4-2 勲章授与、だが
その後白の館に帰ると、2階の通路には女官や兵士が集まってごったがえしていた。
みな、本館に通じる通路を挟んで並んで誰かが来るのを待っているようだった。
女官長や軍隊長、そして他の教官も並んでいる。
リトはその集団の中にマーヴェ達の姿を見つけたので駆け寄る。
「どうしたの? これ」
リトはマーヴェの服を掴んでこちらを向かせる。
「まぁ! リト! あなた、遅くてよ。 ラムール様が国連軍から、 ま た 、勲章を授与されましたのよ。 今、本館の宮殿で授与式が行われて、いまからこちらにお戻りになられるのよ!」
マーヴェが興奮して説明する。
「はあ……でもなんで国連軍なの?」
「あなた、そんな事も御存知でなくて? 最近、一匹の魔獣が各国の村を襲ったりしていましたのよ。 それでその魔獣を退治なされたのよ! その功労ですわよ! あ、いらした!」
マーヴェはめざとくラムールの気配に気付くとリトを放置して歩いてくるラムールに手を振った。
ラムールは本館の方からゆっくり歩いてくる。 長袖の礼服。 そして胸につけられた勲章が輝く。
「ラムール様! おめでとうございます!」
通路を埋め尽くしたみんながラムールに声をかける。 ラムールは少し微笑みを浮かべながら歩いてくる。 歓声に包まれ、とても――華やかだ。
「ラムール! 流石だな!」
ボルゾン軍隊長が一歩前に歩み出て、ラムールに手を伸ばす。
「ありがとう、ボルゾン」
ラムールはそう言ってボルゾンと堅い握手をする。
――あれ?
その時リトは、なんとなくラムールの様子がおかしいような気がした。
どこが、という訳ではないが。
緊張しているような。
「あなたは我が国の誇りです」
教授達も次々に握手をしてラムールを褒め称える。
――ううん、気のせいか。 ラムール様、ニコニコと誇らしげに微笑んでいる。
リトはその集団から離れると、自分の部屋に行った。 部屋には弓が椅子に座って詩集を読んでいた。
「あら、おはよう。 リト」
詩集から目を離して弓が微笑む。 リトは自分の机に荷物を置きながら言った。
「おはよう。 弓。 今、ラムール様が何か勲章を頂いたとかで2階はお祭り騒ぎだったよ。 見に行かないの?」
「うん。 見に行かないよ?」
「あ、そうなんだ」
まるで見知らぬ人の話のように弓が言うのでリトはちょっと驚く。
「……お祝いとか、しないの?」
少し遠慮気味に尋ねてみる。
「んー、無いなぁ。 というかね、しないでいい、って新世さん達が言ってたから」
――しないでいい、か。 新世さん達は同じ館で育った兄弟同然なのに、それは冷たくないだろうか。 もしかして、仲が悪かったのだろうか
そんなリトの考えを読んだかのように弓が付け加える。
「表彰や勲章を貰うのは頻繁にあるから、一つ一つお祝いしていたら、もたないって」
「そ、そうなんだ……」
しかし、だからと言ってお祝いの言葉一つないのは、やはり冷たいのではないだろうか。
「私、先に教室に行くね」
リトはそう言って部屋を出て、ラムールの事務室に向かった。
ラムールの事務室の扉を開けると、そこには誰もおらず、綺麗に整頓された部屋だけだった。
「居室の方か……」
リトは事務室の中を見回して呟く。
ふと窓際の方をみると、再び床に葉書が落ちている。
間違いない。 先日、鳥が運んできた葉書と同じ模様だった。
リトは近づいてそっと拾う。
葉書には
親愛なるラムール様
勲章授与、誠におめでとう御座います。
そのような方を我が国にお迎え出来ます事、
光栄でございます。
と、書かれてある。
リトは一瞬、背筋がぞくっとした。
そして葉書を床の落ちていた場所にそのまま置く。
リトは事務室を出てラムールの居室に通じる階段を駆け上る。
なんだか。
なんだか、ラムールに「おめでとう」を言わないと、もう言えないような気がしたのだ。
階段を上まで登り、リトは目の前の扉をノックする。
返事がない。
リトはもう一度ノックをする。
返事がない。
不在なのだろうか。
なぜだろう、ラムールがいなくなるような気がする。
「ラムール様っ!」
リトは思わず扉を開けた。
部屋は、しいんと静まりかえっている。
「ラムール……様……」
リトは呟きながら、部屋の中に入る。
きれいに整頓された部屋。
主のいない。
そのとき、部屋の奥の扉が開いた。
そこから顔を見せたのはラムールだった。
「リト!」
ラムールはそう言って歩いてくる。 しかしどこか表情が硬い。
ラムールは少し離れたところで立ち止まる。
「ラムール様……。 お返事が無いから、心配しました」
リトがそう言うとラムールは少し言いにくそうに告げた。
「ごめんね。 ちょっと、着替えや、御手洗い中で……」
リトはそれを聞いて赤面する。
言われてみればラムールの服は礼服ではなく、紺色の長袖のダボダボのシャツに、妙に大きいズボンだった。
「とりあえず近くにある物を着たので、見られた服装ではないですけれどね。 格好悪いのであまり見ないで下さい」
ラムールはそう言って笑う。 確かにラムールにしては猫背になったりして、変だ。
「それで、何のご用ですか? リト」
ラムールが問う。
「あ、あの、……勲章授与、おめでとうございます……」
リトは途中から消え入りそうな声でお祝いを述べた。
たかがお祝いを一言言うだけなのに、ここまでして押しかけなくてもよかったのではないか、そんな思いがかけめぐったからである。
思わずリトは目を伏せる。
「ありがとう」
しかしラムールは気持ちよく返事をしてくれた。
リトが顔を上げると、確かにラムールは微笑んでくれていた。
それはとても優しく、そしてとても距離を感じる笑顔だった。
嬉しくはあるけれど、喜んではいない笑顔。
そんな矛盾した笑顔。
「あのっ!」
そして、なぜだろう。
「何か、お手伝いできる事ありませんか?」
リトは思わずこう言った。
「はっ?」
ラムールは驚いて、目を丸くした。
「よ、よくは分かりませんが、話をききましょうか」
ラムールは軽く混乱しながらそう言った。
「えっと、あの、私、なぜか、その、何言ってるんでしょう、ってあの」
リトもなぜ自分がそんな事を言ったのか分からず口ごもる。
ラムールはちょっと安心したように息を吐くと言った。
「私は一度洗面室で着替えてきますから、その間に考えをまとめなさい」
それは命令のようでも提案のようでもあった。
リトは頷く。
ラムールも頷くと、後ずさりのような歩き方をして、先ほど出てきた扉の中へ入っていく。
扉が閉められ、かちゃりと鍵のかかる音がした。
リトは「うー」と息を吐いて、側のソファーに倒れ込んだ。
洗面室に入り扉に鍵を閉めると、ラムールも「ふうー」と息を吐きながら床に座り込んだ。
そして洗面室の隅に視線をおくる。
そこには長いさらしが無造作に放置されていた。
ラムールは立ち上がると上着のシャツのボタンをを外して服を脱ぐ。
シャツの下からは白く豊かに膨らんだ胸が現れる。
「ばれた……訳ではなさそうですが……」
そんな事を呟きながら床のさらしを拾いあげ、胸に巻き付け始める。
佐太郎から作ってもらった人工皮膚の残りはわずかだった。
少しでも自分で同じ物を作れるようになるまで節約しないといけない。
ラムールはどうにか「男のラムール」と同じ体格に見えるまで、服を何枚も重ねて厚着をした。