3-15 ダイレクトメール
「――あの? ラムール様?」
リトは床に落ちた手紙を集めながらラムールを見た。
「――あの?」
リトは再度、声をかけた。
「それ、さっき、外に鳥が来て、窓の隙間から入れて行ったので、拾ってその箱に入れたんですけど……」
その言葉を聞いて、ラムールが顔をリトに向ける。
「リトが、入れた?」
確かめるように呟く。
「はい。 いけませんでしたか?」
ラムールは首を横に振った。
「いいえ。 普通の郵便で来たのかと驚いただけですよ。 ありがとう――さて」
ラムールは少しホッとしたような表情をすると、再び指を弾いて床に散らばった書類に再び動きを与える。
リトが集めていた手紙達もリトの手から抜け出し並び始める。
ちょうど目と鼻の先のソファーに並んでいくのでリトは見るとも無しに差し出し人を見てしまう。
【魔法技術免許1級絶対合格教会 今年の試験の傾向と対策】
【国家資格 料理免許 受講のお知らせ】
【翼族調査委員会 資格取得へのご招待】
【最高のパートナーをあなたに。 国連結婚相談所のご案内 特典付き】
「けっこんっ???」
リトは思わず声をあげた。
いや、正確にはその一つ前の「翼族調査委員会」からの封書に目がいったのだが、次に見えた「結婚相談所」の文字もかなりインパクトがあったのだ。 初めて見た分、よけいに。
「?」
ラムールはぽかんと首を傾げながらリトの顔を見る。
リトは水から上がった魚のように、無言でぱくぱくと口を動かすと、まだどんどん積み重なっていく封書を指さした。
「どうしました? リト」
「け、け……けっ、結婚なさるんですか?! 相談所が、そこにっ!」
リトは声を裏返らせて言った。
ラムールが結婚するとなったら女官達にとっては失恋者続出で大問題だ。
いや、結婚相談所、ということは、ラムールと結婚したさに女官がこの会員に申し込むだろう。
リトの驚きようがあまりにもおかしかったのか、ラムールは小さくプッと吹き出した。
「これですね」
ラムールはそう言うと積み重なっていく手紙の束から一通、その封書を魔法で弾き出し、リトの手元にやった。
リトが今、手にしたのは間違いない、結婚相談所の案内
「開けて構いませんよ」
ラムールは微笑みながら言う。
リトは少しためらう。 やはり人に来たものを開けてみるのは……
「平気平気。 誰にでも送りつけてくるダイレクトメール、広告ですよ」
そこでリトはやっと封を開ける。
中にはカラフルに印刷された広告が入っている。
会員10万人突破! 永遠の愛を誓う、あなたの運命の出会いはすぐそこに!
今なら入会特典として先着500名様に「両思いのペンダント」プレゼント!
会員様の嬉しい報告〜「やっとめぐり会えました!」……
「資格取得に結婚相談、職業斡旋から賭博情報まで、頼んでもいないのですけれど次々に送りつけられて来るのですよ。 暇〜な時に読んでみるとかなり面白いです」
ラムールが言った。
確かに。
嘘かホントかは分からないがどこかの女官とどこかの国の王子がラブラブの写真を載せていたり、幸せそうなカップルの姿、姿、姿……
「”この縁をあなたは生かしますか? 生かさずずっと一人寂しく生きていきますか?”……うーん、そっかぁ……」
「リト、リト。 いけませんよ。 その気になって読んでは。 あなたにはまだ早すぎるでしょう?」
ラムールからつっこみを入れられて、リトは正気に戻る。
「あ、そ、そっか……」
流石というべきか。 広告を読み進めているとついその気になってしまう。
ラムールはくすくすと笑いながら指をはじき、リトの手の封書を浮かばせて元の束に戻す。
「これ、どうするんですか?」
リトは尋ねた。
「捨てます。 読んでいる暇は無いのでね」
ラムールはあっさりと答えた。
「じ、じゃぁ、ちょっと読んでみたいので借りてもいいですか?」
リトは思わず尋ねてみた。
ラムールはちょっと困った顔をした。 嫌がっている、というよりも――
