爪を噛む。 女はため息をつく。


「問題はラムール教育係がいつ帰国するか、って所よね」


 男も頷く。


「出来たら帰ってくる前に問題が起きると助かるんだが」

「そうそう簡単に物事は進まないわよ」  


 女は少し楽しげに笑った。 男は今度は別のトランクの中をあさる。 そしてある物を見つけて取り出した。


「これは生きてる。 後は誰につけるか、か……」

 



 

 リトは城下町の雑貨屋に来ていた。 紙袋を買いに来たのである。 雑貨屋の隅に掛けてある紙袋を一つ一つ見る。 


「これは取っ手が甘いし、こっちは大きい。 これー、は、可愛すぎ。 むー」


 リトは何度目かのうなり声を上げる。 なかなか悩んで決まらないのだ。 これが。


――スン村に返す時に少しでも好感を得られるように……


 黒い袋は不吉を連想されそうで、止めた。 白い袋も翼族の羽を連想されそうで、悩んだ。 かといって派手派手しいのはふざけているのかと思われそうだし、テノス国の紋章が入っているのもラムールが背後にいると誇示しているみたいで……


――私、こんなに世話焼きだったっけ?


 リトは自分で不思議に思いながら紙袋をあさる。


「あっ」


 リトは一つの紙袋を見つけた。 水面と、お野菜の図柄である。 スン村の名物、綺麗な水から作られるサイダーと新鮮な野菜、リトはそれを連想した。


「ちょっと媚びすぎかなぁ」


 リトはそう言いながらその袋を買う。

 店を出るとリトはさっさと白の館に帰る事にした。 

 

 

 教会の前では調査委員会の男と女が建物の造りをしげしげと眺めていた、ように周囲には見えた。


「ご覧。 シンディ。 この天使の彫刻もかなり良い出来映えだと思わないか?」

「あら。 トシにしてはかなりいい所に目をつけたわね」


 等と感心しながら、ちらちらと周囲を見回す。


「ようこそ。 ご旅行ですか?」


 すると教会の中から穏やかな笑みを浮かべてシスターが出てきた。 


「いや、ちょっと仕事で来たんですけどね、時間ができたので観光をと思って」


 男――トシと呼ばれた翼族調査委員会の男、は少し照れて頭をかく。


「ねぇ、シスター。 この教会の庭に飾られている彫刻はどれも清らかな感じがして美しいですね」


 女――シンディと呼ばれた翼族委員会の女、も瞳をきらきら輝かせる。


「ありがとうござます。 こちらの彫刻は――」


 シスターが説明を始めると、二人は視線を合わせて微かに笑った。

 男が急に何かに気づいたように、シスターに向かって何か言おうとした時と、女が慌てて男の袖の裾を引っ張るのはほぼ同時であった。


「――?」


 男がいぶかしげな顔で女を見る。 女はとっさに笑顔を作り直して視線を送る。

 男も女の視線の先を見ると――


「あら、リト。 おかえりなさい」


 シスターが城下町から帰ってきたリトを見つけて言った。


「ただいまぁ。 シスター」


 リトは笑顔で答え、すぐ隣にいる男と女を見――


「どうしたんだい! 女官さん!! それ!」


 リトが反応するより早く、男が大声でリトの手元を指さす。


「へっ?」


 リトは訳が分からず首をひねって自分の手元を見ると、左腕の真ん中付近に5センチ位の傷がついて、たらたらと血が流れていた。


「ええっ? いつの間に?」


 リトはすっとんきょうな声を上げる。


「ほら、見せて!」


 そう言って女はリトに近づき、左手を取って見る。


「かまいたちかしら。 でも傷は深くはないみたい」


 真剣な眼差しで傷を見ると腰に下げていた小さなバックの中からガーゼを取り出し、傷を拭く。


「消毒薬を浸したガーゼよ」


 ガーゼに拭かれた傷は、一瞬一本の線になるがすぐじわりと血が滲む。

 女は手際よく傷を覆い隠すのに丁度良い絆創膏をポケットから取り出し、傷に貼り、ぺちん、と貼った場所を軽く叩く。


「はい。 これでもう大丈夫よ。 その絆創膏は傷が治ったら自分で勝手にはがれるから、それまではがしたりしないでね」


 女はそう言ってにっこり笑う。

 リトは手際よく治療されたそれを見て、嬉しいはずなのになぜか素直に感謝の気持ちが沸かなかった。

 しかし、「ありがとうございました」と丁寧に頭を下げる。


「良かったわね、リト」


 シスターは微笑む。


「う、うん……」


 リトは何か釈然としない感じだった。


「ところで女官さん、教育係殿はまだお帰りになってない?」


 男が尋ねた。


「あっ、まだです」


 リトは即答した。


「そうか。 じゃあ僕らは城下町でも観光してくるよ。 もしお帰りになったら使いの人を宜

しく頼むよ」


 男は優しくそう言った。 リトは頷く。


「じゃあ行こうか、シンディ」

「あら、待って。トシ」


 男の呼びかけに応えて女は男の隣に行って二人で歩き出した。

 リトは二人の後ろ姿を見て、次に治療が施された自分の腕を見た。


「リトったら、どこでそんな大きな傷を作ってきたの? そそっかしいわねぇ」


 シスターが近づいてそういう言う。


「ホント、どこで傷つくってきたかなぁ?」


 リトは首を傾げた。

 男と女は背中越しにそれを聞いて、唇の端を少しあげて笑った。


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