3-20 気にしないし、平気
「リト。 ごめんね。 教えないとか、そんなつもりじゃなかったの。 あの時、リトは知らないんだなって思ったけど、あえて教えるほどの事でもないし、知らないなら知らないでいてくれた方が私としては嬉しいかな、というか……」
弓は必死に弁解した。
その態度から、別に弓に悪意が無かった事は分かる。
弓はちょっと黙って、それからぽつりと言った。
「……清流も知らないの。 そんな方法で翼族が試されているなんて」
「え?」
リトはびっくりした。
確かに、あの時、清流はおにぎりを食べなかった。
弓は続ける。
「他のみんなは知ってるの。 この国でも知っている人は多いはずよ。 新世さんも小さい頃から何かある度におにぎりとか大勢の前で食べていたって」
「え?」
リトはぎょっとした。 弓は窓の外を見る。
「天災が起こった時、誰かが怪我をしたとき、農作物が不作だったとき、誰かが行方不明になったとき。 とにかく何か異常が起こったら、真っ先に翼族の血を引く人は疑われるの。 ハーフだってそうよ。 ある種、迫害……ね」
リトは何と言ってよいか分からなかった。 だが……
「それって、おかしいんじゃない?」
とだけ、言えた。
弓はリトの方を向き直り、頷く。
「うん。 おかしい、と思う。 でもみんな言ってたわ。 仕方ないんですって。 他に安心する方法がないから。 翼族の人はそれでみんなが安心するのなら、って感じで怒ったりしないで協力するの。 私たちにできるのは、一緒にそのおにぎりを食べて、おにぎりに何もしかけが無い事、そしてそれだけ私たちと深い絆で結ばれている事を他の人に示してあげること、それだけしかないの」
弓の瞳もとても悲しげだった。 しかし、小さく思い出し笑いをする。
「一夢さんは納得しないで暴れたらしいけどね」
そして目をふせる。
「その位、私たちも強ければいいんだけどなぁ……」
リトには「一夢さん」がどんな暴れ方をしたのかは分からなかった。 でも、なんとなく、とても懐の深い、愛に溢れた人なのだろうと感じた。
「弓……。 何だか、私、悪いこと聞いちゃった?」
切なそうな弓を見て、リトはなんだか悪い事をしたような気持ちになった。
弓は黙って首を振る。
リトは黙って俯いた。
窓の外で風が吹き、窓枠がカタカタと小さく揺れた。
「あの、さ、弓」
リトが口を開く。 ちょっと驚いた感じで弓がリトを見る。
「あの、こんな事、言うのは、間違ってるような気もするんだけど、その、一緒におにぎりを食べたりするのには、その翼族の人が安全だ、って知らせるのと同時に、近くにいる人、つまり私たちも、翼族に悪い影響は受けていません、安全です、って……知らしめる意味もあるよね……?」
弓の顔色が青くなる。 リトは続ける。
「つまり、私たちも、ある意味、危険な人物の対象になっているってことだよ……ね?」
言い終わったリトの心臓がはなり早く脈打つ。
弓が慌てて口を開く。
「リト! だ、だって、巳白はハーフだもの。 危険なんかじゃないもの。 だから誰もリトが危険だなんて……」
その慌てぶりが、真実を示していた。
「ハーフでも、何でも、翼族の人の血をひいてるって事では、巳白さんが危険だって思われるのは間違いないよね?」
リトの言葉に弓が口ごもる。
そう。 リトは気づいてしまった。
翼族の生態で、翼族を殺滅後、その近隣者が委員会メンバーを襲う事があったと記載されていた。 感染? とも書かれていた。 それならば翼族の周りにいる者が危険でないかと疑われても不思議はない。
もし仮に、巳白が捕まった事により、リトにも「危険」を感じた人がいたとしたら、それを払拭する為に、あの日の夕食はラムールが手をうったものとも考えられる。 実際、誰も態度は変えなかったが、いや、変えなかったから気づかなかったのだが、あの日、リトが別の食事を取っていたら誰か不安に勘ぐる者がいても不思議はないのだ。 それどころかもしかしたら、リトの食事する様をじっくり見ていた者がいたかもしれない。
弓がどうにかフォローしようと言葉を探して、口をもごもごさせる。
リトは、微笑んだ。
微笑むリトを見て弓が息をのむ。
「――うん、いいよ。 弓。 今がら言えるけど、私も最初、弓が孤児院で翼族の人と住んでいるってランから聞いた時に、弓のことを歪んで見ちゃったもん。 だから私の事を歪んで見る人の気持ちも分かるし――」
リトはそこまで言うと少し考えた。
弓はとても不安そうにリトをみつめる。
リトはそんな弓を見つめながら微笑んで言った。
「何も後ろめたい事もないし、弓と一緒だから、気にしないし、平気」
ニコッ、と。
弓が笑顔になるように気持ちを込めて、ニコっと、微笑む。
「リトッ!」
弓が叫んでリトに抱きつく。
「うぁんっ」
その勢いに負けてリトは姿勢を崩す。
ごちん、と頭が壁にぶつかる。
「きゃあっ! ゴメンね、リト。 大丈夫?!」
弓がこぶになったリトの頭を撫でる。
「んもー、弓ぃー。 いったーい」
「ゴメンねゴメンね」
弓はふぅふぅとリトのこぶに息をふきかける。
リトはなんたが面白くてプッと吹き出して笑い出す。
「あっはは」
「リト? 大丈夫? 打ち所、悪かった?」
「ひっどーい。 弓っ!」
「あはは。 ゴメンね。 ふふふ」
弓も笑い出す。
二人でひとしきり笑うと、弓がちょっと真面目な顔になる。
弓はじっとリトの瞳を見る。
「……ありがとう」
リトは何も言わず、微笑んだまま。
弓も嬉しそうに微笑むと、数秒、何かを考えて、意を決したように、すうっと息を吸った。
「……あの」
弓が何かを言おうとしたその時だった。
コンコンコン!と、弓の部屋の扉が勢いよくノックされた。
「弓ー。 起きてる?」
その声は、来意だった。