4-15 殺滅許可証
デイがみんなに逃げろと叫んだ時、誰もがその意味を理解できなかった。
一体、誰に向かって言っているのか。
「何してる! いいから早く逃げろ!」
ところがデイは血相をかえて、男達に向かって言っていた。
「な、何を……?」
当然訳が分からないボスやロットがうろたえる。 しかし、デイは他の周囲を取り囲んでいた者達にも向かって叫んだ。
「早く! 早く逃げろ!」
その表情は真剣だ。
「デイ……?」
リトが呟いたその時、他の者より、一瞬早く、リトの背中に寒気が走った。
一気に周囲の温度が冷えていく。
まるでデイに吸い寄せられるように周囲の生気が消えていく。 それと同時に天から、地から、目に見えないおおきなものが近づいてくる。
晴れていた青空に暗雲がたちこめ、大嵐の中に放り出された赤子のような無力感が胸に広がる。
――これは……絶対威圧
リトの体から血の気が引く。
軍隊長とラムールが対戦したときに体験した、あの時よりとは比べものにならないくらい、本気の。
稲光が光り、それはまるで天から大きな手が伸びて、そこにいた者すべてをわしづかみにしたような感じがした。
「ちっ」
その中で、デイだけが一人、慌てて舌打ちをする。
他は誰も、声を出すことすらかなわない。
次の瞬間、デイとボス達を分断するように、空間に黒い空気が渦を巻きはじめた。
渦はまるであらゆるものを飲み込む生き物のように空間を歪めて暴れ狂っていた。
そしてその渦の中から人影がゆっくりと姿を現す。
そう、それは、今まで見た事無いほど険しい顔をした、無表情の、ラムールだった。
――ラムール様!
リトは声を出す事ができなかった。 今、目の前に現れたのはラムールだが、ラムールではない。 同じ姿をした全く違う人物のように思える。 ……いや、人とは思えなかった。
ラムールが渦の中から出てしまうと、渦はそのまま水面を漂う花びらのように不可思議で流動的な模様を描くように渦巻いた。
ラムールがゆっくりと辺りを見回して、デイを視界に入れる。
そこにいた誰もが、まるで溶けた鉛の中に体を沈められたかのように身動きが取れなかった。 目を逸らす事も、瞬きをすることすらできなかった。
「出よ! 殺滅許可証!」
ラムールはそう言って左手を挙げ、空中に何か模様を描く。
するとラムールがなぞった空間に白っぽい半透明のゼリーのような、煙のようなものがあらわれた。 それは人の顔ほどもある大きさの卵状の形になり、それを透かしてテノス国の紋章と二本の死神の鎌が絡み合った模様が命の鼓動を奏でるように脈打っていた。
――これは!!!
リトは気がついた。 これは一夢と新世が死んだ時、陽炎の館に国連軍が押し入ってきた時にラムールが見せたというものではないのか?
