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4-7 肩書きの意識

 清流の蒔くものは小さな炎と共に消え、リトの蒔く物は溶けるように消える。

 そこには温と冷が重なり合い、それは距離のあるもの同士が一つの舞いを舞っているようで、リトは見ているうちに気持ちが安らいでいくのを感じた。


「ところで、そろそろ何故ぼくが庭にいても女官達に捕まらなかったか、話してもいいかな?」


 作業をしながら清流が口を開く。


「あ、う、うん」


 リトは蒔き物にばかり気がいってたので少し動揺する。


「別にたいしたことじゃないんだよ。 肩書きの意識を変えただけ」

「肩書きの意識?」


 清流は手紙を蒔く手を止めて、リトを見た。


「リトちゃんは、これが神の樹って知ってるよね。 でも知らなかったらただの樹でしょ。 でもリトちゃんにとってはこれは樹かと尋ねられれば樹だと答える。 それと同じ」


 リトは清流から目を逸らして手元のドライフラワーの花びらを蒔く。


「……ずいぶんと抽象的な言い方」

「やっぱりリトちゃんには難しすぎたかな」


 リトの手が止まる。


「そうかもね。 でもラムール様なら絶対分かりやすく教えてくれるわ。 そういう所ってさすがって言うのかな。 そう思うでしょ、清流くん」


 そしてリトは清流を見る。 開かれた清流の左目に優しさが無くなる。 まるで大きな傷で感情がすべて閉じられた、右側の顔半分と同じように。

 しかしリトはそんな清流の左目をじっと見つめた。

 なぜだろう。 この表情こそ本当の清流だと思ったのだ。

 するとまるで外した仮面を被るように清流の左目に優しさが戻る。


「ごめん。 でも言わせて貰うとラムールさんは分かりやすくじゃなくて、くどいんだと思うけどな」

「そっかな」

「そう。 ……ええとね、分かりやすく言うと、陽炎隊として登録されたとときに「陽炎隊・清流」の歴史が始まったって言えば分かるかな。 だから陽炎隊・清流が行う全ての事は陽炎隊清流がやってる事で、スイルビ村の清流がした事とは思われない、ってこと」

「じゃあどうして、清流、と陽炎隊、の二つの言葉がキーワードって言ったの?」

「うん。 それはね、陽炎隊清流とスイルビ村清流を――同じ言葉が入っているからわかりにくいかな。 AとBと置き換えて、普通AとBっていったら繋がらないでしょ。 だけどBはホントはAなんだよ、って情報を与えたらもうA=Bでしょ。 外に見せている姿形が変わっていないから理解しにくいかもしけないけれど、ぼくがスイルビ村の清流で陽炎隊の清流だという情報を与えない限り、それを知らない人には別人に思える、というか情報が繋がらない訳。 リトちゃんが陽炎隊・清流の事をスイルビ村の清流なんだと周囲に情報を与えたら一気に繋がってばれちゃうのさ」


 リトは頷く。

 清流は続ける。


「だからぼくはさっき、リトちゃんにラムールさんの事務室に案内してもらっている時、わざとリトちゃんに対して見知らぬ女官の人と同じように思って接したんだけどな。 気づいてた?」


 そういえば、何かちょっと変だった感じはある。


「それはいつものリトちゃんと同じように接したら、リトちゃんの事だから意識しないで周囲に陽炎隊の清流がスイルビ村の清流だと暴露しちゃうと思ったんでね。 これで分かるよね?」


――分かった。 が、 清流の話の方がきっとくどいよ……


 リトはそう思ったが口には出さないことにした。   


「それじゃあ、最初に来た時は陽炎隊としてだったからみんなが騒いだのね。 でも2回目はスイルビ村の清流として来たから誰も気づかないって訳ね」

「そう。 リトちゃん、意外と分かってるじゃない」


 清流が微笑む。 リトも少し苦笑いする。


「でも、みんな、あんなに騒いだのに清流くんが肩書き?を変えたら全然気づかないのね」

「人間なんてそんなものだって。 ああ、あと、デイもよく使っているよ。 王子のデイと、ただの少年デイとしてね。 だからデイは結構気軽に城から抜け出して遊べているだろう?」

「あっ、うん。 それならもっと納得」


 リトは深く頷いた。


「だけどリトちゃんみたいに両方を知ってたら意味無い話だけどね」


 清流はなんとなく満足そうに言った。

 心なしか物を蒔く手つきも先ほどより楽しそうである。

 蒔くものはもうあまり残っていない。 リトはちょっとだけもっといらない手紙や書類やノートでも持ってきても良かったなと思った。


「ねぇ、そういえば、何の書類を受け取りに行ったの?」


 リトは、ふと気になって尋ねた。

 清流は素直に口を開く。


「来週から十日間ばかり、陽炎隊は活動を休止するからその申請書類を貰いにね。 本当なら来意が取りに行かなきゃいけないんだけど、来意は旅の準備で忙しくてね」  

「来意くんが旅?」

「うん。 来意はね、時々生まれ故郷に帰るんだよ。 それで、ぼく達は4人揃っていないと基本的に陽炎隊として活動しないって決めてるから。 本当は申請しないでも構わないんだけどね。 でも活動していない時にあてにされても困るから」

