4-14 刺さったナイフ
デイと男達の争いを見ながら、一人の男がガタガタと足を震わせて激しく後悔していた。
――ど、どうしよう……
それはリトの腹を殴って連れてきた張本人、猪を人間にしたようないでたちのチェムだった。
チェムは何を後悔していたのか。 それは勿論、リトの事である。
自分が娘を連れてきた、それはたいした手柄だと、ほんのついさっきまでは思っていた。 しかし、どうだろう。その娘を守るために、新入りの男が逆らい始めた、しかもそいつの腕がかなり立って、ボス達が負けるとは思えなかったが、勝つとも思えなかったのだ。
チェムはロットにひっついてこの国に来た。 ロットはボーンネットと同じくらいボスの器がある男だったが、元来、そっと裏でささえるような男なので「あえて」ボーンネットがボスになった、とチェムは思っていた。
そう、「あえて」。 チェムはボスにふさわしいのはロットだと思っていたし、ロットが望んでいないとは分かっていたが、チェムは望んでいた。 だからロットの足手まといにはなりたくなくて、手柄を上げたくて、あの時、娘を見つけた時、逃がしてたまるか、と思い切り殴ってしまったのだから。
しかし今、チェムの連れてきた娘はロット達にとって災いでしかなかった。 このままここで暴れていれば、警官や兵士が気づいて助けに来るのではないか? そして俺たちは捕まってしまうのではないか?
考えれば考えるほどチェムは脂汗がだらだらと流れ、心臓がばくばくと鳴った。
――こ、こうなったら――
チェムはごくりとつばを飲んだ。 腰にぶら下げた大振りのナイフに手をやった。
――これで、あいつの腹を一刺しすれば、きっと、殺せる。
ゆっくりとナイフを手に持ち、機会を窺う。
――あいつが、あいつが死んでしまえば、きっと全部、何も無かったことにできる。 俺たちは逃げて、逃げる、あいつが死んでしまえば、あいつは驚いて、きっと何もできない。 その間に逃げるんだ。
柄を握った手に力がこもる。
――チャンスは、一度きり。 なあに、平気だ。 俺は一度、あいつで成功している。
体中の力を腹に込めてチェムは駆けだした。
そう、リトに向かって。
「うわああああああっ!」
チェムが襲いかかった時、おそらくそこにいた他の誰もが、デイに襲いかかったのだと思った。 デイも勿論そのつもりだったから、チェムがリトに向かって行っている事に気づくのがほんの一瞬、遅れた。
リトもまさかいきなり自分に向かって男がナイフをかざして襲ってくるなんて考えもしなかったので一歩も動けない。
「チェム!」
ロットが慌てて叫ぶ。
「りーちゃん!」
デイが叫ぶ。
「ああああああっ!」
チェムの手が、渾身の力を込めて押し出したナイフが、その叫びとともに深々と腹に突き刺さった。
初めて人の体に突き立てたナイフの感触は今まで感じた事のない肉の抵抗を感じた。
チェムは自分の手を見る。 手に持っていたナイフは深々と相手の体にめりこんでいる。
――や、やった!
チェムはほんの少しほっとして、刺した相手の顔を見た。
――それは。
「デイぃぃぃいぃっ!」
リトの叫び声が響く。
そう、チェムが刺したのはリトをかばうためにとっさに間に入った、デイだった。
デイの服の上から深々とナイフがお腹に突き刺さっている。
「ひ、ひぃっ」
チェムは驚いて手を離し、2,3歩後ずさりする。 ナイフはその刃がデイの体に深々と突き刺さったまま、軽く揺れる。
デイも顔を青くしながら自分の体につきささったナイフを触る。
いや、自分の腹と、刺さったナイフを触って確認すると――今まで見た事もないような厳しい切羽詰まった顔になって、そこにいる全員に向かって予想だにしなかった言葉を叫んだ。
「逃げろ!!!!」