3-21 プリンの木の実
「あ、はぁい。 来意。 待って。 今開けるわ」
弓は返事をすると扉の所に歩いていき鍵を開ける。
扉の向こう側には来意が待っていた。 来意は扉が開くと、部屋の中を覗き込んで、リトを見つける。
「やっぱり。 リトも来てたね。 ちょうど良かった。 弓。 羽織が取ってきたよ。 アシカガ森のプリンの木の実」
「ホント? 嬉しい♪」
来意の言葉を聞いて弓が手を合わせて小さくピョンと跳ねる。
「本当。 下のリビングで待っているから」
来意が喜ぶ弓の姿を見て小さく笑う。
「リト。 聞いた? 一緒にプリンの木の実、食べよう? 先に下に降りていて」
弓はリトに向かって言った。
リトは立ち上がって扉の方へ行く。
「弓は?」
弓は部屋の隅に行ってチェストの中を探っている。
「うん。 すぐ行くから」
「そうだね。 リト。 先に降りておいて。 すぐ訳が分かるから」
来意も頷き、リトの為に体を反らして道をあける。
「わかった」
リトは遠慮せずに、先に一階のリビングに行く事にした。
リトが部屋を出てすぐ、来意がリトが階段を下ったのを確認してから、弓の部屋に入る。
そして弓に近づく。
弓は来意と視線をあわせないようにしながら、チェストを閉じ、取り出した小ダオルをぎゅっと胸に抱きしめた。
来意は弓のすぐ隣まで来ると、言った。
「……危ないところ、だったろう?」
弓は何も言わない。
来意は弓の返事を待たず、ふぅ、っと息を吐いて言った。
「気をつけて。 リトに心を許しすぎないで。 分かった?」
弓は何も言わない。 ただ、胸に抱いたタオルをぎゅっと強く掴んだ。
「分かった?」
来意は少し厳しい口調になって、再度、言った。
「……うん」
弓は、小さく頷いた。
「うわっ。 羽織くん、真っ黒」
リトは階段を駆け下りて、羽織を見るなりそう言った。
リビングのテーブルの前に立った羽織は頭から炭をかぶったように真っ黒で服も肩あたりまでススで真っ黒だった。
「あ、リトちゃん。 来てたんだ」
羽織がリトを見て言う。 羽織が動く度に粉が舞う。
うげ、っと思ってリトは一歩引く。
「あはは。 リトちゃんが驚いてる」
それを見て椅子に座った清流が笑った。
「驚いて当然だぜ。 ほーら、これがアシカガ森名物、プリンの実だぜー。 義軍」
世尊が義軍をだっこしてテーブルの上を指さす。
義軍もしっかりと世尊につがみついたまま、テーブルの上を見る。
そこには握り拳二つ分位の黒い固まりが5つ、転がっている。
当然、置いてあるテーブルもその固まりや羽織についたススのようなものが沢山ついている。
一見、ただの炭の固まりにしか見えないのだが……
「羽織さまっ、おかえりなさい」
すると声を弾ませて弓が階段を降りてくる。 すぐ後ろから来意も笑顔で。
「弓! ただいま。 お土産持ってきたよ」
すると羽織が嬉しそうに応える。
弓は羽織に駆け寄るや、持ってきた小タオルで真っ黒になった羽織の顔を拭く。
弓のタオルが羽織のススを落としていく。
「真っ黒」
弓はそう言ってクスクス笑う。
「ちょっと頑張った」
羽織もそう言って笑う。
相変わらず仲のよろしいことである。
「それじゃ、食べようか」
すると清流が立ち上がりテーブルの上のプリンの木の実を一つ取った。
「弓の分は3つだね? それじゃあ残り二つはぼく達の物ってことで」
「いやね。 清流。 なんだかそれじゃ、私が欲張りみたい。 みんなで食べましょ?」
弓がちょっと怒る。
その後、結局、リトと弓が一つずつ、他のみんなが4分の1ずつプリンの木の実を食べる事で話がついた。 プリンの木の実は二つに割ると中は白いジューシーな果肉が沢山つまっており、味はライチをもっと洗練したような、かなり美味しい果物だった。
スプーンですくって食べるのだが、かなり後を引く味で、リトは正直、一個では足りないと思った。
弓もちょっとだけ、物足りなさそうな顔をしていた。
「プリンの実は美味いんだけど、取る時に木が吐く墨で真っ黒に汚れるからね。 ちょっと取りに行くのは嫌なんだよね」
来意が最後の一口を口に入れながら言う。 世尊も頷きながら義軍に自分の分を分けて食べさせる。
「取ってきてもらって何だけど、羽織は今日の風呂は最後だぜ。 それまであんまり動くなよ。 後で掃除するのが面倒だぜ」
「お前に取ってきた訳じゃないぞ、世尊。 文句あるなら喰うなよ」
羽織が少し怒る。
「でも、おいしかったぁー。 ありがとう、はおりおにいちゃん」
義軍がきちんと手を合わせてごちそうさまをする。
「どうしたら、また、プリンのみ、たべられる?」
義軍の素直な質問に、みんなが一斉に羽織と弓を交互に見た。
リトも、弓には悪いが、またアクシデントが起きてくれないかと、ほんの少し真面目に思った。
その日、巳白は部屋で寝ているとかで、一度もリビングに降りてくることは無かった。
それから数日間、いつもと変わらない日常が続いた。
朝起きて、オクナル家に行ってお手伝いをし、白の館で勉強をし、勉強が終わったらクララの店の手伝い、白の館に帰宅。 あとはみんなで夜にお茶会をしたり、弓の部屋に遊びに行ったり、弓がリトの部屋に遊びに来たり。
リトはその頃、ほとんど【 翼族の歴史 】も【 翼族の生態 】も読まなくなっていた。 だいたいのあらましは分かったし、研究するつもりもないし。
ただし、デイとはなかなか会えないので本を返すことはできていなかった。 その2冊の本が返せないということは、当然「世界甘味百科」もラムールに返せていない。
ラムールといえば、いったいいつまで不在なのか、全く姿を見ない。 たまに事務室に寄ってみるのだが、書類が山積みされている時もあれば、すっきり片づいている日もある。 どうやら短時間だけ帰ってきて仕事をしては、またどこかに出かけているようだった。
そんな中、ちょっとした変化が起こった。