4-13 デイVS
リトはよろめいた自分を支えた男を見上げた。
初めて見たロットという男は、やはり、身長も高くがっしりしていて、そしてほんのちょっと巳白に似ていた。
「りーちゃん!」
するといきなりデイが左足を軸にしてリトを引き寄せながら右足で回し蹴りを放つ。 リトはロットの左腕から離れ、ロットは右腕でデイの蹴りを受け止める。 デイはリトの手を強く引き、後方にやると、蹴りを受け止められた反動を利用しながら、もう片方の足でロットの胸を蹴り、離れる。
「あわわ……」
リトはデイの動きに振り回されながらよろよろとよろめく。 デイは地面に降り立つとリトをぐっと引き寄せる。
「大丈夫だからね」
リトに向かって、デイはしっかりとそう言った。
「なかなか、いい蹴りだ」
ロットが腕を赤くしながらデイを見る。 すると倉庫からボスをはじめ仲間達が一斉に外に出てくる。
「どういうつもりだ、デイ! ロット! 知っていたのか?」
ボスが語気を強める。
「怪しいな、と思ったから俺は先に倉庫の外で待ち伏せをしていたのさ」
ロットがぼそり、と言う。 それを聞いてデイが小さく舌打ちする。 そうだろう。ロットがいなければ今頃二人はこの倉庫から離れて裏路地にでも隠れる事ができていただろうから。
すると騒ぎを聞きつけて他の路地からも仲間がぞくぞくと押し寄せる。 あっという間にリトとデイの二人は20人ほどの集団に囲まれる事になった。
リトは周りを見回す。 当然体格の良いロットやボスのような男達もいたが、それ以外にも女や、まだリトと同じくらい、いやそれより少し年下くらいの男の子もいる。 どうやらこれらが仲間全部なのか。
「もう逃げられんぞ。 デイ。 大人しくその娘さんを渡すんだ」
ロットが言った。
「えーっと、仲間って、これで全部?」
ところがデイは何も聞こえなかったかのように明るく尋ねた。
「は?」
取り巻きの男達がすっとんきょうな声をあげた。
「この後にもっとでっかいラスボス、なーんて、現れないよね?」
デイは見回しながら尚も尋ねる。
「ざけんなこの野郎!」
一人の男が棒を振りかぶってデイに殴りかかる。 同時にロットが「待て!」と叫ぶが棒はデイの顔めがけて――
「!」
デイがしゃがみこんで足払いをしたので男は勢いを殺せぬままゴロゴロと転がり、デイはこぼれた棒を拾いあげ、腰で構える。
その構えは素人のリトにすらはっきりと分かるほど、隙のない構えだった。
「……おまえ、素人じゃないな?」
ボスが呟く。
「この子と一緒に無事に返してくれるのなら痛い目にはあわなくて済むよ?」
デイが答える。 しかしロットとボスが一歩前に出る。
「残念だけど、俺達にはもうこの道しか残っちゃいないからな」
「数ではこっちの方が上だ」
デイはまっすぐ二人を見たまま、リトに言う。
「ここにいて」
そしてデイはリトからほんの少し離れる。 男達はデイの間合いに合わせて動く。
「こんちくしょう!」
デイの背後から別の男が二人、殴りかかる。 しかしデイは棒を地面に突き立てまるで棒高跳びのように体をふわりと浮かせ二人をかわし、すぐさま二人に蹴りをいれる。
「やっちまえ!」
すると他の者達も一斉にデイにとびかかっていく。 しかしデイはまるで曲芸でもしているかのようにことごとくかわしていく。
一人の男がそっと背後からリトに近づくが、デイはすぐ棒を投げて男の頭に命中させる。
「んげっ!」
男は額に丸い棒の形をつけたまま地面にばたりと倒れる。
争いには、ボスとロットも加わった。
リトはこの場を逃げようかと思った。 しかしリトがここを離れるには、まだ争いに参加していない他の男や少年達がいるので下手に動くことはできなかった。
それにしてもデイの動きはリトの予想外だった。 普段からは決して想像もつかない俊敏さ、反応の良さ、まさかここまでデイが武道ができるなんてひとかけらも思わなかったからだ。 陽炎隊の彼らとは何かが違う、とは思ったが、決して引けはとらないように思えた。
しかしデイは彼らの攻撃をことごとくかわしながらも、だからといって彼らをみな倒してしまうことはできずにいた。 いや――
「待て!」
ロットが叫んだ。 同時に男達はデイに殴りかかるのをやめ、少し間合いを取って囲む。
「防戦は抜群のようだな」
ボスが肩で息をしながら笑った。
「ま、ね♪」
デイも笑う。
――そうか! ラムール様がそう教えているんだ!
リトは気づいた。 陽炎隊が攻めの戦いをすると定義づけるとすれば、デイは守りの戦いをしているのだ。 それは王子としてあるべき戦いのように思えた。
「防戦だけじゃ勝てないぞ。 こっちは数が多いんだからな」
ロットが言った。 確かにそれは正論だった。 なぜなら誰もデイに触れる事はできなかったが、デイも誰を倒す事もしなかったからだ。
しかしデイは全く気にしていないようだった。
「まだまだ。 この位の人間だったら全然。 勝てなくても、負けることもないからね。 だから――話し合いなら、できるだろ? そっちがその気になってくれれば、の話だけどさ♪」
――話し合い?
デイの提案は突拍子も無い事のように思えた。
「話し合う? 何を話し合うって言うんだ?」
ボスがせせら笑う。 デイは気にせずにこやかに続ける。
「えー? 色々あると思うよん♪ わざわざこの国に来たのに働かないで悪さばっかりするのはどうしてかなー、とか」
「働く? 俺たちがか? どうやって? 誰も雇ってくれないのに!」
仲間の一人が叫んだ。 デイがクビを傾げる。
「雇ってくれないって、なんで? 真面目に働くって意志があれば何かしら……」
「働かせて貰えているなら働いているさ!」
デイの言葉を最後まで言わせずにボスが叫ぶ。
デイの表情が、真面目になった。
「どういう事?」
デイのその質問に、周りで見ていた女の一人が口を開いた。
「あたい達には戸籍が無いからさ。 どこに行ったって、どこの誰だか分からない人間を働かせてくれる物好きなんてほとんどいないってコトよ。 でもアタイ達だってお腹もへるし、体だって大きくなるから服もいる。 それじゃあどうしろっていうの? 人の物に手をつけるしかないじゃない」
その言葉は、何度も自分に言い聞かせてきた言葉なのだろう、とても悲しげで投げやりだった。
「そういう事さ。 みんな、除籍されたり、親元を飛び出してきたり、もともと保護者がいなかったりで、こうして生きるしかないんだ。 この国に来ては見たが、やっぱり俺たちが働けるところなんてありはしないし、受け入れてくれる所だって無い。 だから生きていく為にその女官さんと引き替えに金を得るんだ。 約束しよう。 下手に暴れたりしないなら女官さんの体に傷をつけたりはしない。 だから協力してくれ」
ボスがなだめるようにデイに説明する。
――なんだか、かわいそう……
リトは思わず同情した。 確かにリトなどはこの国の生まれだから何の問題もなく白の館で女官になることもできたし、働く事もできる。 しかし、確かに西地区にやってきている流れ者達を誰が雇うかと問われれば、リトも答えを見つけ出す事はできなかった。
「事情は分かった。 でもこの子を渡してお金を稼がせる訳にはいかない」
デイはぴしりと言い切った。
多少は歩み寄ると思っていたのか、意外そうにボスの顔が強張った。
「……なら仕方が無い」
ボスとロットが、デイににじり寄った。