4-5 後で教えてあげるよ
リトは白の館の中央の扉を開ける。 ここから階段を上って二階にいけばすぐラムールの部屋だ。
が、しかし。
扉を開けた時点で白の館の中の空気ががらりと一変した。 兵士も、女官も、白の館に出入りしている商人、武官、とにかく皆、清流に注目した。
「金髪の片眼……」
「彼が、巷で有名な……」
「陽炎隊の清流か……」
などの囁きがリトの耳まで届く。 しかし清流はまるで気にせず言った。
「行こう」
リトはちょっと緊張して前を歩く。
すると階段の上から女官達が駆け降りてくる。 先ほど窓から覗いた娘達だった。
「きゃああっ」
「初めまして」
「清流さんですよね?」
少女達はあっという間に清流を取り囲む。
そのうち一人の女官はリトを掴んで小声で囁く。
「ど、どうして清流さんがここにいるの??」
するとリトが返事をする前に清流が柔らかい口調で答えた。
「ラムール様の事務室に用があってね。 場所が分からないからそこの女官さんに案内してもらっているところだよ」
――へ??
リトは驚いて振り向いて清流の顔を見る。
清流は女官達に向かって微笑んでいる。
「そうなんですか? 大変ですね!」
「まぁ! ラムール様の事務室なら2階ですぅ」
と、女官達は大興奮。
「きゃあー♪ 清流さん、お声が綺麗〜!」
なんて声まで聞こえる。
女官達は勢いを増して
「あの、いつも応援しています!」
「握手していただけますか?」
等と清流に詰め寄る。
――せ、清流、お願いだから冷たくしないでね……
と、リトが心配したが、清流はというと
「ありがとう」
と、にこやかに笑顔で返し、握手までしている。
――せ、清流? あなた清流よね?
リトの混乱をよそに、ついには清流は女官が持ってきた花束まで受け取る。
「ありがとう。 とてもいい香りだね。 まるであなたのようだ」
そんな言葉でも言った日には、女官達はノックアウトである。
しかも清流が花束を受け取ったものだからさぁ大変。 自分も何かアピールを!と娘達は色めき立つ。
「お手紙、読んでもらえますか? これからも頑張って下さい!」
なんて女官も現れる。
だが清流は、そんなみんなに全て、笑顔を振りまき紳士的に応対する。
リトなんか驚いて開いた口が閉まらない、ってな感じである。
そこそこ女官達にサービスしたあと、清流が言った。
「ごめんね。 もうそろそろ行かないと。 それで、ラムール様の事務室は誰が案内してくれるのかな?」
女官達が顔を見あわせてからリトを見る。
「さっき案内していたあの子が元髪結い係ですから……」
リトは軽く手を上げる。
「こっちです」
そう言って歩き出す。 女官達が手を振り、にこやかに微笑んで手を振りながら清流が後を追う。
二人はラムールの事務室へ通じる廊下を進む。
事務室の扉をノックするが、返事がない。 リトは扉を開ける。
事務室は空だ。
ラムールは、まだ居室なのだろうか?
二人は事務室の中に入り、清流はさっさとソファーに腰を下ろす。
「ラムール様、呼んでこようか?」
リトは尋ねた。
「いや、いいよ。 リトちゃん。 ラムールさんとは午後一番で約束してるから。 それよりさ、これ、捨てる場所は無い?」
清流がそう言って指さしたのは、なんと、さきほど貰った花束や手紙の数々だった。
「へっ?」
リトは驚いて思わず変な声になる。
「花束は……なんなら、持っていってリトちゃんたちの部屋にでも飾ったらいい」
「ち、ちょっ、ちょっと待って。 捨てちゃうの? 花も、手紙も、読まないで?」
「だっていらないから」
「いらないのにどうして貰ったの?」
「えー? 無視したり、その場で手紙も破り捨てても良かったんだけど。 それじゃあマズいかなって思って我慢しただけさ」
清流はあっさりと答える。
リトは口をぱくぱくと動かす。
「だ、だって」
「喜んでいるように見えた?」
清流が代わりに言い、リトは頷いた。
「社交術、だよ。 人間ってのは単純にあんなに喜ぶんだから、悲しい生き物だね」
清流は天井を見上げる。
「人間から何を貰ったって嬉しくもなんともない」
そう、ぽつりと言う。
リトが言葉を探して突っ立っていると、清流は思い出したようにリトの顔を見て言った。
「あ、でも、陽炎の館にいるみんなや佐太郎さん、おまけにリトちゃんは別。 そこは勘違いしないで。 ぼくが嫌なのは<自警隊・陽炎隊メンバー 清流>としてぼくを見る人達に対してだから」
「私は、おまけなの?」
「うん。 弓ちゃんの友達だからね。 でも、ぼくの気持ち、リトちゃんなら分かると思うよ。 リトちゃんだって一人の人間として貰うプレゼントは嬉しいけど、ラムールさん付けの髪結い係だからといって貰うプレゼントじゃ嬉しくないでしょ」
――それー、は。 あるかもしれない。
リトはあえて口に出さなかったが、清流は分かったようだった。
「だからぼくは貰った贈り物はいらないし、捨てたい。 それだけ」
――それなら……
「じゃあ、荷物はこの事務室に置いたままにして。 私、午後の学びが終わってから取りに来る」
「本当? 助かるよ。 ありがとう」
「でもあんまり貰わないでよ。 今後は」
「うん。 わかったよ」
リトはため息をつく。
「……まっ、いっか。 神の樹にあげるものが無かったし……」
「神の樹?」
リトの呟きに清流が鋭く反応する。
「神の樹が、近くにあるの?」
「えっ? うん。 ちょっとね、知り合いが育ててる」
すると清流はがぜん興味を持ったようだった。
「ぼくも行くよ。 一度陽炎の館に帰ってからもう一度来る。 どこで待っていればいい?」
「あ、無理よ。 だってこの敷地内だもん。 また女官に捕まるでしょ」
リトは慌てて言う。 女官達から貰ったものを、女官達の前で捨てに行けないではないか。
ところが清流はいたずらっぽく笑った。
「平気平気。 それじゃあ、さっきリトちゃんが寝転がっていた所で待ってるよ。 それを見てから連れていくかどうか、決めたら?」
「えっ? なんかすごく無理そう」
「あはは。 平気だって。 リトちゃんが「清流」と「陽炎隊」のキーワードを言わなければね」
清流が指を二本立てた。
「どういうこと?」
リトは尋ねた。
「それは後で教えてあげるよ」
清流は足を組んで嬉しそうに窓の外に目を向けた。