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4-3   眠り玉

――あー、もう、私、何を言ってるんだろうなぁ〜


 リトはソファーに倒れ込んだまま頭をかかえた。

 なにが、「何か、お手伝いできる事ありませんか?」だ。 居室まで押しかけて何を手伝うというのだ。 

 それでは自分は何を言いたかったのかと問いかける。

 確か、弓がラムールの勲章授与について「おめでとう」もお祝いもしない、というのを聞いて、何故かとてもラムールが可哀想に思えたのだ。

 しかも、しなくていい、と新世さんが言っていた、とのこと。

 それって。

 例えば自分が運動会で一等になったのに、お父さんもお母さんもみんな、無関心、みたいなことで。

 なんだか寂しいではないか。

 だから「おめでとうございます」って言いたかったのだ。

 それがどうしてさっきの台詞になるのか。

 リトは体を起こす。

 ラムールが入っている部屋の扉は閉まったままだ。

 多少着替えに時間がかかっている気がするが、それはリトに考える時間をくれているのかも、と思った。

 リトは立ち上がり、服と髪の毛を整える。

 ラムールが扉から出てきてリトを見たら、ソファーに寝転がっている、となったらまた驚くだろう。

 リトは、ふと、それまで死角になっていたソファーの影に何かが落ちているのに気づいた。

 小さな手帳が2冊、重なっている。

 拾おうとして、一冊の端をつまむと、一瞬、下に重なった本もついてきて、落ちた。

 一瞬、何か変な感じがした。

 もう一冊も拾う。 

 手帳だから、開けてみるのは失礼だ。

 リトはその2冊を重ねてテーブルの上に置く。

 リトは今度はきちんとソファーに座る。

 すると丁度、洗面室の扉が開いてラムールが出てきた。


「お待たせしました」


 ラムールはそう言って、リトの対面にあるソファーに腰をおろす。


「さて、何を話したかったのですか?」


 そしてそう切り出す。

 リトは一瞬、躊躇してそれから口を開いた。


「あの、まず、勲章授与、おめでとうございました」


 そして頭をぺこりと下げる。


「ありがとう」


 ラムールは穏やかに応える。

 リトはラムールをじっと見る。 


「あの……嬉しい、ですか?」


 そしてそう尋ねる。

 ラムールはちょっと考えて、穏やかに応える。


「光栄、とは思いますよ」

「えーっと、あの、そのせいで、最近は留守にされる事が多かったのですか?」


 ラムールはまたちょっと考えた。


「そればかりやっていた訳でもなくて……ね。 まだちょっと留守にする事も多いかと思います」

「あの、それじゃ、何か、お手伝いできる事はありませんか?」


 リトはすかさず言った。

 これでさっきの台詞と通じる。


「事務室のお掃除……っていっても、書類ばかりで分別できない……ですよね。 えっと……伝言……とか、何か……お手伝いを」


 ラムールは軽く頷いて尋ねる。


「どうして?」  


 リトは自分の指先を見つめる。


「ラムール様……大変だろうなぁ……って思って……何だか……」


 ラムールは黙っていた。


「いえあの、私にお手伝いできる事なんて、殆ど無いのは分かっているんですけど、その……」

 ラムールに黙られてリトは慌てる。


「かなり役にたつ事をお願いしてもいいですか?」


 突然、ラムールが切り出した。

 リトはラムールを真っ直ぐ見る。

 ラムールの瞳は穏やかだ。

 リトは頷いた。


「何をすればいいですか?」


 それを聞くとラムールは立ち上がり、壁際にある棚に向かい、小さな小瓶を取り出した。

 小瓶の中には小豆くらいの小さな粒が沢山入っている。

 ラムールはその中身を眺めながらもどってくる。

 中の小さな粒はキャンディーのように見えた。 色は濃い青のような、黒のような。

 ラムールは小瓶を握りしめてソファーに座る。


「私の代わりに、眠ってほしいのですが」

「眠る?」

「そう。 ……といっても、あなたは普通に就寝してくれるだけで構いません。 その時に私の眠りも一緒に連れていってくれさえすれば」


 眠りを一緒につれていく?

