3-18 脱線ばかりのようで
――親切なうちはとても頼りになる相手じゃある
――人間も自分勝手
「……かぁ……」
リトは鉛筆をくるくると指で回しながら呟いた。
「リト、どうしたの? 今日は朝からずっと何かをブツブツ言ってるわよ」
弓が編み物の手を止めてリトを見た。
リトは夜になってから、陽炎の館の弓の部屋に遊びに来ていた。
特に何をして遊んでいる訳ではなく、弓は編み物をしたり、リトは白の館から持ってきた雑誌などを弓のベットの上にねころがって読んでいたりする。 時々、どちらからともなく会話をふり、お茶を入れたり、他愛もない話で盛り上がる……
白の館ではよく「お泊まり組」でやっている事だが、やはりこうやって仲良しの相手とやるのは楽しいものである。
「んー、今日ね、神の樹の処に行ってきたんだけど……」
「神の樹のところ? びっくりする位、大きかったでしょ?」
「えっ? ううん。 全然、 この前見たまんまだったけど……」
「この前? そうなの? 知らなかったわ。 結構遠いのに……巳白かアリドに連れていってもらったの?」
「えっ? いや、……っていうか」
リトと弓は顔を見あわせた。
そしてお互いに納得したように頷く。
「これは、やっぱり、だよね。 弓」
「うん。 絶対」
二人は声を揃えた。
『ズレてる』
そして二人で一緒に笑う。
「あーおかしい。 どうも同じ話をしているつもりなのに、ズレてることよくあるよね、私たち」
「ホント。 変ね変ねーって思ったら必ずそうよね。 この前は何の話でずれてたかしら?」
「下着と編み物。 弓はどんなのが好き?って聞いたら薔薇柄の総レースだっていうから私がびっくりした、アレ」
「あ、このコースターの時ね」
弓は机の上に置いていたレースのコースターを取る。
「そっ。 お気に入りの薔薇柄の総レースで作った弓の力作だったんだけど、私、下着だって思っちゃって、弓がみんなに見せて評判良かったとか、みんな恥ずかしがりながらも使ってくれる、っていうから私が無茶苦茶驚いたじゃん」
「だって、アレはリトが本ばっかり読んで私が話していた事を聞いてなかったからじゃない」
「あはは、そうだった、そうだった。 ゴメンゴメン」
ふくれる弓にリトが平謝りする。
「それで、何の話をしていたのかしら? 私たち」
「えっと、ねぇ、……神の樹!」
「あ、そうだったわね。 で、大きいなー、って思わなかった? って所が変だったのよね。 誰がどう見てもあの樹は大きいと思うはずなんだけどなぁ」
弓が首をかしげる。
リトも首をかしげる。
「私は――白の館の敷地内にある神の樹の事を言ってるんだよ? ほら、裏庭の小さな森の中の」
「本当? そんな所に神の樹があったの?」
弓が驚いて目を丸くした。
「えっ? 弓、知らないの? オクナル家の大婦人がお世話している樹よ」
「知らない」
リトは一生懸命思い出す。
そういえば、神の樹の話も、イラクサの布をどうしたのかも、弓には話した覚えがない。
「あっ、そっか」
リトは思い出す。
――誰にも話してはいけない、と言われたんだっけ。 神の樹に。
「えっと、うん。 あるんだよ。 神の樹。 私がそもそもラムール様の髪結いをまかされるはめになったのも、そこのお手伝いしたのが元というか……あ、これ、女官のみんなには内緒ね」
「うん。 分かったわ。 みんなに言ったらそれこそ髪結い係になりたくて行っちゃうものね」
弓もよく分かっている。
「それで、私が今日行ったのは、白の館の神の樹なんだけど、弓は他に神の樹がある場所を知ってるの?」
リトは座り直して尋ねた。
弓は窓の外を指さす。
「この裏の森の結構深ぁーい所にあるわよ。 私たちもあんまり行かないわ。 でも、ものすごく大きいのよ。 一瞬、樹じゃなくて、ちいさな山っていうか、大岩っていうか、壁っていうか、とにかく大きすぎる樹よ。 何十本、何百本の樹がかさなって育ったような感じ」
「ホント? すごいねぇ。 もしかして、そこって”禁断の森”とか呼ばれてる?」
リトの脳裏に浮かんだのはハルザが挿し木として貰ってきた親樹のことだ。
「え? ううん、そんな呼ばれ方はしてなかったと思うわ。 私たちは結構勝手に入ってるし。 禁断、だったら入っちゃダメとか言われてもよさそうだけど」
「あっ、そうなんだ」
と、いう事はハルザの知っている樹とは違うということか。 まぁそんな事はどうでも良い。
「それで、何の話だったかしら?」
リトと弓は二人で頭をひねる。
どうも悪意はないのだが、二人で話すと脱線ばかりのようで……