3-14 手紙。
リトは階段を上ってラムールの事務室に行きながら考えた。
――佐太郎さんは、ラムール様を誤解している。
リトはアリドの件を思い出しながらそう思った。
――ラムール様には、ちゃんと何か考えがあって……
リトは考える。
しかし、どう考えても新世さん達のお墓の場所を教えない、ということや、巳白をすぐ迎えに来なかった、その理由が分からない。
ついでに偶然か、故意か。 リトにあんみつを勧めたのは。
「なんか、ちょっと弓に似てる」
リトはぽつりと呟いた。
弓も自分からああだこうだと説明しないので、リトと仲良くなるまでは「友達と縁切りした女」と見られていたからだ。
弓といい、ラムールといい、誤解されても構わないという態度はどうにかならないものか。
少しは言い訳をしてもいいではないか。
誤解だったと気づいたこちらは、とても居心地が悪いのだから。
なぜかリトは機嫌を悪くしながら、ラムールの事務室の扉をノックもせずに開く。
当然、留守だから。
リトは事務室に入って再びあぜんとする。
部屋は一昨日にも増して書類の山だった。
誰も来客がいないせいでテーブルの上にはカップひとつ置いてなかったが、事務机の周りは書類や手紙の束であふれていた。 溢れすぎて箱詰めになっているものもある。
とりあえずリトは事務机の一番下の引き出しを開けてみた。
そこには「待っていました」とばかり、拘束具がすっぽり入る大きさの空間がある。
――とりあえず、ここに入れてしまえ。
リトはそこに拘束具の入った袋を置くと引き出しを閉めた。
すると背後でガツガツガツ、と何かが窓を叩く。
後ろを振り返ると黒い烏のような鳥が一羽、窓をクチバシでつついている。 リトが黙っていると鳥は足に掴んでいた葉書を一枚、器用に窓の隙間から事務室の中にすべりこませた。
葉書が一枚、ひらりとリトの足下に落ちる。
鳥は葉書を事務室に滑り込ませるとさっさと飛んでいく。
リトは葉書を拾った。 事務机の上に置いてあげようとして。
表書きはラムール宛だった。
何気なく裏に返して見る。
裏には緑か灰色か分からない色で縁が飾られており、全体に何かの紋章が描かれていた。
そして、こう書いてあった。
親愛なるラムール様
貴殿が我が国にお越しになるまであと少しです。
国民一同、心よりお待ち申し上げております。
「何だろ。 これ」
どうやらどこかの国からの招待状?らしい。 サインはされているが何と書いてあるか読めない。
リトは事務机の上に置こうとして、ふと隣の箱に、手紙が山積みされているのが目に入った。
「まとめて入れた方がいいよね」
リトはそう考えて、手紙を箱の中に入れる。
そして箱の中を見るとも無しに見ると、いかにもどこかのお偉いさんが送ってきたようなご立派な封書や、国民からの御礼の手紙、ファンレター、よく分からない手紙が入っている。
その中で何通か「翼族調査委員会」のハンコが押された封書には「保護責任者様宛」と記載されていた。 一瞬、リトは手に取りたくなったが、やはりこれは他人への手紙。 触っては失礼というものだ。
そんな事を考えた次の瞬間、今度は「翼族調査委員会 資格取得へのご招待」という封書まで目に入る。
――うっわぁ、見たい、見たいっ!
リトの手がひくひくと動く。
「おや、リト?」
その時突然、窓が開くとラムールが事務室の中に入ってきた。
「うわぁおきゃあうああっ!」
リトは驚いて奇声をあげる。
ラムールはリトの奇声に驚いて目を丸くし、ほんのちょっと間をおいてから、くすくすと笑い出した。
笑っているうちにとまらなくなったらしく、ラムールはリトに背中を向けて肩を震わせて笑いをこらえる。 リトは顔を真っ赤にした。
「構いませんよぉーだ。 ラムール様。 お笑いになっても」
ちょっとだけ、わざとふて腐れながらリトは言った。
「アハハ、いや、申し訳ない」
ラムールが振り向く。 うっすら涙まで浮かべている。 でも全然嫌みがない。
「さて」
ラムールは一言そう呟くと、表情をがらりと変え、仕事の顔になった。
指を弾いて魔法をかけ、書類を整理しはじめる。 椅子に座り、書類をちらりと見るとサインをし、サインの終わったものはピンと指で弾く。 弾かれた書類は宙を舞い、応接テーブルの上で分別されているようだ。
「処理しても処理しても、書類は次から次に、まぁ、本当に飽きないくらいやってきます」
ラムールが独り言のように呟いた。
リトはまるで海の中を泳ぐ魚の群れのように書類が固まって空中を移動していくさまを感心しながら見入る。
ラムールの指が再び弾かれた。
すると今度は先ほどリトが葉書を入れた封書が沢山入った箱が動き出し、中身がそれぞれ宙に浮くと他の書類と同じように、今度はソファーの上に並びだした。
手紙は封書、葉書、それぞれ何かに分類されてソファーへと飛んでいく。
そんな中、一枚だけ、葉書がソファーの方にはいかず、ラムールの事務机の上に落ちた。
それは、あの、リトが入れた葉書だった。
「――!」
ラムールがちらりとそれを見ると、体を強張らせた。 と、同時に空を舞っていた書類が急に命を失ったかのように動きを止め、重力に従って床に落ちた。
「きゃ」
当然、リトの頭上を舞っていた手紙達がリトの頭の上に落ちてきた。
床一面に書類が散らばる。
ラムールはゆっくりと葉書を手に取り、動かない。