1- 3 帰省して。
リビングに入っていくと、厨房からおいしそうな香りが流れてくる。
中央に大きなテーブルが置かれ、窓際の揺り椅子にはかなり年をとった老婆が座って編み物をしている。 老婆はリト達が部屋に入ってくると編み物をしていた手を休めて顔を上げた。
「リトかい?」
「おばーちゃん、ただいまー。 元気だった?」
リトは駆け寄る。
「ああ、リト、おかえり」
リトのおばあさんはクシャクシャの顔をもっとクシャクシャにして微笑むと、ぎゅっとリトを抱きしめた。
「わっ、おばーちゃん、どうしたの? 感動しすぎ」
リトは嬉しそうに抱きしめられながらも、おばあちゃんの喜びように驚いた。
「……が」
「え? 何? おばーちゃん?」
「こンの、罰あたりの、怖いもの知らずの、果報者がっ!」
罰当たり。
怖い物知らず。
果報者。
何の事やら、と面食らうと同時におばあちゃんはリトを更にきつく抱きしめて、うっ、うっ、と泣き出した。
「リト。 あんたね、おばあちゃんは家族の中で一番、あなたの事を心配していたのよ」
お母さんが腕まくりをして皿を運びながら言う。
「お母さんだって、あんたが城下町に旅立ったその日にラムール様がおいでになった時は驚いたんだから」
「あっ」
リトは思い出す。
「あんたの生い立ちや私達の面接をぱぱっ、と済ませてすぐお帰りになられたけどね。 はあ〜。 綺麗な方だったわぁ〜」
皿を一枚片手に持ったまま、うっとりとため息をついて言う。
しかしすぐにその皿ごとリトに詰め寄る。
「ラムール様は理由を特に話して下さらなかったけど、後で城下町からの噂を聞いてあたしたちゃ、びっくりしたんだよ!?」
リトは苦笑いする。 そして弓にちらりと目を向けると、彼女は、ぽかんとして首をかしげている。
おかあさんは続ける。
「ほんっとに……王族に手をあげるなんて、本当ならあたしたち一族全員で死んでお詫びしても足りないくらい申し訳ないんだよ?」
それを聞いておばあちゃんは「この罰当たりめが〜」とワンワンと泣き出す。
「え、えーっと、それは……」
リトはポンポンとおばあちゃんの肩を叩いて慰める。
「しかもどういう訳か、その後はラムール様付けの髪結いに大抜擢されたというし」
だ、大抜擢か。
「この家にも沢山の方がお祝いに来て下さったし……」
あ、あは。なんとなく分かる。
「とかやってたらすぐに、自分から髪結いのお仕事を退かせて頂くように申し上げたとか……!」
何でも知ってるのね、おかあさん。 いや、それだけ自分のやった事がセンセーショナルな事だったのだろうけど。
「しかもお友達と一緒に、南の森に出ていた山賊を退治しに行って、大熊に乗って裁判場に乗り込んだそうじゃないか!」
おばあちゃんの台詞が「この怖いもの知らずが〜」に変わっている。
ポンポン、とおばあちゃんの背中を叩いてやるしかリトには手がない。
山賊。 退治したのは陽炎隊で、しかも大熊じゃなくて犬なんだけどね……
リトは話がこじれそうだったので訂正する訳にもいかず、微妙な笑顔を見せる。
ちょっと待って。 残りの果報者は何よ?
「そんなとんでもないあんたに、お友達になってくれて、しかも家に遊びに来てくれるなんて……」
おかあさんがビシッと弓を見る。 弓はびくっと固まる。
「ありがとうね、弓ちゃん。 こんな娘だけど、仲良くしてやってね!」
勢いよく言われて弓は慌てて首を縦にブンブン振る。
おばあちゃんの台詞が「この果報者が〜」に変わった。
ようし、それでおしまいね?
リトはくくっと笑った。
「弓。 おいでよ。 おばあちゃんに紹介したい」
リトはおばあちゃんが少し落ち着いたのを確認すると弓を呼んだ。
弓はゆっくり近づく。
「おばあちゃん。 この子、弓。 私と同じ部屋の、私と一番仲の良い友達」
リトがおばあちゃんに聞こえやすいように、ゆっくり、はっきり伝える。
おばあちゃんはゆっくりと弓を見る。
「おばあさま。 初めまして。 スイルビ村の、弓と言います」
弓がゆっくり、言う。
「おお、弓さん……」
おばあちゃんは弓の顔を見ながら繰り返す。
「スイルビ村の……」
弓がこくりと頷く。
リトは胸がドキドキした。 スイルビ村といえば「人間を喰う」として恐れられている翼族が住んでいると言われた所。 そして、名字を名乗らない弓は、保護者がいない、孤児の証。
自分の親族だ。 弓のことを変な色眼鏡で見ないで欲しいとは思ったが、自分自身、弓が翼族と関係があること、そして孤児である事を知ったときは色眼鏡で見てしまったのだ。 どういう反応をするかは分からない。
案の定、おかあさんの表情は少し複雑に曇った。
おばあちゃんはまだ繰り返す。 何かを思い出すかのように。
「スイルビ村の……ゆみ、さん……もしかして……北の孤児院に?」
おばあちゃんが言いにくそうに口にする。 弓は覚悟したような、厳しい表情で頷いた。
おばあちゃんが拒否する!
リトはとっさにそう思って「お、おばあちゃん、でもね、弓は――」と口を出そうとしたその瞬間。
「ようこそおいで下さった……!」
おばあちゃんは弓をぎゅうっと抱きしめた。