【5部 失 踪】 5-1 デートの結末。
起きたら、外は昨日と同じよく晴れた天気だと窓から見える空が告げた。
今日も休みなのでほんの少し、寝坊。 そんな感じ。
リトはベットから起きて窓の外をまじまじと見つめる。
そして昨日あった事を思い出す。 西地区でデイを見かけて追いかけたら捕まった事、デイが自分をかばって刺された事、刺されたデイを護るためにラムールが現れた事、ラムールが傷を癒すために――
『その間はリトが代わりに出来る事は代わりにやっていてもらえますか?』
その言葉を思い出して、リトはまるで今、隣で言われたかのように振り返った。
そうだ、こんな事をしている場合じゃない。
ラムールの怪我は半分、いやほとんど自分のせいでもあるのだ。 何が私にできるかは分からないけれど、何かできそうな事はやらなければいけないのではないか。
リトはさっさと身支度をして事務室へと向かう。 事務室は昨日が休日だったせいか、さほど書類などは散乱していない。
とりあえずリトはそれでも床に散乱した書類がいくらかあるので整理をすることにした。
掃除用具を取るために隅のロッカーへ向かう。
その時、ふと視界の端に『あの葉書』が窓際の床に落ちている事に気づく。
リトはゆっくりと近づき、葉書を拾う。
表書きはラムール宛。 裏には緑か灰色か分からない色で縁が飾られており、全体に何かの紋章……
間違い無い、あの日に届いた葉書と同じ。
リトはまじまじと葉書の紋章を見た。 蛇のような、煙のような、髑髏のような、いや、どこの国かは知らないがその国の紋章を髑髏と言っては悪かろう。
葉書には、 こう書かれている。
親愛なるラムール様
今はただ、ごゆっくり静養なされませ。
この葉書に回復のまじないを施しました。
どうぞあなたのお側に。
――どういう事?
リトは血の気が引いた。
どうしてこの手紙はラムールが静養していると知っているのか。
次の瞬間、リトは何かに突き動かされるように、その葉書をびりびりに破った。
そして手でぐしゃりと握りつぶし、服のポケットの中に入れ、事務室を飛び出した。
――これは、神の樹に、あげなきゃ!
なぜだかリトはそう思った。 それ意外は何も考えられずに通路を走り、階段を駆け下りた。
一階まで駆け下りると、リトは目の前にある大きな扉を開く。
扉の向こう側には太陽を背にして誰かが一人、立っていた。
「リトちゃん!」
その誰かは、リトを見るとそう言った。
清流だった。
「せ、清流くん?」
リトは慌てて立ち止まる。 休みの日の白の館の扉の前に、なぜ清流が? それは全く思いつきもしない状況だったから。
慌てたリトとは正反対に、にこやかにおちついて清流が言った。
「おはよう」
「あっ、お、おは、よう」
リトは思わず周囲を見回す。 今日の清流は――
「スイルビ村の清流だよ」
リトの疑問を聞いたかのように清流が答える。
リトはそれを聞いてホッと胸をなで下ろす。
「ところでさ、今日は兄さんの件でラムールさんに話があるんだけど、あの人、いる?」
「ラムール様?」
再びリトの心臓が緊張する。
「ああ、リトちゃん心配しないで。 別に喧嘩しにきた訳じゃないんだから」
清流が笑う。
「ただ、明日、兄さんがあの村にアレを返しに行くって言ったからさ。 行く前には早めに連絡しろって言われていたみたいで」
――あの? アレ?
