4-9 微妙な予言
「ああ、やっと降りてきた。 ほらさっさと座って。 お茶が冷めるよ」
リトと弓が一緒に階段を下りてリビングに行くと、清流がお茶を用意して待っていた。
テーブルには清流の他に巳白も座ってハーブティーを飲んでいる。
世尊と義軍はリビングの中央でじゃれあい、来意は少し離れたソファーに座って小さなテーブルを脇に置いてカード占いに興じていた。
「羽織様は?」
弓が座りながらあたりを見回す。
「アリドと部屋で話をしてる」
巳白が答える。
おお、今日もアリドがいるのか。
リトはちょっとドキドキしながらハーブティーを口にする。
「あ。 良い香り」
「オレンジピールやジャスミンなんかをブレンドしたんだよ」
清流が説明する。
「んー、おいし。 清流のブレンドはたいしたものね」
弓もほっとした口調で言う。
「おかわり」
巳白がカップを差し出す。 清流は嬉しそうにそれを受け取ると厨房に消える。
「ふぅー」
リトと弓はくつろぎながらハーブティーを楽しむ。
すると厨房から清流が呼ぶ。
「弓ちゃん、いつものスプーンが見あたらないんだけど、知らない?」
「え? 待って。 今行くわ」
弓は立ち上がると厨房へ行く。
――えーと。
リトはもう一口ハーブティーを口にすると、巳白を見た。
巳白はテーブルの上に新聞を広げて読んでいる。
「あの、体のほうは、どうですか?」
リトは尋ねた。
「ん?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかったような顔をして巳白がこちらを見る。
「あ、ああ。 平気平気。 大分いいよ」
そしてそう言って微笑む。
「あの――ちょっと聞きたいんですけど」
リトは少し声を落とす。
巳白が首をかしげる。
「ラムール様から、眠りのキャンディー、貰ったんですけど、……巳白さんも、貰ったんですよね? もう使いました?」
巳白が眉を寄せる。 何の話か分かっていないようだ。
「えっと、あの、ラムール様のかわりに眠る……」
「ああ、眠り玉のこと? 貰ったよ。 リトも貰ったのかい?」
巳白の表情が晴れる。 リトはほっとして頷く。
「もう使ったのかい?」
「いいえ。 まだ。 それでどんな感じか聞いてみようかなと思って」
巳白はちょっと考える。
「すとん、って感じ。 何も覚えてない。 だけど朝起きたらサイコーに気持ちいい。 寝たー!って感じかな」
「かなり一気にくるんですか?」
「くる」
巳白がきっぱりと断言する。 リトは更に尋ねた。
「もう二度と飲みたくないですか?」
「いいや。 ただ寝るだけだから、負担は無いし熟睡できるし。 また貰いにいこうかな、って位。 あ、俺の場合だけどな」
そこでリトはラムールから必要なら事務室にあるから自由にとって良いと言われた事を巳白に告げると、巳白はそんじゃ、もしよかったら今からでも数粒、俺用に取ってきて、とまで言った。
そこまで巳白が積極的なら、変なものでもなかろう。
リトは明日、弓に渡すと返事をした。
「はい、兄さん。 おかわりどうぞ」
そこに清流が巳白のカップを持ってやってくる。
「おう」
巳白はそれを受け取ると、再び新聞に目を落とす。
「羽織さまー。 アリドー。 清流がお茶入れてくれたけど、飲まないー?」
弓が階段の下から二階の羽織の部屋に向かって呼びかける。
すぐさま羽織の部屋がガタガタと音をたて、扉が開き、羽織とアリドが部屋から出てくる。
それと同時に世尊と義軍は呼ばれる前にテーブルに近づいてくる。
「来意も、少し手を休めてこっちに来たら?」
弓は黙々とカード占いをしている来意に声をかける。
「いや、僕は、もうちょっと」
来意は開いたカードをじっと見つめながら返事をする。
「ぃよう、リト」
アリドが当然のような顔をしてリトの隣に座る。