 正直、訳が分からない。

 そんなリトを見ながら、ラムールは握りしめた小瓶をリトに見せた。


「ほら、この中にあるキャンディーの中に封じ込められているのは、本来、私が取らなければならない睡眠なのです」


 小瓶の中の粒はつやつやと光っている。


「ちょっと多忙で眠る暇が無い時はこうやってキャンディーに睡眠を預けるのですが、最近ちょっと預けすぎまして。 ここらできちんと眠らないとこのキャンディーに預けられる睡眠時間の容量がオーパーしてしまうのですよ。 ですからあなたが眠る時にこのキャンディーを食べてくれれば、あなたの睡眠と一緒に私の睡眠も消化される、という訳です」


 リトはラムールの顔を見た。

 この人は、眠っていないのだろうか。


「このキャンディーを食べたからと言って私の疲れなどがあなたに移るということはありません。 ただ深く深く眠るだけです。 ……とはいえ、やはり他人の睡眠ですからね。 普通は嫌でしょう」


 ラムールはあまり期待していない口調だった。

 いや、断るのを勧めているようなく感じすらした。


「あの、構いません。 眠る時に飲めばいいだけですよね?」


 リトははっきりとした口調で言った。

 ほんの少し、ラムールが驚いた。


「ええと……本当にいいのですか?」


 リトは頷く。


「そうして頂けると私もまた睡眠のストックができるので助かるのですが……」


 リトはしまった、と思った。

 これで睡眠を代わりにリトが消化しても、ラムールは休む気はさらさらないのだ。 もしかして、手伝わず、ストックが出来ない状況まで追い込んでラムールが寝ることを拒否できないようになるのが一番、ラムールにとってはいいことのように思えた。

 が、しかし。


「しかし私も今回ばかりは切羽詰まっていますので、遠慮せずにお言葉に甘えてお願いします」


 ラムールに頭を下げられ、リトは撤回することができなくなった。 

 ラムールは小瓶の蓋を開ける。


「かなり一気にくると思いますので、翌日の準備を完全に終わらせ、ベットの中で飲んで下さい。 決してそれまでは口に入れないで下さいね。 そこだけ守って頂ければ平気です」


 小瓶を傾け一粒、取り出す。


「助かります。 ありがとう」


 そう言ってラムールは微笑み、リトの手のひらに黒い粒を一粒、渡した。


――あ、わかった。 


 その時、リトはラムールの笑顔を見て思った。

 リトは、ラムールに喜んでほしかったのだ。


「あの、これって、もう少し貰って、何日かに分けて飲んでもいいですか?」


 リトは少しでも多くラムールに喜んでほしかったのか、そう告げた。


「それは……助かりますが、よろしいのですか?」

「一回、飲んでから考えます」


 リトがはっきり言うと、ラムールは微笑みながら頷いた。


「それでは、事務室の棚の中に置いておきます。 もし、まだ飲んでも良いと思った時は自由にそこから取っていって下さいね。 それと、副作用などはありませんが、もし万が一、変だと思った時は飲まないように」


 リトも頷いた。

 ラムールは小瓶の蓋を閉め、元の置いてあった棚へと向かう。


「実は、巳白にも一粒、あげました」


 ラムールは棚に小瓶を置く。


「飲むのが不安な時は飲まないで下さいね。 使うとどんな感じかを尋ねてから飲んでも、飲まなくても、私は構いません」

「この前、巳白さんが白の館に来た時にあげたんですか?」

「ええ。 どうせ体を治すためにも爆睡するしかないんだからって、結構大きな粒を貰ってくれましたよ」


 なんとなく穏やかなラムールを見て、リトはあの事を話したくなった。


「ラ、ラムール様。 実は、謝らなければいけないことがあります」


 リトは思い切って口を開いた。


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