4-11 誘拐されたリト
――お腹が痛い……
リトが意識を取り戻した時、真っ先に感じた感覚は「痛み」だった。
おかげで一気に目を覚ますこともなく、じんわりと覚醒していく。 それはリトにとって良い事だった。 なぜなら目も開けず、体も動かさなかったので、誰もリトの意識が戻った事に気づかなかったからである。
「だけどよ、どうしてこの女、こんなトコにいたんだよ?」
「どこかで見た事あるぞ? この女」
「いいじゃねぇか。 見たところ良い身分みたいだし。 金がたんまりもらえるぜ」
リトの周囲で男達がそう話す。
――げっ! やっぱり面倒な事になっちゃった?
リトは意識が戻ったのを気づかれないように表情を変えず黙って聞き耳を立てる。
「アンタ達、ちゃんと用が済んだら、その子無事に返すんでしょ?」
女の声もする。 返すんでしょ?って口調から乱暴をするつもりはないようだ。
「ま、金を貰えば用は無いし」
「でもよぉ、幾らくらい貰えると思う?」
「そりゃあこの女の保護者が幾ら出すか、だよ」
――これは、金めあての誘拐?
「出来るだけ搾り取ろうぜ。 この国を出て行くにしろ、金はあるだけあった方がいいぜ」
「でも、どこの娘さんだよ、こいつ」
「それは本人聞くしか……」
声の主はころころ変わる。 後ろでもざわついているので、どうやら10人、いやそれ以上いるようだ。
「いいじゃないか。 今まで誘拐しようとあちこちで裕福そうな家の娘を狙ったけど全部失敗してるんだ。 これ以上この国にいても意味は無い。 運良く娘さんがやってきてくれたんだ。 これは最初で最後のチャンスだろう?」
――この人達、誘拐を企ててたのね。 外出禁止令はそれでなんだわ。
リトは外出禁止令が出た理由を知って納得する。
男達の話は続いていたが、リトは全身の神経を集中させて、今、どんな場所にいるのか探る事にした。
リトは床に寝せられていた。 コンクリートの、ひんやりと冷たい感じ、頬にあたるざらざらとした砂の粒、男達の会話がほんの少し反響して、日の光の暖かさも、屋外の風のそよぎも感じない。
――倉庫、かな。
しかも人間がいるはずなのに周囲に圧迫感が無い、という事はそこそこ広い倉庫のようだ。
「まだ目を覚まさないのかな」
突然、一人の男がそう言ってリトに顔を寄せる。 目を閉じていても呼吸と気配が伝わってくる。
リトは一切身じろぎせずこらえる。
「かわいいじゃねぇか」
――げっ
リトは一瞬、息を止める。
しかし目を開けたり動いたりする訳にはいかない。
「なぁ、ボーンネット。 こんな床に置いてちゃ可哀想だろ。 もっと寝心地のいい所に運んでもいいか?」
男は誰かに話しかけた。
「ん? ああ。 構わないけど?」
「うしゃ」
ボーンネットと言う男がOKを出すと、男はリトの体に手を回す。 とても太く、逞しい腕がリトの体に触れる。
――うっ、うあああ、私、どこに?
リトは心臓をばくばくさせながら耐える。 目を覚ますべきか、覚まさざるべきか。
「チェム。 そこの端にある毛布を」
――毛布を?
「そこの藁葺きの上に敷け。 そこならクッションがきいてるし」
――だから?
「床に置いておくよりは風邪もひかねぇだろう」
――私の体の心配?
そう思った瞬間、リトの体が男に抱かれてふわりと浮く。 それは壊れ物を扱うように丁寧
で、優しかった。
男はかなり逞しく、体も大きいようだった。 リトを抱いてもぜんぜん余裕である。
「しっかし、チェム。 お前、どんだけ力入れて殴ったんだ? 娘さんは全然目を覚まさないぞ」
「へぇ、逃げられちゃ困るって思って思いっきりやっちゃいましたんで……」
「気持ちは分かるけどな、娘さんのお腹を、思いきり叩くなんてことは、男ならなおさらしちゃナランのだぞ」
「へぇ……すいやせん」
――じゃ、私を殴った男はチェム、なんだな?