「封書の中には購入や入会を希望したくなるように、術がかかっているものもありますから……リトは、まだ止めておいたほうがいいでしょうね」
ちょっとだけ、正論だとリトは思った。
リトはダイレクトメールの隣の別の束を見た。 こちらは立派な封書に入って、ご立派な封まで押してある。
「これは何ですか?」
リトは尋ねた。
「それはダイレクトメールよりもちょっと強めに私に用がある人の手紙。 晩餐会の招待や講演依頼などですね。 ついでにその隣の束は私に自分の利害関係なく話がある人の手紙。 さらにその横は各地方からの魔物の退治依頼など、ってところですよ」
ふむふむ。
確かに立派な封書は何かの招待状のようなものが沢山あった。
その隣は子供の拙い字で「ラムールさまえ、おみずをだしてくれてありがとう」等の御礼?の葉書や手紙。その隣は一見、普通の封書だが、差出人が【**国*地区*村長】など、丁寧な文字の書き方、その手紙から出る、どこか切羽詰まったオーラが感じられた。
「さぁて終わった」
ラムールの一声で、リトは我に帰る。
気が付くとあれだけ散らかっていた書類の山がきれいに整理され、すっきりとまとまっていた。 いつのまにやら、書類にもサインが済んでいる。
ラムールは振り分けられた手紙の一番端、ラムール曰く、「魔物退治」の手紙の束を手に取った。
ラムールが手に取ると封がひとりでに開く。
ラムールはざっとそれらに目を通す。
「ザック地方……ミム村……ポロナーム国……近づいて来てますね……」
何やらブツブツと呟く。
その時、リトとラムールの間を邪魔するかのように昼の鐘が鳴り響いた。
途端に白の館がざわつきはじめる。
しまった。 学びが終わったのだ。
部屋で寝ているはずのリトがラムールの事務室にいる、というのはあまり褒められた事ではないような。
「リト?」
明らかに表情が変わったリトに気が付いてラムールが声をかけた。
リトは事務室の外が気がかりで返事も忘れていた。
ラムールはちょっと考えて、ピンときたらしかった。
ラムールが指をパチンと鳴らす。
「扉を開けて部屋に戻りなさい。 繋げておきました。 一度だけですよ」
リトが驚いてラムールの方を振り向く。
ラムールは既に窓を開けて窓枠に立っていた。
「私はまた出かけてきます」
にっこり笑ってそう言うと、ふわりと浮かんで窓の外へ出て行く。
リトは事務室の扉をそうっと開けた。
そこにはリトと弓の部屋があった。
思わず振り返ってみるが、既にラムールはそこにはいない。
リトは一礼して、自分の部屋に戻る。
扉を閉めてベットに潜り込むと、ほとんど間を置かず扉が開く。
「ただいま、リト」
弓だった。
「あ、ああ、おかえり」
リトは起きあがった。
「あらリト。 よかった。 だいぶん顔色が良くなったみたいね。 どれどれ」
弓は近づくとおでこを出してリトのおでこに合わせた。
弓の綺麗な黒色の瞳がとても近くに来て、リトはちょっとドキっとした。
「うん、良い感じ」
弓はおでこを離すとにっこりと笑った。
「リトー?」
ノックがされる。 ルティの声だ。 扉が開いてルティが入ってきた。
「具合は、どー……あっははははっ!」
入って来るなりルティが大笑いする。
「は?」
リトは訳が分からない。
「もぅ、ルティ。 そんなに笑わなくてもブラシをかけたら済むでしょう?」
弓が困った顔をしながらブラシを取り出す。
「ブラシ?」
リトは弓を見る。
するとルティが笑いながら言った。
「ゴ、ゴメンゴメン。 だって、リト、頭が大爆発なんだもん」
「ええ???」
「ほら見てごらんよ」
ルティが鏡を取り出してリトの目の前に出す。
「うわっ! え? ホント? えぇえええ????」
いかにリトの頭が寝癖で大爆発していたかは、そのリトの言葉が十分表していた。
そうか、それでラムール様も笑った……のね。
リトはやっと分かった。
しかし、姫と、佐太郎と、弓はどうして平気だったのか。
これだけ「ものすごい」とリトは逆にそっちの方がたいしたものだと感心するしかなかった。




