3 -7 世界甘味百科
リトは消灯時間も過ぎてから、ベットの隣の読書灯を点けた。
明日はまた普通に学びの日だ。 だから消灯後に誰かが尋ねてくるということは、ない。
リトは机の上に置いた「世界甘味百科」をケースごと持ってくる。
きょろきょろとあたりを見回して、それから一度、本を取り出すと上下を逆さまに入れ直す。 そしてケースを両手で挟むように掴んで、3度振る。
そして、本を取り出すと――
「世界甘味百科」
なのだが。
リトは悪戯をする子供のようにニヤニヤしながらページを開く。
すると中は中央が四角に切り取られ、そこに物が入れられるようになっている。
当然入っていたものは。
「 翼族の歴史 」と「 翼族の生態 」
そう。 この本は科学魔法で作られた本なのだ。 初めて居室にお邪魔したとき、ラムールが手品です、と称して見せてくれたのだ。
あまりこの本は第三者の目に触れないほうがいいだろうと考えて、この本の中にデイから借りた本を隠したのである。
使い方は至って簡単。 しかも、物を入れた当人しか本を取り出すことがでかきないのがミソである。
これならば読み終わってから2冊の本を入れておけば、例えこの部屋に入って来た人が好奇心から甘味百科の本をめくっても借りた本が見つかることはない。
昼間、姫に捕まった時の事を思い出してリトはくすりと笑った。
さて読むか。
リトは「翼族の歴史」の本を開いた。
最初のページは、元号もかなり古い。 文字も古い。 かなり読みにくい。
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翼族が最初に人間を食べたのは私が覚えている限り、この世に翼族が誕生してからすぐだ。
彼が最初に食べたのは彼を育てた女性だった。
その後も翼族は次々に子孫を増やし、不定期に人間を襲い食す。
これは本能であり、止める事はできない。
彼らは狡猾で無慈悲、凶暴で残虐である。
人間が彼らの魔の手に落ちるのを防止すべくこの書は記される。
**年*月
オルラジア国イリウム村 午前
翼族氏名 カース
殺傷人数 3名(ABC)
被害者Aは喉元を食いちぎられ、止めに入ったBCの四肢を術により粉砕。
翼族調査委員会ハロルドの手により捕獲。 その場にて処刑。
**年*月
オルラジア国城下町 午後
翼族氏名 不詳
殺傷人数 1名 (翼族調査委員会ハロルド)
被害者ハロルドの家を数十匹の翼族が襲撃。 ハロルドは四肢を引き裂かれ死亡。
**年*−月
オルラジア国城下町 午前
翼族氏名 ファリック
殺傷人数 1名 (アーサー)
被害者アーサーはファリックの雇い主。 具合が悪いと仕事を休んだファリックが倉庫で仕事をしているアーサーを喰う。 アーサーの家族に発見され逃走
ファリックは行方不明
第一種手配(***年*月発見。 捕獲。 P86参照)
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リトはP86を開く。
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***年*月
ジャッジュ国ムスナン町
**年*−月に第一種手配されていた”ファリック”を見つけた。
既に100年近く昔の手配なのに、ファリックはまだ20代の青年のように見えた。
翼族の寿命は本当に長い。
翼族調査委員会への連行を拒否。 よってその場で殺滅。
(P8参照)
さて、翼族の復讐が恐ろしい。
***年*月
ポロナーム国ラセド地区
やはり昨日殺滅したファリックの仇打ちに、翼族が3名襲撃してきた。
証拠も残さず、すぐムスナン村を離れたというのによくもまぁおいかけて来たものだ。 驚く。
3匹とも殺滅済み。
早くこの場を離れないと
***年*月
発生・場所→ ポロナーム国ラセド地区 宿屋
被害者 → 翼族調査委員会メンバー コードネーム「白鳥」
状況 → 早朝 翼族6名が襲撃 翼族3名死亡
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リトは、一度、本を閉じた。
そして胸に手を当てる。
なんだか、吐きそうだ。
この本はどうやら同じ本が何冊もあり、誰かが記入すると他の書物にも同じ文字が記載されるようだ。 だからそれぞれの文や文字が微妙に違う。 報告書のようなものもあれば、日記のようなものもあった。
しかしその分、現実感があった。
リトはもう一度本を開く。
なんだかショッキングすぎて言葉も出ない。
知らない方がいいのでは、というデイの言葉も理解できる。
持ち出し厳禁なのも理解できる。
しかしもう引き返せない。