3-16 手伝ってほしいのだが
結局その日は、午後もリトはベットで寝ていることになった。
大分具合も良くなったので起きようかとしたのだが、「今日まるまる一日休むって届け出したから」とルティが言うので、半ば仕方なく。
何もしないで黙って寝ているのは夕方くらいになれば、かなり飽きるもので。
リトは弓に尋ねたい事があったのだが、午前中にレイホウ姫がお見舞いに来たと知ったマーヴェが何を話したのか、とか、どんな服を着ていたかとか、どんなものがお好きそうかとか「マーヴェが次回に姫に会った時にヨイショする為の基礎知識」収集のために質問攻めにあったので無理だった。
勿論、リトはマーヴェが望むような答えは教えてあげられなかったが。
リトは「翼族調査委員会」について知りたいと思っていた。
おそらくこの手の情報はマーヴェに訪ねれば「あなた、御存知なくて?」とかなんとか言われながらこんこんと教えてくれるのだろうが。 リトはどうしてかその単語を口にして訪ねる事ができなかった。
私は「翼族調査委員会」を知ってどうするつもりなのだろう
その理由が分からなかったせいかもしれない。
陽炎の館の弓の部屋と扉を通じさせて弓に質問、という手もあったが、「そこまでして」という気がある。
誰が、何の不審も抱かずに、私にそれらのことを教えてくれるだろう。
リトは悶々とそのことばかりを考えて、その日一日を終えた。
次の日。
リトは元気よく跳ね起きた。
昨日一日寝ていたせいもあり、今日は体を動かしたくてたまらない。
さっさと朝食を食べて、オクナル家の手伝いに行く。
すると、オクナル家の門の前にハルザがいるではないか。
「おお、やっと来たか、リト」
ハルザはリトの姿を見つけると手を振った。
「おはよう。 おばさま。 珍しいですね。 今日はどうしてこちらに?」
リトは駆け寄ると尋ねた。
オクナル家の大婦人ハルザはいつもは別の家に住んでおり、滅多にこちらの本宅――息子の家――に顔は出さない。 なのになぜ、今日にかぎってここにいるのか。 そして、なぜリトに「やっと来たか」と言ったのか。 ――リトは、ちょっと考えて
「何かお手伝いがありました?」
と尋ねた。
ハルザはにっこりと頷いた。
「実はの、今日は神の樹に肥料をやるのを手伝って欲しいのだが。 勝手とは思ったが息子にも今日はこっちの手伝いをしてもらうからと言っておる」
「はぁい。 ところで、おばさま、今日は何をあげるんです?」
リトの問いにハルザは答えた。
「いらなくなった手紙」
リトはなぜか、その答えが返ってくるような気がしていた。
リトとハルザは白の館の敷地内にある小さな森の中にやってきた。
奥へ進んでいくと少し広くなった空間に、リトの背丈よりも少し高い、綺麗な若木がある。
その若木は幹も枝も焦げ茶色とクリーム色が煙のように混ざり合ってねじれたような不思議な色をして、葉は小指の爪ほどの小さいサイズの柊の葉のようだ。
「神の樹、少し大きくなりましたね」
リトはその若木を見て言った。
若木がさわさわと嬉しそうに葉を揺らした。
「おや、やっぱり神の樹はリトが気に入ったみたいだね。 喜んでおるの」
「分かります? おばさま」
「分かるさ。 何十年、この樹を育てていると思うんだい。 さて、リト。 箱を降ろして開けとくれ」
ハルザに言われ、リトはオクナル家から持たされた中くらいの箱を地面に降ろす。
正直、重かった。
ハルザが箱を開けると、中にはやはり、
「ダイレクトメールだ」
リトは思わず呟いた。
「ん、ああ、そうじゃよ。 まったく、こっちの都合も考えずに沢山送りつけてくるがの、神の樹にとってはこれもいい糧になるらしい」
ハルザは適当に封書を取り出し封を開け、そして神の樹の根元に置く。
すると封書は見る間にざらざらに乾いていき、土に吸収される。
「あんまり沢山無いから、朝の学びの時間には間に合うじゃろう?」
「うん。 平気。 でも神の樹ってば、どうしてこんなものも糧にできちゃうんでしょうねぇ」
リトも封書を一つ取って差し出し人を見る。 【スーパーミラクルダイヤマイトダイエエット】
「あ、ダイエット……だ。 開けて読んでみていいですか?」
ハルザはちらりとリトの手に握られた封書を見て、くっくっ、と笑う。
「構わんがね。 それはダイエットではなくてダイヤの通信販売じゃぞ」
「へ?」
リトはもう一度差出人を見る。 【ダイエ エット】となっている。
「何コレ??」
リトは中身を出す。 するとそこにはダイヤの写真がずらり。
「ダイヤ、というよりダイエットの方が女は反応が良いからの。 太った女性を妻や恋人に持つ男の人が見ることもあるじゃろうて。 だから広告である以上興味を持たせてまずは見て貰う、それが大事なのさ。 そういう点ではその封書は合格じゃの」
ハルザがポンと一通の封書を渡す。 そこには【超高級ダイヤモンド販売】とだけ。
「これではダイヤが欲しい人しか開けないじゃろう? 広告を読んで貰う確率は減る、ね?」
「はぁ〜」
リトは感心してため息をつく。
とりあえず、用は無い。 神の樹の根元の土に置くとさっきと同じように吸収される。
リトは再度、箱の中から封書を取り出す。 すると他は全て封がしてあるのに、一通だけ封が開いているものが目に入る。
何気なくそれを手にして差し出し人を見る。
【最高のパートナーをあなたに。 国連結婚相談所のご案内 特典付き】
――え?
リトの心臓がどくんと脈うつ。
リトは封筒を裏返して宛先を見る。 すると、宛先は空白になっている。
空白?
ラムールの部屋にきていたものは全部ラムール宛になっていたはずた。
でもこれは、「オクナル家」宛でもない。 第一、リトはオクナル家でお手伝いをしているがこのようなダイレクトメールを見た事も受け取った事もない。
開いている封から中の広告を出す。 それは、一度封から出して一度広げたように、すこし折り目が浮いていた。
そう。 おそらく、これは。
「ねぇ、おばさま。 この封書ってもしかして、ラムール様の事務所に届いたもの?」
リトはハルザに尋ねた。
封筒を土にくべていたハルザの動きが一瞬、止まる。
「――やっぱり、気づいたかい。 ラムール様が忙しくて処理できないから私に託して下されたのじゃよ。 ラムール様の元に届いた手紙にはかなり栄養があるのでな」
「栄養がある?」
「そうじゃよ。 ラムール様と近づきたい、力を借りたい、そのほかにも色々な思惑が沢山つまっているのでな。 かなり利己主義の念の集まりじゃが。 捨てるよりも神の樹の栄養になれば、ということで時々貰っておる」