3-19 おにぎりに
「翼族の人は親切なうちはとても頼りになる相手、人間も自分勝手……。 うん、リト、私もそのおばさまの言う事、当たっているって思うわ」
散々寄り道をしながら、やっと二人は本題にたどり着いた。
「そう? わかんないんだよなぁ、私。 翼族の人って――人を食べ――」
リトは言いながら自分で口を押さえる。 巳白がいるこの家で「翼族は人を喰う」なんて話していいものか。
「大丈夫よ。 リト。 そんなに気にしなくても。 翼族が人食だっていうのは誰が何と言っても明らかな事だから」
「えっ、でもさ……」
「巳白なんか、アリドと喧嘩した時なんか”喰うぞ”って脅すくらいだから。 ……冗談でよ、リト」
リトが目を丸くしたので弓は困った顔をした。
「で、でも、それじゃ、……ってのも何だけど、弓は怖くないの? 翼族の人とか、巳白さんとか。 私は……、巳白さんを怖いと思った事は無いけど」
一緒に住んでいるのだ、何てバカな質問をしてしまったのだろう、とリトは思った。 しかし。
「翼族の人は、怖いわ。 でも、巳白と新世さんは別。 勿論清流もね」
「怖いの?」
意外だった。
「うん。 お父様と旅をしていたとき、やっぱり各地で翼族に襲われた村や人を見たもの。 ”狂った翼族”の人に襲われた事もあるし。 翼族の人が本気を出したら普通の人は太刀打ちできないもの」
「翼族の人に襲われた事もあるの?」
「うん」
弓はあっさりと答える。
「宿を借りた村に住んでいた翼族の人が、急に村人を襲いだしたこともあったし――」
「って、ちょっと待った、弓。 私、ソコが分からないんだよね。 翼族の人がどうして人間の村に住んでるの?」
なぜ危険な翼族が村に普通に住んでいるのか。 おかしくはないか。
「えとね、翼族って言っても、猛獣みたいに人を見たらいきなり襲ってくる訳じゃないのよね」
「うん」
「それどころか、ほら、翼もあるし、魔法能力は高いし、助けてくれる事が多いのよ。 たいていの初めての出会いはそうじゃないかしら。 そして一度限りで二度と会わないって人もいるのよ」
「そうなの?」
初耳だった。
「うん。 この国――テノス国の近くはね、もともとあんまり翼族が出ない地域みたいだから知らない人も多いみたいだけど、結構、旅していたら翼族と出会う事って多いの。 翼族の人って翼で空を飛んでいるでしょう? それで、んー、例えば、崖から落ちかけた人を助けたり、魔物から守ってくれたりとか」
「魔物から守ってくれるの?」
リトは驚いた。 翼族と魔物の区別も実はついていないのだが、どちらかというと魔物と翼族の方が仲良しこよしではないのか?
「うん。 翼族の方が魔力も力もあるからね、双頭狼とか、巨大猪とか、さくっと退治しちゃうって感じ?」
さ、さくっと、か……
「でも、どうして助けるのか、その理由は分からないけどね。 それで、助けられた人はやっぱり御礼をしたいから、村や家にご招待するわけ。 そしてそのまま住んでしまう翼族の人もいるのよ。 っていっても、友好的なのは基本的に翼族の人だけかな。 異生物と言われているのは翼族に人魚族、影族なんだけどね、人魚族や影族はすーっごく話が分からない相手だから近づくなって言われてたわ」
「はぁー」
弓は実によく知っている。 リトは感心のため息をついた。
「弓も翼族の人と――あ、その、巳白さんや新世さんとは別ね、に、会った事とか話した事はあるの?」
弓は首を振った。
「無いかな。 旅している時は、お父様は、”翼族はいつ人を、特に子供を襲うか分からないから絶対近づくな”って厳しかったし、ここに住むようになったからも、新世さんの所に時々、翼族の人がやってきていたみたいだけど、その時は、ほとんど私たちは一夢さんに連れられて外に出かけてたり、もう部屋で寝ていたりして、顔も殆ど見た事ないわ」
「人魚族や影族は近づくな、で、翼族は絶対近づくな、だったの?」
リトはちょっと不思議に思った。
弓はちょっと考えながら座り直した。
「そう――ね。 翼族との方が接触する可能性が多いからだと思う。 旅行中の村に翼族がいても、いつも私はお父様の後ろに隠れていたわ」
「そうなんだ……」
「でも、今思えば、お父様は警戒しすぎだったかな、って思う事もあるわ。 だって、私が思い出す限り、急に暴れ出した翼族の人や狂った翼族の人以外は、本当にニコニコしてて、村の人が怪我したら術で治してくれたり、飛んで高いところの屋根とか修理してくれたりとかね、優しそうだったもん」
「あっ、それが、親切なうちはとても頼りになる相手、って意味かな」
リトはそう思った。
弓も頷く。
「そうね。 村人からも慕われていたし。 そこだけ見たら悪いイメージなんて無かったわ。 村人の方もあれしてこれして、とお願いしていたみたいだし。 あんまり言いたくないけど、翼族の人を味方につければかなりお得だったみたい」
お得、なのか。
「問題はただ一つ、いつ人間を襲うようになるか分からない、ってそこだけじゃないかしら。 翼族の人は寿命が長いから全然何事もなく他の村に行くこともあるんだよ、ってお父様は言ってたし」
「へぇ……あ、ねぇ、もしかして、翼族の人が人を襲うようになるかどうか、目安みたいなものってある?」
リトは予想以上に色々知っている弓に対して「かま」をかけてみた。
「んー……」
案の定、弓は口ごもる。 あまり進んで言いたくないような感じだ。
弓は指をもじもじと動かして考えている。
「もしかして、おにぎり、とか?」
リトは言った。 弓がすかさず尋ねる。
「どうしてそう思うの?」
「どうして……って、スン村でラムール様がわさわざ持ってきたおにぎりに何か意味があるのかなぁって思って」
まさか、翼族の生態を読んだとは言えなかった。
弓はちょっと観念したようにため息をついた。
「目安っていうほどの事でもないのよ」
そして指を組む。
「ただ、人を襲う翼族は穀物が嫌いみたい、ってかなり前から言われているの。 だから……うん、この人は安全ですよ、って証明とまではいかないけど、安心してもらう為に穀物を食べさせる、ってことは、実は王道なの。 リトは知らなかったでしょ?」
弓はリトの顔を覗き込む。 リトは頷く。
「うん……知らなかった。 ねぇ、他の人はみんな知っているの? どうして私に教えてくれなかったの?」
リトはちょっと怒って弓に言った。