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4-12 5秒したら、逃げ出すよ

「女官か!」

「でかした!」

「ほほぉ〜!」


 デイがリトの事を女官だと伝えた途端、倉庫の中がざわめいた。


「どうして女官だって知ってるんだ?」


 ボスが尋ねる。


「いやね、あっしの働いてた煙突掃除の事務所の近くに女官さん御用達の帽子屋がありっして、そこでよく見ましたよ」


 デイが答える。


――帽子屋さんって何処よ?


 リトはつっこみたくなったが、すぐにデイがリトの為に嘘をついているのだと気づいた。


「それでどこの家の娘なんだ? 金は持っていそうなのか?」


 ボスが矢継ぎ早に尋ねる。


「そ、それっすがねぇ、あの、この娘さんをどうするおつもりで?」


 デイが尋ね返す。


「その娘さんの命と引き替えに親御さんからでもいい、ありったけの金を手に入れる。 そしてこの国を離れて、離れたところで娘さんは置いていくつもりだ」

「金目的の誘拐っすか。 へいへい、こりゃ、すげーっすねぇ。 っでも、普通の家の娘さんならいざしらず、この人は女官さんっすからね。 女官さんが誘拐されたとなったら国も兵士も黙っていませんぜ。 逆に倍、面倒になる事は目に見えてやす。 どでしょかねぇ。 まだ娘さんは目を覚ましていないって事でやんすから、もう一度西地区の出口付近にぽーいっと置いておけば、娘さんは何も知らずに帰るから面倒な事にはなりやせんぜ。 なんならオイラが適当な場所に捨ててきますぜ」


――ああっ! ありがとう! デイ!


 リトはデイの申し出に心から感謝した。 ところが。


「まだ意識の戻っていない娘さんを下手に放置したら、逆にこの娘さんの体が心配だ」


 ぴしりと、リトを抱いている男――ロットが言う。


――いやそんな、優しくしてくれなくていいからぁ!


 リトまぶたを閉じたままロットをにらみつけた。

 するとボスか口を開く。


「ああ、いいんだいいんだ。 国や兵士が出てこようと。 俺たちにこんなチャンスは滅多にないからな。 この女官さんで金を巻き上げる作戦は変えるつもりは無い。 この国に夢を見てみんなやって来たけれど、分厚い現実に邪魔されて、俺たちはここを去るしかないんだからな。」

「そうだな。 その女には悪いけど、恨むなら国を恨んでくれってことだ」

「別に体を傷物にするつもりもないし、金と引き替えにする位ならいいだろう」


 周囲の者も口々に言う。

 リトは、これは自分を人質にしない案は絶対無いな、と覚悟をした。


――しかし。


 デイがいるならばスキをみて逃げる事もできるだろう。

 全くの一人だけなら不安だが、デイがいる。 この男達がリトに対して無茶をしないよう誘導してくれる……


「デイ。 お前はこの作戦に消極的みたいだし、俺たちにつきあえと言うつもりはない。 だからもういいぞ」


 するとボスがいきなりそう言った。


「待てよ、ボス? そいつは事情を知っちゃったんだぜ? このまま返したら国にたれ込むかもしれないんじゃないか?」


 誰かがそう制する。


「可能性はゼロじゃないけど、嫌がる相手を無理矢理仲間に引きずり込むってのは少々……な」

「ならせめて、コトが終わるまで監禁して……」


――ヤばいんじゃないの???


