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3 -6 守りがつくのが常識

 その日、リト達は午後の礼儀作法の授業をとっても真面目に受け、学びの後はいつも通りクララ婦人のクリーニング店へお手伝いに行き、帰館し、夕食を取り……


「そしていつも通り談話室でお茶なんかしちゃってる、と」


 リトは4階のラウンジの座敷でごろんと転がったまま、クッキーをぱくりと口に放り込んで言った。


「あ、おいひい。 これ」

「そうでしょ? なんてったって城下町東地区のフテフ奥さんの手作りクッキーよ」

「もー一枚♪」


 リトはそう言ってお皿からクッキーを取る。


「リト。 寝たまま食べたら太りましてよ」


 すぐ側に座って詩集を読んでいるマーヴェに言われ、リトは起きあがる。

 さくさくとしたクッキーの味を堪能しながら、リトはラウンジの中を見回す。 


「あはは。 それって、おっかしー」

「あの教授の話ってすっごく眠くなっちゃう」

「やっぱり私はチーズケーキはベークドに限ると思う」

「えー? 私、そんな事言ったっけ?」

「あのお姫様って性格悪そうだったわよねー」


 みんなそれぞれ、あちこちで好きに話をしている。

 何の気兼ねもなく。


「リト、どうかしまして?」


 他人の行動に目ざといマーヴェが詩集から目を離して尋ねた。

 リトもマーヴェの顔を見る。

 マーヴェはなぜかこういう時、お見通し、という顔をする。


「何か納得いかない事があるのなら聞いてさしあげましてよ」


 しかもいいタイミングで誘い水。


「納得いかない事じゃないんだけどさぁ」


 リトは隣国の姫が24時間体制でお付きの者がおり、かつ言動を記録されている事を話した。 マーヴェが五月蠅そうだったので、姫と話したことはふせておいた。


「当然の事ですわよ」


 マーヴェはあっさりと言った。


「王族は一般人ではありませんわ。 その言動、行動、すべてがこの国の未来に繋がりましてよ? ならばその行動をつねにお側でお見守りするのは臣下として当然の義務。 寝ていらっしゃる時にも、もしかしたらお布団がお口を塞いで呼吸がおつらくなる事もあるでしょうし、何か知らない発作が起こることもありえるでしょう? 一瞬たりとも目を離さずお支えするものでしてよ」

「分かるけど……嫌だろうなぁって思って」

「生まれた時からそのような環境でしたら、変だと思う事もありませんわ」

「好きな人と二人きりにもなれないよね」

「そうですわね。 相手が本当に危害を加えないと証明することは不可能ですもの。 ならば複数の者で互いに警戒しながら御守りする事以外、方法はございませんわ」

「でもそんな可能性って少ないんじゃない?」


 リトは言った。 疑えばキリが無いではないか。


「そうでもありませんわ。 デイ王子も臣下の裏切りにあって、2度、暗殺されかかったことがございましてよ」


 マーヴェが言った。


「嘘っ!」


 リトは思わずマーヴェの目の前に顔を突き出した。

 マーヴェは驚いて体を反らせる。


「こんな話、それこそ嘘で言えるはずないでしょう?」

「……あっ、うん。 ゴメン。 でもさ」


 リトはゆっくり顔を離すと、きちんと座り直して言った。


「普通、王族暗殺……とかって、兄弟で後継者争いとか、じゃないの? テノス国の陛下にも王子にも兄弟はいないし、暗殺をして得をする人なんて……」


 自分でも考えが浅いなとは思いながら、マーヴェの返事を待つ。


「こういうとき、リトって本当に無知と言うか、世間知らずというか、素直というか」


 マーヴェが呆れた口調でため息をつく。


 うん、間違い無い、これは馬鹿にされている。

 しかし。


「でも私、リトのそんなところ、安心できて好きでしてよ」


 マーヴェはめずらしく(多分)褒めた。


「テノス国の領土内には金や銀などの鉱物や、貴重な天然資源が豊富にありましてよ。 当然御存知ないでしょう?」


 悔しいが、全く知らない。


「それらを売ればこの国は莫大な富を得る事ができますわ。 でもこの国はそれをしてきていませんの。 何故だか御存知?」


 当然、知らない。


「なんで?」


 リトは首を傾げた。


「それらの資源はこの城下町や、各村の地下深くにありますの。 ですからそれらを工業にしようとするなら国民の住処をすべて取り壊して廃墟にしないといけませんのよ」

「やだ、そんなの困る」

「そうでしょう? ですから陛下はそれらでこの国を潤そうとは思っていらっしゃいませんの。 ですけれどそんな事は関係ない、手っ取り早く栄えたいと思う者は……」

「王族を暗殺して実権を握りたい!」


 リトはすかさず答えた。


「良かったですわ。 その程度はご理解して頂けて」


 マーヴェはくすくすと笑った。


「ですから王族に常に守りがつくのは常識。 国王陛下にも守りはついていますわ。 仕方ない事ですのよ」

「王子は?」


 リトは思わず尋ねた。


「あなた、馬鹿? 王子にはそれこそラムール様がついていらっしゃるでしょう?」


 マーヴェが本当に呆れた顔をして言った。

 いや、そんなことは分かっている。

 でも、デイはあちらこちらに単独で遊びに行くわ、ラムール様は不在だわ、守っているといえるのか?

 しかしこれ以上、マーヴェに質問して呆れられるのはあまり嬉しくないのでリトは何も言わず、再びクッキーのあった皿に手をのばした。

 皿は、既に、空だった。


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