「せんせー! せんせー、待って! 待ってよ!」
この中で唯一動けるデイがラムールに向かって叫ぶ。
しかしラムールはデイの言葉など全く気にせずに、男達を見回す。
「――我が名はテノス王国第一皇子デイ付教育係、ラムール」
口を開いたラムールの声は、地獄からの亡者も逃げ出してしまうほどの恐ろしい静かな迫力があった。
「せんせー! 待って! こいつら、俺を王子と分かってて手を出したんじゃないんだから!」
腹にナイフを深々と刺したまま、デイが大声を上げてラムールを制する。
しかし、ラムールはデイの呼びかけには耳を貸さず男達に向かって言う。
「汝らはしてはならない事をした。 よって――」
ラムールの左手がゆっくりと何かを受け取るように開かれると、そこに黒い渦が集まって一本の剣が形を成した。
「見るがよい、 この印は殺滅許可証。 この剣は裁きの剣。 いかなる理由があろうとも、通常の手続きを無視して人を滅する事を許された証。 汝らは王子に傷を負わせた国家反逆罪の罪により、全員――」
――全 員 。
リトはその言葉の響きに心底、恐れを感じた。 ラムールはここにいる者を全員殺すつもり
なのだ。 デイを刺した男や、ボス、ロットだけではない。 女や、リトより少し年下の少年等、本来ならラムールが絶対手を上げたりしないような弱い者までも、すべて。 いや、リトすらもその対象にされている、それを本能で感じ取った。
「せんせぇっ!」
唯一、デイだけがラムールを制止しようと叫んだ。 他の皆は、命乞いも、弁解も許されない。 ただ死を待つのみだ。
ラムールは真っ先に、刺した瞬間を見た訳でもないのに、チェムに視線を向けた。 そしてゆっくりと側に歩いていく。
チェムは瞳だけ動かしてラムールを見る。 ラムールはチェムを冷たい視線で見下ろす。
「やってしまってからは遅すぎるという事もあるのだ」
そう言って、左手の剣を振り上げる。
「死んで後悔するがいい」
ラムールとは思えない冷たい言葉が吐かれ、振り上げた剣を下ろそうとした、その時――
「止めろ! ラ ム ー ル ! これは 命 令 だ!」
雄々しいデイの一喝が、ラムールの動きを止めた。
「この者等を滅する事は、テノス国王子である、俺が許さん!」
デイは険しい表情をしてラムールのすぐ隣まで歩いてくる。
その時、初めてラムールはほんの少し理性が宿った瞳でデイを見た。
「しかし……」
「退け!」
デイがラムールの発言を制した。
そのデイの姿には威厳があった。
「ラムール、お前は誰に仕えている? お前自身か?」
「……いいえ、違います……」
「なら誰にだ?!」
デイはしっかりとラムールの目を貫くように視線を注ぐ。
「テノス国、に、です」
ラムールが答える。 デイが頷く。
「ならば話が早い。 テノス国第一皇子、デイとして命令する。 処刑は許さぬ、退け!」
しかしラムールはまだ少し戸惑うように剣とチェムとを交互に見る。
「 ラ ム ー ル ! 」
再度、デイが一喝すると、ラムールは剣を持ったまま、デイに向かって、その場に跪き頭を垂れた。
「御意」
ラムールが一言そう返事をすると、絶対威嚇の紋章も、剣も、空中に溶けて無くなり、まるで夢から覚めるように辺りが明るくなって体中を覆っていた絶対威嚇がかき消えた。
はぁ、っ、とそこにいる者が息を吐き出す。
「ご苦労だった。 ラムール。 後は構わぬ。 去れ」
ラムールの前に立って威厳を保ったまま、デイが命令をする。
「御意」
ラムールは再びそう返事をすると、すっと立ち上がり、デイに一礼し、そのまま誰にも目をくれず、ふわりと体を浮かせたかと思うと青空の中に飛んで行った。
ラムールの姿が見えなくなると、はじめてデイは一息ついて、肩に入った力を抜いた。
「大丈夫?」
そしてみんなにそう問いかけるデイには、確かにまだ王族の威厳が残っていた。
リトを始め、そこにい者か全員気が抜けてへたりと地面に座り込む。
デイはまずリトの側にやって来て、しゃがんで言った。
「りーちゃん、悪いけど、お願いがあるんだ」
「……えっ? 何……?」
力の抜けた声でリトは尋ねた。
「先に白の館にもどって、せんせーの様子、見てほしいんだ。 怪我してるはずだから。 お願い」
デイの口調は喧嘩をしていなくなった子供を心配する親のような感じだった。
こくん、とリトは頷いた。
「でも、……デイは?」
リトは尋ねた。 デイはちょっと微笑んだ。
「まだやる事があるから」
そしてデイは立ち上がり、ゆっくりとボスとロットの前まで来る。 そして自分の腹に深々と突き刺さったナイフをゆっくりと引き抜く。 ナイフには一滴の血すらついてない。
ナイフがカラン、と乾いた音をたてて地面に落ちた。
デイはしゃがみこんでボスとロットの目線に合わせて言った。
「こーゆう事だから、あきらめて腹くくって話し合おうよ」
ボスとロットが、頷いた。




