【2部 過去】 2- 1 ラムールさんびいき
「リト? 少しは具合は良くなった?」
陽炎の館のソファーに寝かされたリトに弓が話しかける。
冷たい冷やしタオルを額に当てたまま、リトはこくんと頷く。
「弓ちゃん。 スープ作ったよ。 リトちゃんに食べさせて」
そこに清流がスープ皿を二つ持ってやって来た。
一つを弓に渡し、もう一つはテーブルに持っていき、さっさと口にする。
「にしても、どうして……」
スープを飲みながら清流がぐちぐちと呟く。
清流が何に腹をたてているかは明らかだった。
『巳白は歩いて城下町まで帰り、私の事務室で今回の件の報告書作成が終わるまで陽炎の館に帰宅はできません』
そう言ってラムールが巳白の帰宅を許さなかったからだ。
巳白も体中、打撲だらけできついだろう、せめて城下町まで、とか飛べるラムールさんが連れて行けばとか、拘束具を外せば、というみんなの意見をことごとく「規則です」の一言ではねのけたのだ。
リトも巳白が可哀想だと思った。 城下町に行くには何カ所か村を通らなければならない。
拘束具をつけられた巳白と教育係ラムール、目立つ事は間違いない。
いや、巳白がさらし者のようですらある。
しかし、何もできなかった。
それどころか、巳白は逆に清流達を叱りつけたのだ。 ラムールさんの言うことは聞けと。
そしてラムールも
『こうなるのが嫌なら巳白は今後、身勝手な行動をしなければよいのです』
とまで言い出したのだ。
リトは何か言い返したかったが貧血を起こしたこともあり黙っていた。
そして現在に至るという訳である。
「諦めようぜ、清流。 巳白がラムールさんびいきだって事は今に始まったことじゃないぜ」
事情を聞いた世尊が言った。
清流は一言も発しない。
すると来意がいきなり立ち上がりコーヒーを入れ始めた。
その様子を見て羽織が言う。
「誰か来る?」
「うん、佐太郎さん」
来意が言い終わると表のドアがノックされた。
巳白とラムールは一言も話さず黙々と山道を歩いていた。
ラムールが先に、そして半歩後から巳白が歩いた。
巳白はラムールの横顔をじっと見た。
――苛立っている
無表情を装ってはいるのの、ラムールが非常に苛立っているのが巳白には分かった。
何に苛立っているのかは分からなかった。 しかし、巳白に対して苛立っているようには思えなかった。
――俺は、八つ当たりされてもいいんだけどな。
巳白はふとそう思った。
「村の中を横切らなければならないが、どうする?」
いきなりラムールが尋ねた。
「は?」
思わず間の抜けた声が出る。 ラムールは気にせず続けた。
「嫌なら迂回するか、村の中でも人目につかない路地を行くが」
「あ、えーと」
巳白は一瞬考えた。
「そのままで平気っす」
それを聞いてラムールが足を止めた。 巳白はぶつかりそうになってあわてて止まった。
「平気――か?」
ラムールが目線だけ斜め後ろに流して尋ねる。
巳白は少し、ほんの少し嬉しそうに言った。
「母さんと、俺の本当の父も経験したことがあるから。 俺にだって出来ますよ」