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【1部 迫害。】 1- 1  何をするの……!

「あ。 忘れ物」


 いきなり立ち止まって弓が言った。


「え?」

「どうしよう」


 弓は後ろを振り返り困ったように空を見上げた。


「取りに帰る……には、気づくのが遅い、かな」


 リトが言った。

 弓は頷き、ため息をついた。


「リトのおばあさまにお渡ししようと思っていた眼鏡入れ……玄関のカウンターの上に置きっぱなしにしちゃったわ」

「ああ、いいよいいよ。 また今度で」


 本当はちょっと残念だったが、だからといって帰れとは言えない。


「あーもう、悔しい」


 弓は少しすねながら歩き出す。


「また来意の勘に負けちゃった」

「来意くんの?」


 リトが繰り返す。

 来意。 類い希なる勘の持ち主である。


「絶対、絶対、忘れ物するって言うのよ。 何を?ってきいたらそれはわかんない、って。 だから何度も確認したのに、やっぱり忘れちゃった」

「役に立つのか立たないのか分からない勘だね」


 リトが苦笑いしながら慰める。


「巳白が届けてくれないならいいけど……」


 届けてくれるなら、の間違いではないかと思いながらリトは聞き流した。


「あっ、弓。 ほら、あの村で一休みしよ?」


 リトはそう言って目の前の小さな村を指さした。


「じゃあ、この村を抜けたらあともう一頑張りって感じ?」

「うん。 それはそうと、ここ、中に美味しいサイダー屋さんがあるんだよ」

「リトったら、名物に食べ物しか言わないのね」


 弓がクスクスと笑った。



+ 



 この村は南のスン村。 陽気な村である。

 村の中はみんなの笑顔で溢れ、新鮮な野菜なども売っているので、リトはよく家族と買い物に来たものだ。

 ちなみにそこで買い物が終わるまでの間に大人しくいさせるために買ってもらっていたのがサイダーである。

 村門を通り抜け、中に入る。

 にぎやかな村中。 リトは懐かしくて嬉しかった。


「あっ、ほら、あそこがサイダー……」


 リトがいきつけのサイダー屋さんを指さした時だった。


「キャアアア!」


 まるでこの世の終わりかと言わんばかりの狂ったような悲鳴が上がった。


「えっ? 何?」


 リトは驚き辺りを見回す。

 弓の動きが止まる。

 リトと弓、二人を残して、周囲の者はみな慌てて家の中に入ったり、遊んでいる子供の手をむりやり引いて物陰に隠れ出す。


「えっ? えっ?」


 リトは訳も分からずにきょろきょろと周囲を見る。

 弓は?

 弓は、両手で荷物をぎゅっと握り、唇をかみしめていた。

 そのとき。

 バサリ、と羽音がした。

 リトは音のした方を見る。

 そこには太陽を背にした、片腕の有翼人間が浮かんでいた。

 巳白だ。


「あっ、巳白さんだよ、弓」


 リトはほっとして言った。 おそらく彼は弓の忘れ物を届けに来たのだろう。

 おーい、と、リトが手を振ると、巳白はゆっくりこちらへ降りてくる。


「弓。 忘れもの」


 地面に降り立つと、巳白はそう言いながら持っていた袋を弓に手渡した。


「……ありがとう」


 弓の口調が緊張している。


「じゃ」


 しかし、巳白は何も気にせず、軽くそう告げると再び翼を広げて空に――


「今だっ!」


 男の合図らしき声が響いた。

 パウン、パウン、パウンと三度、銃の音が鳴り響き、巳白の頭上に魚取りの網のようなものが3つ広がった。


「んっ!」


 巳白が声を出す。

 三つの網が巳白の体と翼にからみつき、巳白は体制を崩した。


「それ、行けっ!」


 すぐさま十数人の男の村人が、巳白に飛びかかった。

 さすまたや棒で巳白を押さえにかかる。


「ちょ、ちょっと、何を……!」


 リトは慌てて止めに入ろうとした。


「どいて!」


 だがしかし、村人から突き飛ばされててリトも倒れそうになる。 それを慌てて弓が支える。


「早く早く! 拘束具! 拘束具!」


 辺りは村人の怒号でいっぱいになった。 村人が鉄でできた手錠のような拘束具を持ってくる。


「足に! そして翼に!」


 巳白を取り押さえた男達が必死の形相で指示を出す。

 村人が手を振るわせながら、足と翼にその拘束具を取り付ける。


「何するの、やめて!」


 リトは叫んだ。

 信じられない光景だった。

 幼い頃から慣れ親しんできた村の人達が、今まで見たこともない、鬼のような形相で暴徒のように寄ってたかって巳白をがんじからめにし、押さえ、殴り、拘束具を付けて彼の自由を奪っているのである。

 片腕の、巳白を。

 村人は巳白の翼に頑丈な拘束具を取り付けるとやっと動きを止めた。

 みんな肩で息をし、無我夢中で必死に事を終えたようだった。


「は、は、はは。 これで一安心だ」


 男の一人が力が抜けたかのように呟く。


「なっ……!」


 リトはカッときて、駆け寄ろうとした。

 そのリトの手を弓がつかんだ。


「弓?」


 リトが振り向くと、弓は小さく首を横に振った。


「……え?」


 どういうことだろう。

 弓は巳白がいきなりこんな仕打ちを受けても平気なのか?

 すると、押さえつけられたままの巳白が言った。


「保護責任者への連絡を希望します。 保護責任者は、ラムール」


 ラムールの名を聞いて、ざわ、と周囲が反応した。


「翼族捕獲時における緊急連絡弾、での連絡を、希望します」


 ゆっくりと、事務的に巳白は言う。


「ラムール様に?」


 村人が顔を見あわせる。


「そうよ、ラムール様に連絡して!」


 リトが叫んだ。

 村人の一人がそれを聞いて威圧的に言った。


「拘束具は外せんぞ」

「構いません」


 巳白は頷いた。

 




 ほどなく、信号弾が空高く打ち上げられた。

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