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4-4 謝ること、

「謝ること?」


 ラムールはちょっと不思議そうにリトを見た。

 全く心当たりが無い、という顔である。


「あの、実は、巳白さんが白の館に来て、ラムール様と食堂に行かれている間のことなんですけど、私、拘束具に手を通してしまって……」

「え?! お見せなさい!」


 ラムールは弾かれたように勢いよくリトに近づくと、リトの両手をつかむ。

 真剣な眼差しでリトの腕を見る。

 しかし、そこには当然、何の後もない。


「あ、いえ、もう、傷は全然無くて」


 リトは慌てて腕を引く。


「しかしあれは35型タイプですから翼族でなくても手を通せば一気に締め付けるはずです」

「あの、佐太郎さんが、外してくれたんです」


 リトは言う。


「佐太郎が?」


 ラムールが呟いて、やっと握っていたリトの手を離す。


「丁度、手を通した時にお見えになって、すぐ外してくれました。 それで、その日は持ち帰って修理してくれて、この前、白の館に持ってきてくれました」

「それで?」

「それで、ラムール様の机の引き出しの一番下に入れたんですけど……すみません。 黙っていて」


 リトは頭を下げた。

 反省文かと思った。

 しかし。


「全然、気づきませんでした……」


 ラムールはそう呟いた。


「ごめんね。 リト。 痛かったでしょう?」


 そう言ってラムールはそっと、リトを抱き寄せた。

 そしてリトの頭を、子をあやすように、撫でた。

 ラムールはとても優しく、いい匂いで。

 なんだか、落ち着く。

 リトは変な気持ちがした。

 男の人に、抱き寄せられたというのに、まるで女官長や母親になぐさめてもらっているような――


「!」


 先に、我に返ったのはラムールだった。

 慌ててリトを体から離す。


「申し訳ない。 リト。 軽率でした」


 そう言って一歩離れる。


「あ、いえ。 平気です」


 リトは首を横に振って返事をする。

 ラムールの顔を見て、なぜだかリトは、まだラムールの心が自分に近いところにあると思った。

 言うのは、今だ。


「――どうして、ラムール様は、お兄さんやお姉さんである新世さんと一夢さんのお墓の場所を、みんなに教えてあげないんですか?」


 ラムールの体が、強張った。


「ラムール様のことです。 何か、訳があるんですよね?」


 ラムールは視線を逸らした。


「ごめんね。 リト。 その話は、したくないのですよ」


 ゆっくりと、一言づつかみしめるようにラムールは言った。 その声は気のせいか、少し震えているようにも思えた。


「ね?」


 ラムールは視線を戻して、少し首をかしげてお願いするような口調で言った。


「……でも、じゃあ、これだけは、言わせて下さい。 佐太郎さんは、きっとラムール様が歩み寄ればすぐに許してくれると思います。 拘束具を返しに来た時、ラムール様のこと、気にしてました。 拘束具だって直してくれたし、きっとまたすぐ……何のかは分からないけど……力になってくれると思います」


 ラムールは黙っていた。


「佐太郎さんは 今はきっとラムール様の事を誤解していると思います。 それに、一夢さんたちがどうして亡くなったのか調べるには方法はあるって、言ってました。 だからラムール様が言わなくても、きっとそのうち、知ってしまうと思います」


 ラムールは目を閉じた。 そしてゆっくり息を吐きながら言った。


「ええ……方法は、ありますからね……」


 落ち着いているラムールを見て、リトはどんどん不安になった。


「それに、事と次第によっては、弓達の保護者になる覚悟もある、って言ってました。 そのくらい、佐太郎さんは本気です」

「佐太郎が、保護者に?」


 矢継ぎ早に告げるリトの言葉を聞いて、ラムールが目を開ける。 


「はい。 だから二人が取り返しのつかないところまで揉めないためにも……」


 途中でリトは言葉を失った。

 ラムールが、うつむいて微笑んだのだ。

 それは、「安堵」という表現がぴったりの微笑みだった。

 ラムールは、保護責任者でいるのが嫌なのだろうか?


