表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/138

4-17 身代わりの護り

 デイが白の館に帰ってきたのはもう夜だった。 

 リトはきっとデイがやってくる、と分かっていたので、帰ってきてからずっと待っていた。

 デイは女官長室に赴き、就寝時間だがリトに話があるので合わせてくれと頼み、一時間という約束でリトの部屋にやってきた。


「今日はごめん、りーちゃん」


 部屋に入って扉を閉めるなりデイはそう言った。

 リトは首を横に振った。

 いいや、今日の事はデイのせいではない。

 デイを追って入っていった自分の責任だ。


「あのあと、どうなったの?」


 リトは自分の責任である事から意識を逸らそうとばかりにデイに質問した。


「ん、えーっとね、思った通り、そこまで悪いヤツらじゃなかったよ」


 デイは無邪気に微笑んだ。


――思ったとおり?


 リトが疑問に思う。


「りーちゃんも聞いたとおり、あいつらには誰も手をさしのべてなかったから。 真面目に生きる環境さえ整えば真面目に生きるヤツらだよ。 だから約束してきた」

「約束? 何を?」


 デイは真面目な顔で答えた。


「環境。 籍が無くても、職につけるように。 まずは国の施設に入ってもらう。 そこで教育をうけさせて様子をみる。 何の問題もなければ、まずは期間付きでだけど、国が新規に籍を発行してテノス国民として迎え入れる事にした。 食事の手配もしてきたから、今頃みんな、普通においしいご飯でも食べてるよ」


 リトは驚いた。 そして、きっと初めて、デイが王子なのだと実感した。


「で、せんせーは? 先に事務室も居室も覗いてきたんだけどいなくて」


 デイは本題とばかりにリトりに尋ねた。


――居室にいない、ならば別の場所で体を休める事にしたの?


 リトはそう考える事にした。


「事務室で会ったけど、平気だったよ? また用があるとか何とかで出て行かれたけど……」

「ホントに? せんせー、傷、隠してなかった?」


 デイが追求する。


「えっ、う、うん。 服をめくって見せてくれたけど、傷一つ無かったよ?」

「ホントに?」

「うん。 術で治した、って」


 リトはドキドキしながら答えた。 そう、自分はちゃんと見たのだ。 ラムールは傷を術で治した、と言った。 傷も無かった。 ならば本当だろう。

 デイはとても難しい顔をして考えた。


「代わり……の傷は、術が効かなかったのに……でもずっと昔の話だし……せんせーなら改良してても……」


 そうブツブツ言っている。


「ねぇ、デイ。 ラムール様はあなたの身代わりになって下さったの?」


 リトは尋ねた。

 デイは呟くのを止めて、頷く。


「やっぱり……」

「けっこー、有名な話だよ?」


 デイは言った。

 リトは頷く。

 リトはそれですべて納得した。

 ラムールの居室の前の階段でレイホウ姫と会った時に、彼女が「デイは厚く守ってもらえている」と言った訳も、デイが常に暗殺されてもおかしくないような状態なのにいつでもどこでも出かけて行き、好き勝手出来る訳を。 マーヴェが、「それこそラムール様がついている」と言った訳を。


「やっぱり、何かの術?」


 リトは訳も分からず口に出した。


「うんそう。 身代わりの護りっていって、俺が致命傷を受けた時は代わりに先生の身体に傷がいき、そして先生と俺がいる場所の空間が繋がる。 そういう術。 あ、でも、致命傷以外はきちんと痛みは俺の身体にくるんだよ? だからせんせーに殴られた時は痛いんだなぁ、これが、あっはっは……は」


 デイは言葉の最後でわざと明るく笑い話にしようとしたが、笑いながらその気力も無くなったようで奇妙な笑い終わりになった。


「ごめんなさい……」


 リトは思わず俯いてそう一言謝ると、涙が溢れた。


「り、りーちゃん」


 デイが慌てる。


「ごめんなさい。 私が、私があんな所にいったから。 私が行ったから」


 リトはぽろぽろ泣きながら謝った。 ただ、謝る事しかできなかった。


「ごめん、なさい。 ごめん、なさい」


 しゃくりあげながらリトは謝る。

 デイは最初、慌てていたが、少しの間リトが気が済むように謝らせ続けた。


「もう、いーよ。 りーちゃん。 りーちゃんの気持ち、俺、すーっごく分かるから」


 暫くして、デイはそう言って、優しくリトの肩に手を置いた。


「だから俺のためにも、もう謝らなくていいから」


 ほんの少し、デイの声は涙声だった。


「そ、それに、もしあの時りーちゃんが本当に刺されていたら、俺、せんせーにすっごく叱られたんだから。 ね? だから叱られなかったんだから、りーちゃんは気にしないで」


