1- 2 「ただいまぁ♪」
「巳白さんはどうなったの?」
リトが弓に尋ねた。
「わからないわ」
弓は困ったように返事をした。
あれから巳白がどうなったのか。 リト達に知ることはできなかった。
なぜなら弓がリトの手を引いてその場を離れて村を出たからである。
拘束具を付けられたままの巳白の姿を見ていたい?と弓に言われ、リトもしぶしぶその場を後にしたのである。
でも、いったい、どういうことだろう。
ラムール様が呼ばれたのなら平気だとは思うが。
「でしょ? 巳白はラムールさんを呼んだから、もう平気。 私たちが長々とあの場にいる方がきっと巳白は嫌がるから」
それはそうかもしれないが。
色々と、口にしたいことはあった。
でも、弓の表情を見ると何も言えなかった。
平気そうなフリをした、弓の顔。
リトはぐっと唇を一度かみしめると気持ちを切り替えることにした。
そしてその後はあっさりと、リトの生まれ育ったオルガノ村まで来た。
100世帯ほどしかない、素朴な小さな村である。
「ただいまあ♪」
リトは気持ちよく村の中に足を踏み入れる。
弓は少し緊張しているのだろう。 きょろきょろと落ち着きがない。
「あっらぁ、リト、帰ってきたの?」
村の入り口に近い所に建っている家の窓から、気持ちよく太ったおばさんが顔をだして声をかける。
「帰省だからねー。 追い出された訳じゃないよー。」
リトは冗談半分に答える。
ホッホッホッ、とおばさんは高らかに笑う。
そして弓と目が合う。
弓は慌てて深々と頭を下げる。
「こりゃまあ……」
そんな弓を見ておばさんは目を丸くする。
「カワイイ子だねぇ、リト!」
「でしょー?」
リトも笑いながら答える。
弓は耳まで真っ赤になってうつむく。
「弓ー、こっちよー」
リトが手を引っ張る。
「お母さんによろしくねー、リト」
「はーい」
リトは軽く手を振ってずんずん進んでいく。
「びっくりした?」
そして弓に尋ねる。 弓はこくん、と頷いた。
少しおかしくなってリトはくすくすと笑った。
「リトの意地悪」
少し悔しそうに弓が言う。 弓は人見知り派なのだ。
「……それで、リトの家って、どのあたりなの?」
口を開いたついでとばかり、弓が尋ねる。
「ん? ここ」
リトはすぐ目の前の家を指さした。すると弓が慌てた。
「ま、待って、心の準備ができてないのっ」
……弓って、カワイイ〜。
リトはお姉さんになったような感じがした。
「まっ、いいからいいから。 入って入って」
「え? だって、やだ、ちょっと、待って、髪とか変じゃない?」
まるで結婚の申し込みに来たかのように慌てる弓の背中を押してリトは家の門をくぐる。
「だぁーいじょーぶだって」
リトはくすくす笑いながら玄関のドアを開ける。
「たっだいまぁー」
リトの声が家中に響くとカタカタと音がして奥から誰か来る。
弓がぴたりとリトの背中に張り付く。
「おかえり、リト」
エプロンで手を拭きながら、よく日に焼けた女性が出てきた。
リトの母親だ。
「ただいま、お母さん」
その言葉に弾かれるように弓は掴んでいたリトの服を離し、リトの真横に立つと頭を下げた。
「あ、あの、はじめまして、あの……」
「ああ、あなたが弓ちゃんね」
リトの母親はみなまで聞かずそう言った。
「リトと同室なんでしょう? この子、寝相悪いから大変じゃない?」
「お母さん! 弓は通いだから同室って言っても一緒に寝てる訳じゃないの。 そんな、言わなくていい事まで言わないで」
リトが文句を言う。
「あっはは。 そりゃあ悪かったね。 リト。 さあさあ二人とも何してるんだい。 さっさと中にお入りよ」
お母さんか色々言って入らせてくれなかったんじゃん、とブツブツ言いながらリトが家の中に入る。
弓も後に続く。
リトの家は木造二階建てで、家業が農業をしているからかどこかお日様の匂いのする家だった。