「陽炎隊をしない時は何をするの?」

「何、って……。 別に。 羽織は弓ちゃんと城下町に出かけるって言ってる位かな」


 リトはそこで気づいた。

 おそらく羽織も清流と同じように「肩書き」を変えるであろう。

 ならば羽織と弓が一緒に城下町を歩いても周囲は騒がない。

 つまりリトの取り越し苦労だった訳だ。


「あぁ、そっかぁ。 良かった」


 リトは思わず安堵のため息をついた。


「何が?」


 不思議そうに清流が尋ねる。


「ううん、こっちの話」


 リトは気が楽になって微笑む。

 蒔くドライフラワーの花びらも心なしか軽く地面に溶けていく。


「リトちゃん、何か羽織と弓ちゃんの事、心配してた? あの二人はどうも煮え切らないからさぁ」


 清流が言った。


「煮え切らない、って何それ」

「うん、弓ちゃんの周囲の環境は変わったんだし、もういい加減さっさと二人とも告白するなりなんなりして、しっかり形になったらいいと思うんだけどなぁ。 両方見ていたら歯がゆくて」

「あ、確かに。 二人ともつきあっているって訳じゃないんでしょ? あんなにラブラブなのに」


 リトも同意した。

 はたから見ても二人はお互いを大切に愛しく思っているのは明らかなのに、二人とも相手にそれを言葉で伝えないというか何か妙だというか。

 弓と羽織の間には同居人でも恋人でも兄妹でも友達でも家族でもない、何だか妙な空気が漂っているのだ。


「奥手なんだよね、二人とも。 自分の好きという気持ちを相手にはっきり伝えるのが怖いんだろうけどさ」

「うまくいかなくなったら、気まずいからかな?」

「まさか。 リトちゃん、考えすぎ。 というか、うまくいかないはずが無いんだよね。 ぼくも子供の頃から二人を見てきてるけど、正直、仲いいよ? というよりお互いに盲目状態。 誰も反対しないのに。 何してんだか、って」


 清流が思ったよりお節介なので意外だった。


「だから今度はどうにかして羽織がその気になるように頑張ってみたんだけどね。 多分無理」

「が…頑張るって、何を頑張ったの。 清流くん」


 リトはちょっと心配になった。

 清流はそんなリトを見て軽く笑う。


「そんなに深刻な”その気”じゃないよ。 わざわざ羽織と弓ちゃんを城下町で待ち合わせさせて、弓ちゃんの服をほんの少し羽織好みにチョイスしただけ」

「服をチョイス?」


 リトは声が裏返った。

 清流は腕を組んで頷きながら続けた。


「小さな花柄のスカートと、レースのカーディガン。 後は靴がなぁ。 ちょっとローヒール位の方がいいんだけど、いまいち良いのが無いんだよね。 リトちゃん、いい靴屋を知らない?」


 そのスカートとカーディガンといえば、先日弓が部屋で来ていた……


「って、服は清流くんが選んだの?」


 リトは尋ねた。


「うん。 弓ちゃんに選ばせるとどうしても地味ーなヤツしか着ないんだよね。 せっかく可愛いんだからそれをもっといかすような布とデザインを選んであげてるよ。 そうしないともったいないでしょ。 教育のかいあってか、少しはマシになってきたんだよ。 弓ちゃんの服も」


 そう言われてみれば、最初に会った時よりも、ほんの少し、弓はお洒落な服装になったかな、と思わなくもないが。


「白の館に行く時は、やっぱりまだ地味なんだよね。 リトちゃんの村に遊びに行く時と、今度の羽織とのデートで、やっと2回目だね。 弓ちゃんがぼくの言う事聞いて服を着るのは」


 どうして清流に相談するの、とリトは尋ねようとして気づいた。

 弓には、いままでそんな事を相談する「女友達」はいなかったのではないか。 いや、いなかったのだ。

 友達のデート。 弓に嫌がられない程度に協力しても罰はあたるまい。


「分かった。 清流くん。 おすすめの靴屋さん、紹介するから三人で一緒に選ばない?」

「本当? 助かるよ。 それじゃあ、今から平気?」

「クララさんの所の手伝いが終わってからね。 そこで弓も捕まるから。 平気」


 なぜか弓の意見は聞かず、二人は意見がまとまった。


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