3-13 でも
リトは窓を開けた。
佐太郎は手招きをする。
リトが何か言おうとしたが、佐太郎は口に指を一本当てて「しいーっ」と言う。
降りていく、しかないだろう。 リトはパジャマだったので上にカーディガンをはおり、部屋を出る。
まだ授業があっているというのに、休んでいるはずの自分が出歩くなんてなんとなく罪悪感を感じて思わず忍び足になる。
一階の入り口まで来ると佐太郎は既にそこで待っていた。
「おぉ、すまねぇな。 リト」
「いいえ。 どうしました?」
佐太郎はきょろきょろと階段の方に目をやる。
「ラ……ラムールはどうしてる? 何か言ってたか?」
「えっ、と、あの、お留守みたいですよ」
リトがそう言うと佐太郎は大きく息を吐きながらほっとしたように言った。
「なんだー、あいつは、留守か。 会ったらどうしようかと気をもんだのに……」
それで窓に小石をぶつけてリトを呼んだのか。
佐太郎は頭をぽりぽりかきながら手に持っていた紙袋を差し出す。
「それじゃあまだ気づいてないかなぁ……。 まあ、いいか。 リト。 これをこっそり……」
「こっそり?」
リトが驚いて尋ね返す。
「あ、いや、別にこっそりじゃなくてもいいんだ。 ライ、ラムールの事務室の引き出しにでも入れておけ。 一昨日の拘束具だ。 おめぇさんが使った跡を消しておいた」
佐太郎はそう言って袋を渡す。
リトは少し嬉しくなった。
佐太郎は一昨日、「もう協力はしない」と言ったのに、こうやって協力しているではないか。
大丈夫。 一昨日の喧嘩はあって無いようなものなのだろう。
ところが。
「分かってるだろうが、よほど問いつめられない限り、おれが跡を消した事を言うなよ」
そう言った佐太郎の口調は「意地を張っている」感じには聞こえなかった。
「あの……ありがとうございます」
リトは一瞬、ラムールとの事を尋ねたくなったが、やぶへびになりそうな予感がしたので御礼を口にした。
佐太郎がそんなリトの表情を見て、顔を微かにしかめて言った。
「おめぇさんにも心配かけたな。 すまん。 だけど安心しろ。 一夢達がどうして亡くなったのか調べるにはまだ方法はある。 それに事と次第によっては、おれがあいつらの保護者になる覚悟もある」
「え?」
リトは一瞬、何を佐太郎が言っているのか分からなかった。
「そんなに驚くな。 おれの友達のむ……っ、きょうだい、そう、兄弟も同じだからと思ってあいつのやる事は大目に見ていたけど、どんどん訳が分からなくなる。 誰かがあいつの勝手を止めなければいけんのかもしれん」
「あ、あの、ラムール様の、勝手、って……?」
「分かり切った事だろう。 一夢や新世の死因も教えなければ、墓の場所も教えない。 仕事ばっかりしてあの坊主達の事も放置しっぱなし。 反抗したアリドは今じゃ除籍だ。 除籍なんてどう考えてもやりすぎだ。 新世も一夢もこんな扱いを坊主達が受けると分かっていたらきっとあいつに保護者を頼まなかったはずだ」
佐太郎は更にまくしたてた。
「おれは一度、何かあったら陽炎の館と子供達を頼むと、一夢達にお願いされているんだ。 一夢達が死んだ後にライ……ラムールが保護者になったのは一夢達の遺志だと思っていたが、変すぎる。 どうにかして調べて……」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
リトは慌てて佐太郎の言葉をさえぎった。
佐太郎は後に引けないくらい頭に血が上っているのを感じたからだ。
しかし。
しかし。
「あの、でも、ラムール様も、確かに訳が分からない人ですけど、でも決して悪い人じゃ……」
「何言ってんだ? リト。 おまえもアリドの除籍なんかを見ただろう? 非行事実があるからっていっても除籍たぁ、あまりにも自分本位だと思わないか!?」
佐太郎はそう言うが。
でも。
でも、リトは知っているのだ。
アリドの除籍はアリドが望んでいたことなのだと。
決してラムールの我が儘ではなく、アリドの気持ちをくんだのだと。
しかし、それを言うことはできなかった。
すると佐太郎は、リトの表情を見て、ちょっと言い過ぎた、心配させた、と思ったようで、リトの頭にポンと手を載せた。
「心配するな。 おれはあいつらを守ってやるから」
そう、優しい顔で言った。
「あいつらに辛い思いなんかさせねぇさ。 とにかく、おめぇさんはソレをこっそり返しておきな」
リトはただ頷いた。