1- 6 呼んだのは弓、謝るのは羽織くん
同時に四人は水しぶきを上げて温泉に降り立つ。
最初に出てきた羽織だけが弓の方向を向き、他の三人は”目を閉じたまま”崖から飛び込んだ少年達を向いていた。
「うぉっ。ドコに落ちたんだ? 来意」
褐色の肌をした六本腕の男、アリドが目を開けずに叫んだ。
「それは後。 アリド、手を伸ばせば男が二人捕まるからさっさと目をふさいで」
栗色の髪の少年、来意がそう言うとアリドはまるで見えているかのように手を伸ばし、崖から飛び込んできた二人の少年の目を六本の腕のうちの二本で目を覆う。
アリドに捕まれて最後に現れた、金髪をした片眼の少年が、アリドに捕まれた手を振りほどきながら言った。
「それじゃあ次はどっちに動けばいいのさ、来意」
「はいはい。 それじゃあ僕の声がするほうに歩いてきて」
来意はそう言うとパシャパシャと音を立ててリトの方へ歩いてくる。その音を頼りにアリドと清流、そして分からないままアリドに目隠しされた少年二人も引きずられてやってくる。
来意はリトの隣を通りながら
「……という訳でリト、そろそろ羽織も我に返る頃だろうから、僕らが目を開けても平気な格好に着替えてくれるかな?」
まるで見えているかのように言う。
「おっ、リトがいるのか? じゃ、オレは開けて……」
「来意じゃないけど、弓ちゃんが怒る事くらいぼくにも分かるから止めておきなよ、アリド」
アリドの言葉を最後まで言わせず清流が制する。
アリドは肩をすくめた。
「リ、リト〜……これは……」
「ねぇちゃーん」
リト、という語句を聞いて、目を塞がれた男が情けない声を出す。
「ジム、ガイ。 大丈夫だから言うとおりにして」
リトは二人に伝える。
さて、羽織の方はどうなっているのか。
リトは弓と羽織の方に目を向けた。
空に現れて着水した羽織といえば。
弓の姿を見たまま、真っ赤になって固まっている。
羽織の視線の先の弓といえば。
上半身は下着姿だが、両手で隠しているので露出は少ない。 ただ、羽織が固まっている理由が分からないようで、真っ赤になって固まっている羽織をじっと見ていた――が。
ちらりと自分の姿を再確認し――
「きゃああああああっ!!!!」
「ゴ、ゴメゴメゴメゴメゴメ、ゴメン!!!」
再び弓が叫ぶのと、羽織が目を閉じて平謝りしながら弓に背を向けたのはほぼ同時であった。
それからリト達は服を着て、一度、家に帰ることにしたのだが……
「ゴメン、ゴメン。 弓、ゴメンッ!」
「し・ら・な・いッ!」
先頭をずんずんと振り返りもせず歩いていく弓。 その後ろから手を合わせてオロオロと謝りながらついていく、羽織。
あまり見ることができない、珍しい光景を見ながら二人の後ろをリト達は歩いていく。
「なんて言うかぁ……」
羽織が持つ陽炎の剣は、弓が羽織の名前を呼べば、いつ、どこにでも空間を切り裂いてまで
駆けつけることができるのだが……
リトは弓と羽織を見ながら呟いた。
「呼んだのは弓なのに、謝るのは羽織くんなんだね」
それを聞いて清流達がプッと吹き出す。
「リトちゃん、良いところに目をつけてる」
「怒った弓に逆らう訳ねーわなぁ、羽織は」
「そのうちすぐ仲直りするから気をもむだけ無駄だよ。 リト」
清流達は慣れたものらしい。
「お……おい、リト……」
恐る恐る、一緒に歩かされていたジムがリトに話しかける。
「ジム、あんただって悪いんだからね。 弓を驚かすから……」
半ばいいがかりも同然なのだが、そうやってリトはジムを制する。
「や、オレは、ガイに誘われて」
「だって、ねぇちゃんがすっげー可愛い女の子連れてきたって、おかあさん達が言うんだもん」
ジムとガイはぶつぶつと言っている。
それを聞いたアリドが笑う。
「気持ちはわかっけど、甘かったな、お前ら」
ジムとガイはアリドの六本腕を見て、少し怯えたような目をする。
リトとしてはちょっと嫌だ。
「ねぇリトちゃん。 ぼく達、服が濡れたんだけど村に行ったら貸してくれるかな?」
清流が濡れて動きにくくなった服を気にしながら言う。
「ジム、お願いね」
「……ああ」
ジムは嫌々そうに応える。
その不親切な口調に清流がムッとするのがリトにも分かった。
「清流。 気にしない。 村に行けば考えも変わるから」
来意が清流をちらりと見て言った。
「おっ、弓の機嫌が大分収まったみてーだぞ?」
アリドが丁度よいタイミングで前方を歩く弓と羽織に注意を向けた。
先ほどまで弓の後ろをついていくだけだった羽織が、やっと隣を歩きながら――謝っていた。
「羽織の全面降伏で弓ちゃんの勝ち」
清流がクスクス笑った。