 デイは涙声になったのを誤魔化すようにつとめて早口で明るく言った。

 それでもリトは申し訳なくてたまらなかった。

 デイは窓の外に視線を向けた。


「……でも今日は、せんせーが……誰にも手を出さなかったから、俺、実は少しホッとしたんだ」


 独り言のように、デイは続ける。


「前にさ、りーちゃんに、俺にとって、せんせーはこの世で一番信じてる人間だって、言った事あるの、覚えてる?」


 リトは覚えていた。 弓がイラクサの布を作ってくれた意図が分からず迷っていた時にデイが言った言葉だ。 それがきっかけとなって、リトは弓と友達でいる決心をしたのだから。

 リトはデイの方を向いた。 デイはこちらを見ない。


「俺ね、最初、せんせーと会った時は、かなり嫌いだったよ。 でもあるとき、俺に嘘をつかない人、そして俺が信じている人はせんせーだって、分かったんだ」


 デイは思い出話をするように続ける。


「そしてせんせーは、二度、俺が暗殺されそうになったのを防いでくれた。 一回目にせんせーはこの国での信頼を得て、俺に身代わりの護りを施した。 2回目には俺の身代わりになって、大怪我して……そして、その二回とも、後で知ったんだけど、先生は俺を殺そうとした人を自分の手で処刑、したんだ」

「処刑……」


 処罰、ではなく、処刑。


「先生の出した紋章、見たろ? あれは国連軍とテノス国が発行してる殺滅許可証。 いついかなる場合においても許可証を持った人の判断で、誰を殺しても、存在を滅ぼしても一切咎めを受けない許可証。 ……先生は俺のためにそれを使って、自らの手を血に染めた……」


 デイは少し顔を上の方に向けた。 それは涙が流れるのをこらえているようにも思えた。


「せんせーってね、優しーんだよ。 本当に。 誰かに十字架を背負わせる位なら、全部自分で背負おうってするんだ。 だからこそ、俺のためになら人だって、殺せる。 俺を守るためならどまでも非情になれる。 でも優しいから非情になればなるほど、せんせーはせんせー自身を苦しめている。 俺、もうこれ以上、俺のせいで先生の手を血で汚したくないんだ。 だから今日は先生が思いとどまってくれて本当にホッとしたんだ」


――そっか、デイがあの時男達に逃げろと言ったのは、男達を守るためでも、ラムールを守るためでもあったんだ


 リトは腹にナイフが突き刺さったまま叫んだデイを思い出す。

 今まで見た事もない威厳と迫力を持ってラムールを制した姿を思い出す。


「だからって訳じゃないけど、りーちゃんの、自分があんな事しなきゃ、って後悔する気持ち、良く分かる」


 急にデイは振り返ってリトを見る。


「ね? だからもう気にしないで。 俺も昔の事、思い出しちゃうからさ」


 そして不意にニコリと微笑む。

 リトはデイを見ながら涙を拭いて頷いた。

 デイも頷いた。


「でも良かったよ、りーちゃん。 実は2回目、つまりこの前殺されかかった時はさ、俺、崖の上から突き落とされて」

「はっ?」


 明るくデイが語り始めたので思わずリトは変な声を上げる。


「そしたらさー、地面にたたきつけられても痛くないじゃん? すると今日みたいに空間が割れて、せんせーが出てきたんだけど、頭から血をだらーって出して出てきたんだ。 正直、お化けみたいで怖かった。 あっはっは」

「あっはっは、じゃないよぅ」


 リトが困ったようにふくれるとデイは嬉しそうに笑った。

 そしてデイは笑いながらあの日の事を思いだした。 

 めずらしくラムールがかなり長い時間、デイ達の前に姿を見せなかった日だった。

 王宮にも現れなかった。

 このようなチャンスはないと、謀反者達は夜にデイをそそのかして外に呼び出し、崖の上から突き落としたのだ。

 そしてラムールは今日と同じように助けに来た。 ただし、全身血まみれで。

 デイはそのとき、ラムールがデイを抱きしめて言った言葉を覚えている。

『私には、デイがいる。 まだ死ぬ訳にはいかない』

 と……。


 その日が新世と一夢が死んだ当日だったと知ったのは、いつだったか…… 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