リトはしっかり名前を覚えておく事にした。 でも。
――そんな、悪い人じゃないかもしれない
まだずきずきと痛むお腹と、自分を包む腕のギャップでそう感じた。
男がリトを抱いて歩き出したその時、きしむ音を響かせながら倉庫の扉が開いた。
「ボス、連れてきやしたっ!」
倉庫中に甲高い男の弾けた声が響く。
――連れてきた? 誰を?
声はリトを抱いた男の背後から聞こえてくる。 しかしリトは意識があるのを気づかれない為に目を開ける事ができなかった。
「ほら、デイ。 この方がボスのボーンネットさんだ」
「はじめやっしてっ! デイっす」
元気ではつらつとしたその声の主は
――デイ!!!????
あまりの衝撃にリトの体がぴくりと動く。 リトを抱いていた男の腕が微かに緊張する。
――げっ、気づかれた?
リトは慌てて体を硬直させる。 男の視線を感じる。 しかし、すぐ男の腕に込められた緊張は解けた。
――よ、良かった。
リトは少し安心する。
――でも、どうしてデイが……
リトは目を開けて様子を窺いたいが、それは無理なので耳に全神経を集中する。
デイは愛嬌よく周囲の皆に話しかけている。
「ははは。 デイか。 面白いヤツだな」
どうやら雰囲気的に、デイはボス達に受け入れられている感じがした。
「ちいっーす♪ して、おいらに出来る事ったぁー、何でやしょ?」
デイの口調はいつもと違って違う国のなまりが入った話し方をしている。
「デイ、おまえはちょっと前まで煙突掃除夫をしていたんだよな?」
「っす♪ けど、しょっちゅー煙突の上から女風呂ばっか覗いてたんで、親方にクビにされっして」
どっ、と周囲が笑う。
「んで、クノラ兄貴が声かけてくれやしたって訳っして」
「ああ。 クノラから聞いてる。 三日も何も食べて無くてフラフラだったんだって? クノラが取ってきた食い物を2分でたいらげたってきいたぞ」
「っす♪ クノラ兄貴は命の恩人っす♪」
――ほ、ホントーにデイ?
リトは目を開けたいが、なんとなく男がまだこちらを見てる気がするのでこらえる。
「ところで、お前を呼んできたのは他でもない。 女を一人連れてきたんだが、どこの女か知っていたら教えて貰おうと思ってな。 女にきくつもりだったんだがなかなか目を覚まさなくて、な。 俺たちはあちこちの国からやってきてるから、殆どこの国に土地勘が無い。 煙突掃除っていえばあちこちの家庭や地区を回っただろう?」
「――へ、あ、っす。 そうっすね」
デイの口調が少し鈍る。
「っかし、いつ、どこで、どうやって、その、娘さんを?」
「2時間ほど前かな。 この地区をウロウロしていたところをチェムが見つけた。 今、そこのロットが抱いている」
「抱っ!……いていやすね、確かに」
デイが一瞬驚く。
「馬鹿。 何を勘違いしてるんだ」
リトを抱いていた男が呆れたように呟く。
「娘さんが風邪ひかないように少し暖かい所に運ぼうとしただけだ」
男――ロットはゆっくりとデイの方を向き直る。
「ほら、この娘さんなんだが……」
「――」
リトは目を閉じていても、デイが息をのむのが分かった。
「あ、う、えっと、どうして、この、目を閉じて?」
「チェムがな。 逃がさないように腹を殴った」
「腹を?!」
「力がちょっと強かったのか、まだ目を覚まさない」
「え、って、大丈夫? 医者に診せなくて」
「んー、まぁ、顔色もいいし、抱いてる感じでは平気みたいだ」
ほんの少しだけ、デイが安堵のため息をついた。 ロットは落ち着いた口調で言う。
「それで、この娘さんがどこの誰か知ってるか?」
「えっと、……その」
デイの口調が鈍る。
「分からなければ無理はしなくていいぞ。 その女が起きたら本人に聞けばいいだけだからな」
ボスがそう言う。
「えっとねいや、っその、ちょっと待って下さい、確か……確か……」
デイが口ごもる。
そして思い出したように言った。
「にょ、女官でやすよ!」