一瞬、リトは何の話か分からない。
それに気づいて清流は数回、自分の右手で左手を掴んで離してみせた。 それが拘束具を表したという事にリトはすぐ気がついた。
――口に出したくも無い事なんだ
「あの人いつもいないからさ。 明日、兄さんがアレを受け取りに来ても、いなかったら貰えないし」
「あっ、えっと、それなら私が置き場所知ってるから。 ラムール様がいない時はかわりに渡してって言われてる。 巳白さんにもそう言って?」
どうしてリトちゃんが渡すのさ、と清流が怒りそうな気がしたが、清流は「じゃぁ兄さん、あの人と会わなくていいんだね」と、逆に喜んだようだった。
「じゃあリトちゃん。 兄さんが来るのは何時でもいい?」
「あっ、明日は学びがあるから間の休憩時間か、始まる前、でいいかな?」
「分かったよ。 じゃあ始まる前、で、兄さんには伝えておくね」
清流が微笑む。
「ところでリトちゃん、どこに行くつもりだったの?」
「えっと、あー、……神の樹のトコ」
「この前の神の樹?」
「うん」
「わぁ、丁度いいや。 ぼくも行きたいな。 いい?」
拒否する理由は見つからなかった。
リトはポケットに葉書が確かに入っているか確認するかのように、服の上から押さえつけた。
リトは清流と並んで歩き出した。 ほんのりと清流から森の香りがした。
「森の香りがする」
リトは思わず言った。
「ん? ああ。 アロマ焚いたからね。 弓ちゃんがお土産を買ってきてくれてね」
清流が微笑む。
――弓、と言えば……
「そういえば昨日の弓のデートは上手くいったの?」
リトと清流が弓の服を見立てたのだ。(頼まれずにやった事だが) 上手くいった、と信じたい。
ところが清流は少し口を尖らせた。
「えっ? どうしたの清流君? まさかダメとか?」
驚くリトに清流は首を横に振る。
「デートはしたんだけどね、おまけが一緒に行っちゃった」
「おまけ?」
何の事だろう?
「ぼくね、ちゃんと朝から、……いや、正確には前の晩からだね。 弓ちゃんの服装や小物に落ち度はないか何度も確認したし、ヘアエッセンスやスキンケアも調合してあげたりしたわけ。 羽織を驚かせようと思ってさ、前日の昼からは弓と羽織を会わせなかったし、兄さん達も羽織に同じように色々したわけ」
「うんうん」
「それで当日は羽織を先に送り出して、弓に支度させて、これでバッチリだ、って位可愛く清楚に弓が決まった……んだけど」
それで何がダメだったのか。
「待ち合わせ場所に行ったら、羽織の隣に来意も来てた」
「はっ?」
「来意のヤツ、”明日帰る時に持っていくお土産を買いたいから一緒に”だって」
来意くんとはまた予想外だ。
「そしたらさ、羽織も弓も別に構わないって言って。 結局その日は3人でデート。 来意の方が気がきくからね、羽織より先に弓ちゃんの服のどこが可愛いとかほめちゃうし、食事場所も勝手に決めちゃうし、ムードも何もあったもんじゃない」
――これは……かなり、清流くん的にはカチンときているようだ。
「全く、羽織も弓ちゃんも、別に構わない感じで楽しそうに行動するし。 途中で来意だけ捕まえて引き離そうかと思ったけど、来意ってばそういう勘は強いからなぁ、隙をみせなくって」
――ん?
何かがヘンだとリトは思った。
まだまだ言い足りないらしく、清流はぶつぶつ文句を言っている。
「なのに弓も羽織も楽しかったー、ってだけで全然不満が無いみたいなんだよね。 あー、もう、腹たつ!」
清流が握り拳を作る。
「しかも来意にどういうつもりかと問いつめたら、”どうせ衆人環視みたいなもんだから、僕が一緒に回っても大差ないだろう?”……って言うんだから。 それでも来意がいるのといないのでは……」
――衆人環視?
リトは少し首を傾げた。
――もしかして。
リトは清流の顔を見た。 それは素直に予定通りに行かなかった事へのいらだちと、バレバレのいたずらをみつかってバツの悪い子供のような、表情。
「……もしかして、清流くんや巳白さん、影から覗いていたとか?」
清流の頬がぱっと赤くなる。 図星らしい。
「アリドや世尊も一緒だったよ。 ぼくらだけじゃない」
――正解だったようだ。
リトは拗ねた清流の顔を見て何だか笑いがこみ上げてきた。
「何、笑ってるの、リトちゃん」
口を少し尖らせて清流がすねる。
「えっ? ううん。 何でもない」
――弓って大事にされてるわ。 それじゃ進むものも進まないって。
そう思いながら笑いをこらえる。
「それで、来意君は旅立ったの?」
リトは話題を変えた。
「ん? ああ、うん。 朝食食べたらさっさと出て行ったよ」
「故郷――に、帰るんだっけ?」
「そう。 帰ってこいって今更なのにうるさいトコロなんだよね。 来意の実家って」
――実家があるのに、なぜ孤児院にいるのだろう。
リトはそんな疑問が沸いたが清流に尋ねるのは気が引けた。
そのまま二人はサクサクと地面を踏みならしながら歩いていく。
神の樹の側まで来ると、側で樹を見上げている老女がいた。