「アリド、何を羽織くんと話してたの?」
リトはハーブティーを飲みながら尋ねた。
「んー、ジンの情報。 全〜然、手がかりなしだけどな」
ジン。 それは羽織とアリドの実の親を殺した仇。
「ったく裏にいけば色々分かった事もあるんだけどなぁ〜、ど〜も雲をつかむというか」
言いながら、ふと我に返ったように「ま、たいした話じゃねーよ」としめる。
「来意おにーちゃんにうらなってもらったら、いいよ。 ぼく、うらなってもらったよ」
義軍が話しかける。
「来意の占いはなぁ、アテになんねーっての」
アリドは笑いながら答える。 ぷぅ、とふくれる義軍の機嫌を取るように世尊が口を挟む。
「義軍。 何て占ってもらったんだい?」
「おにーちゃんになんにもないか、って、うらなってもらったよ。 なーんにもしんぱいしなくていいって。 来意おにいちゃんがいったよ」
「義軍! お兄ちゃんの事をそんなに心配してくれて! なんて優しい子なんだろうなぁ!!」
世尊は瞳を潤ませながら感動している。
「あっ、ねぇ、来意君はいつから旅に?」
リトは話題を変えた。
来意がカードを入れ替えながら「……このカードがこう…だから、明後日」と呟き
「明後日が休みの日だから、その翌日。 決定」
そう言い切ってカードをひとまとめにする。
――明後日は休みの日。 羽織くんと弓のデートの日か。
リトはそんな事を思いながらカップを揺らす。
「陽炎隊の活動休止期間は明日から2週間で申請してるけど、足りる?」
清流が尋ねた。
「うん。 一応、いつも通り10日間程度で帰ってくるとは……思うけど」
「ん? めずらしいな。 やけに歯切れが悪いな」
巳白が不思議がる。
「うん、実はあんまり気分がノらない。 けど行かない訳にもいかないし……」
そう言いながら来意はテーブルについてティーを飲む。
「何か気をつけなきゃいけないことってある?」
来意の様子を見て不安になったのか弓が尋ねた。
来意は表情を明るくして答える。
「平気平気。 弓は心配しなくていいよ」
「私は?」
リトは尋ねた。
「ん、ああ、リトも、別に……」
そこまで言って来意の表情が急に強張る。
一緒にリトの心臓にも緊張が走る。
「――右……」
来意が呟いた。
「右。 リト。 もし迷った時は右だけは選ばないで」
「え? どういう事? 来意君。迷った時って何? 右を選んだらどうなるの?」
リトは慌てて尋ね返した。 同時にアリド達も色めき立つ。
「何だ何だ? 来意の予言か?」
「右って何だ?」
「何が起こるの?」
来意は首を横に振る。
「分かんない。 ただ、右を選ぶと面倒な事になる、って勘がした」
「面倒? 怪我とか事故じゃなくて?」
「うん。 ただ、すっごく面倒な事に巻き込まれるだけ。 これから5日間位の間」
「5日間……」
それは、微妙な予言だった。
右に注意しろ、か。
実際、自分について予言をされると非常に気になるものである。
リトはそう考えながら弓に別れを告げ、「左手で」ドアノブを掴み、弓の部屋から白の館の部屋へ「左足から」戻った。
リトのベットは、部屋に入って、「左」側だ。
よしよし、大丈夫、とリトは頷く。
陽炎の館で楽しい時間を過ごしたせいか、全く眠気を感じない。
「それじゃ……っと」
リトは机の引き出しから布に包んだ眠り玉を取り出した。
眠り玉の色はつやつやとした闇色に輝いている。
「すとん、って感じって言ってたなぁ……」
リトは眠り玉をつまんで眺めながらベットに腰掛ける。
この小さなキャンディーの中に詰まっているものがラムールの眠り、なのか。
――ラムール様はじゃあ今、何をしているんだろう。
そう考えながら、リトは半ば無意識にキャンディーを口の中に放り込む。
キャンディーは少し冷たくて、ハッカのような微かな清涼感と――
リトは味わう間もなく、深い眠りについた。