「ありがとう。 リト」


 ラムールは顔を起こしてリトを見た。

 まるで小雨がやんだ後の、雲間から漏れる光のように、すっきりとした笑顔だった。


「大丈夫だから。 心配はしないでください」


 そう諭すラムールの微笑みに嘘は見えなかった。

 リトは黙って頷いた。


「それじゃあとりあえず、私の睡眠の代わり、お願いしますね。 もう授業が始まるでしょう? 行かないと遅刻ですよ」


 リトはラムールの言葉に従って、部屋を後にした。






「リト? どうかしたの?」


 弓がお弁当の卵焼きを箸でつまんだまま言った。


「へっ?」


 リトは驚いて我に返る。


「さっきからお箸が全然動いていないよ?」


 弓が心配そうに見る。

 リトと弓は中庭でお昼を食べていた。

 当然、弓の作ったお弁当である。


「んー、ごめん。 ちょっと食欲、ない」


 リトはそう言って箸を置いた。


「具合が悪いの?」

「ううん。 ちょっと、自己嫌悪」


 リトはそう言って空を見上げた。

 今日は晴れているが薄い雲で覆われている。 だから、ちっとも嬉しくない。


「……何か、力になれることがあったら、言ってね」


 弓は優しく言った。

 リトは頷く。

 自己嫌悪。

 まさに自己嫌悪だった。

 どうしてラムールに佐太郎との話までしたのだろう。

 それで上手くいくとでも?

 言うな、と佐太郎には言われたではないか。

 リトが言った事が逆に二人の仲を悪くしたりしないのか?

 ラムールは、佐太郎が保護者になるかも、と知った時に、きっと、喜んでいた。

 喜んでいる、ということは、保護者でありたくない、って事だろうか。

 いや、それよりもやっぱり、なぜ自分は不必要な事まで話したのだろう。

 自己嫌悪。

 後悔先に立たずの典型だった。

 しばらくすると、弓がお弁当箱を閉めた。


「私は一回、部屋に戻るけど、リトはもう少しここでゆっくりする?」


 リトは頷く。

 弓はそっとその場を離れて、リトを一人にする。


「はあー」


 リトは息を吐いて、裏庭の芝生にごろんと寝そべる。

 空はあいかわらず薄曇り。

 遠くで鳥がさえずっている。

 チュン、チュ、チュン……

 何を話しているのだろう。 鳥は。


「リトちゃん」


 そのとき、いきなり人影がリトの側にやってきた。

 この声は……


「清……」


 リトは起きあがる。

 清流だった。


「リトちゃん。 何してるの?」


 清流はリトの顔を覗き込む。


「何って……清流くんこそ」


 リトはいるはずがの無い清流がそこにいるのと、それがあまりにも突然だったので現実感が沸かず、変な感じだった。


「うん。 ぼくはラムールさんの事務室に」


 清流は答える。

 清流がラムール様のところに?

 これまた繋がらない返事だったのでリトは言葉を失う。

 清流はそんなリトを見てくすりと笑う。


「陽炎隊で提出する書類の受け取りにだよ。 じゃんけんで負けたんだ」

「そ、そうなんだ」


 リトは少しだけ納得がいって頷く。

 すると清流は微笑みながら言う。


「それでさ、よく考えたら、ぼくね、あんまり白の館に詳しくないんだ。 だからもしよかったら、リトちゃん、事務室まで案内してもらえる?」


 清流の髪の毛が周囲の明かりを取り込んできらきらと淡く光る。

 今日は薄曇りだからまるで雲間から差す太陽の光のように思えた。

 そして微笑みを浮かべた清流の顔半分はまるで天使のようで。

 そして、反対側の顔にはざっくりと縦一本の大きな傷があって。

 まるで片方の顔だけ仮面をかぶっているようにも見えた。


「リトちゃん?」

「あっ、うん。 いいよ」


 ほんの少しの間、リトは清流にみとれていたのに気づかれないように、慌てて返事をして立ち上がった。


「こっち」


 そう言ってリトは歩き出す。

 清流は後に付いてくる。

 そのとき、頭上の白の館の窓から、きゃあ、という少女達の黄色い声が聞こえた。


――あ、気づかれた。


 リトはツバを飲み込んだ。



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