 リトは冷や汗をかいた。


「いっやだなぁ♪ 俺、手伝うっすよ♪」


 デイが悪くなりかけた雰囲気を吹き飛ばすかのように明るい声で言った。


「女官さんを犯罪に巻き込むって、オオゴトっすからね。 覚悟ができてなきゃ手伝いたくないなぁって思っただけっすよ♪」


 周囲がほっと息を漏らす。


「んじゃ、この女官さんがどこに住んでいるか、聞き出しやしょうか。 そしたらオイラが地図を書いて場所を教えやすよ」


 デイが意気揚々と提案する。


「そうか。 そうしてもらえると助かる」


 ボスも安堵したようだ。


「ところでロット。 女官さんはまだ目を覚まさないのか?」


 今度は皆の視線がロットとリトに注がれる。

 リトを抱いていた腕が少し傾けられる。


「まだみたいだ」


 ロットはそう言うとゆっくり歩き出して、先ほど用意した藁ぶきに敷いた毛布の上にそっとリトをおろす。

 おろされる時、リトは男の腕の体温が体から離れて、少し寒いと感じた。


「起きませんねぇ」


 そこに、声からしてリトを殴って気絶させたチェムが近づいてきた。 湿った革のような香りが近づく。


「ほれ、ほれ」


 そう言ってチェムは手のひらでペチペチとリトの頬を叩く。

 本当に意識がなければ全然構わないのだが、リトはもうとっくに覚醒しているのでかなり不快だった。

 しかも今更、目を開けて、どんなリアクションを取ればよいのか分からない。

 ここは何処? と叫ぶべきか、うう…ん、と色っぽく目を開けるべきか、いや、デイを見てどう反応するべきか???

 リトはしっかり意識を失ったフリをすることにした。


「俺、やってみましょーか?」


 するとデイの声が聞こえて近づいてくる気配がする。

 デイはそっと跪くと、自分の体で男達から死角を作り、右手でリトの手をそっと握って力を込め、そして左手の甲でリトの頬を軽く叩いた。


「おい、ねぇちゃん、ねえちゃんってば」


 リトは目を閉じたまま、握りしめられた手の方だけ、くくっ、と力を入れる。 するとデイの手が同じく、ククッ、と力を込め直す。


「起きませんっすねぇ。 そうだ♪」


 デイは頬を叩くのをやめて体を起こして周りを見回す。


「水かなんか持ってきて、ちょっと濡らしたらどうっすかね?」

「水か」


 ボスが声を出した。


「おい誰か、タオルと水でも持ってこい」

「へいっ!」


 威勢の良い返事がして再び扉の開く音がする。

 同時にデイが大声を出す。


「あ、すいやせん、ついでに大きな紙とペンを持ってきてもらぇやすか? この女官さんの自宅の地図をかきやすんで……、あ、あと、扉は出来たら開けておいてもらえやすか。 まだこの女官さんは目を覚ましそうにないし、おいら、目を悪くしてるんで明るい方がいいんスよ。 この女官さんが起きないウチにすましちまいやしょ」

「何だ、お前、目が悪いのか」


 ロットが言う。


「へぇ、煙突掃除じゃススばっか浴びてたもんで」


 デイは申し訳なさそうに言う。


「それじゃあ早く作戦を練った方がいいだろうな。 おい、誰か紙を持ってこい」

「あいよっ!」


 そして何人かがまた倉庫を出る。


「ところでこの女官さんをさらってくるの、誰にも見られなかったすか? 城下町で騒ぎになってたりしてないすかね?」


 デイが更に言う。すると、


「それじゃ俺はちょっと西地区の外を見て、この娘さんがいなくなったことで誰か騒いでないか見てくるぜ」


 ロットがそう言って倉庫を後にした。

 握ったリトの手に、デイが力を込める。


――逃げる、つもりだね?


 言葉にはしなかったが、リトにも分かった。 デイは出入り口を開け、そして人手を少しでも減らす事によって逃亡しやすくなるよう計っているのだ。

 すると運の良い事に、ボスが周りの男達に声をかけて自分の周囲に集める。 どうやらこれからの手はずを話し合っているようだった。

 デイがそっと身をかがめ、リトに耳打ちする。


「5秒したら、逃げ出すよ、いいね? 1,2…」


 デイは身を起こす。


――3.4……


 リトも心で数を数える。


――5!!


 同時にデイの手に力がこもり、リトを引き起こす。

 リトも目を開け、跳ね起きる。


「あ!」

「お!」


 男達が驚いた声を上げる。


「走って!」


 デイが叫んで手を引く。 リトはデイに手を引かれたまま駆け出す。


「逃がすな!」


 ボスが声を荒げた。 しかし、リトとデイは既にボス達の側を通り過ぎ、倉庫の出口までさしかかっていた。 ――が。

 ふらっ、とリトは目眩がして足がもつれる。 倉庫の扉をくぐってすぐ、よろめき倒れそうになる。

 デイの手をつかんだまま、リトが倒れそうになった、その時。

 がしん、と丈夫な腕がリトの体に手を回して支えた。


「坊主」


 リトを支えた男が言った。


「気を失ってずっと横になっていた娘さんをいきなり走らせたりなんか、男ならなおさらしちゃナランのだぞ」


 それは、ロットだった。


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