3-4 たぶらかす?
「何ですか?」
リトは負けじと姫を見つめ返した。
姫は少しも動ぜずにリトに向かって言った。
「頭が高い。 礼儀を知らぬのか」
リトはかちんときた。
「いきなり人を捕まえる事は正しいことですか?」
姫は少し驚いたような表情をみせた。
「お前は何者だ」
姫は尋ねた。
「何者、って……。 ここの女官です」
「嘘をつけ。 デイ王子とどのような関係だ。 なぜデイをたぶらかす?」
姫は間髪入れずに言う。
「たぶらかす?」
驚いたのはリトの方である。 しかし姫は口調を強めて言う。
「デイはこの部屋に入った。 しかし私が入ろうとしたら何故か違う部屋に出る。 デイが部屋から出て行ってすぐお前が来た。 お前はどうして中に入れた? お前は何を持ち出した? デイと文のやりとりでもしてるのか? 未来の后は私だ。 デイに近づくな」
その口調から、リトはどうやらデイとの関係を姫が誤解していることは想像ついた。
さて、文のやりとり、ではない。 が、ここはどう言うべきなのか。
「……えっと、私は、この部屋でこの本を借りただけで。 デイ……王子とは、別に何も」
リトは視線を動かして手に持った世界甘味百科事典を見る。
「見せて貰う!」
姫は辞典を奪い取るとケースから出し、本を開く。 ぱらぱらとめくるが中には別に何て事無い甘味百科だ。
疑い深く何度もページをめくったり、振ったりするが、手紙の手の字も出てこない。
「おまえ、この部屋はいったい、何なのだ?」
姫は本を手にしたまま尋ねた。
「何、って、ラムール様の居室です。 御存知ないのですか?」
「センセーの、居室?」
姫は目を見開いた。
「それではこの本は、センセーの?」
リトは姫がデイのように「センセー」と呼ぶのが何となく可愛らしく思えた。
「はい。 ラムール様のです。 私、借りる約束をしていたので借りに来ただけです」
それを聞いて姫はもう一度本に目をやり、くすりと笑う。 その笑顔は意外と赤子のように素直だった。
「甘味辞典、か。 センセーらしい。 しかし、ならば私が入れぬ合点がいった。 でもお前は? なぜ入れる?」
「あっ、えっと、ラムール様の専属の髪結いをしていましたので」
リトがそう言うと、腕を掴んでいた近衛兵達が明らかに驚き、手を離した。
「勝手に離すな、私が離せと言うまで待て!」
厳しく姫が言い放ち、慌てて近衛兵達が再びリトの腕を”やさしく”掴む。
「離せ」
すると姫がすぐ命令を出し、近衛兵はリトの手を離すとうやうやしく頭を下げ、姫の背後に下がる。
リトは最初、姫の態度に腹がたったが、今は落ち着いてきた。
なんとなく、姫が空回りしているのが分かったからである。 裏も表もなく、ただデイの事が気になって、空回り。 そんな感じ。
「返す」
姫は本をケースに入れるとリトに返す。
リトが受け取ると、姫はじっとリトを見た。
「センセーの髪結い係なら、信用してもよさそうだ。 お願いがあるのだが」
お願い、は何となくリトには予想がついた。
「デイがいつも、どんな生活をしているか教えてくれないか?」
少し頬を赤らめながら姫が言った。
そう、この表情で分かる。 姫がデイにとても純粋な恋心を抱いていることが。