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 1-16 老師が

「それもちょっと違います。 老師は元々剣士であちこちの人を助けたと最初に言ったでしょう? でもね、老師は助けた先で自分の事を詳しく話していったりはしなかったのですよ。 私も老師がどこで何をしてきたかは知りません。 自慢話などは一度も聞いたことはありませんし。 でも、お世話になったという人から話を聞くと、救世主、としかいいようのないことばかりしてまして」

「あ、僕も聞いたことがあります」


 来意が言った。


「老師は天変地異を止めたとか、疫病にきく薬を取りに魔物が住む山に入っていったとか」

「天変地異を止めた? どうやって?」


 羽織が尋ねた。


「知らないよそんなの。 ただそんな感じに両親が聞かされてきて、僕を預けようと思ったらしいから」


 少しふくれて来意が答える。 ラムールは続ける。


「私が聞いたのも似たようなものですね。 特に老師が人助けをしたのは昔の話ですから知っているのは必然的に今はお年を召した方ばかりな訳でして。 誇張表現も含まれているかもしれません。 それでも助けて貰った人達はずっと感謝していたそうです。 どこの誰かは知らないけれど命を助けてもらったのだ、大切なものを守って頂いたのだ、このご恩は決して忘れまい、いつか恩を返せるときがきたならば必ず返そう……と思っていたそうです」


 うんうん、と羽織が頷く。


「ところが誰も、老師がその時の恩人とは気づかずに、それどころかスイルビ村の北の孤児院で異生物を育てている危険人物だと迫害し、拒絶していたのです。 老師が自分たちの恩人と気づいたのは、老師が隕石を消滅させたとき。 自分たちが筆舌に尽くしがたいほど老師に恩を仇で返した後だったのです」

「それで……」


 リト達にも納得がいった。 村民達にどことなく「謝罪」のような雰囲気を感じたのは。


「人間はそんな所が浅はかなんだよね」


 目に入った小石を蹴り上げて、清流が言った。


「翼族の長である新世母さんの事も散々迫害してさ。 新世母さんは優しすぎたよね。 ぼくなら絶対に人間……」

「清流!」


 巳白の鋭い一喝が清流の言葉をさえぎる。


「気持ちは分からないでもありませんよ」


 ラムールがそう言った。 


「ラムールさんが?」


 皮肉気味に清流が言った。


「どういう意味かな?」


 ラムールも皮肉気味に答えた。

 リトが初めて耳にするラムールのものの言い方だった。

 喧嘩を売っているようにも聞こえた。


「いいえ別に。 ラムールさんにとっては人間界の平穏を守ることの方が大事かな、と思ったもので」

「大事ですよ」


 ラムールはすかさず答えた。


「ここは人間界です。 人間界の平穏を守ることが一番です」


 清流が足を止めてラムールを(にら)む。


――いけない。


 誰もがそう思った。

 が。


「リトっっっ??!」


 弓がそう声を上げて、リトの体を起こした。

 起こした?

 リトはゆっくりと目をあける。

 いつの間にか、リトは腰を抜かしたかのように地面に倒れていた。 目の前が薄暗い。 貧血のようだった。


「え……っと」


 かなり日も高く登っていた。 天気も良く、朝から何も口にせず山道を歩いてリトは疲れたようだった。


「大丈夫?」


 みんながリトの顔を心配そうに見つめていた。


「あっ、大丈夫。 大丈夫……っと」


 リトは慌てて立ち上がろうとするがよろけ、清流が慌ててその体を支える。


「リトちゃん、これ食べて」


 清流が懐から小さな木の実を一つ出す。

 食べたい。 だが、喉も渇いて食べる気がしない。


「これはいけない」


 ラムールが(のぞ)き込んだ。 そして手をかざそうとする。

 しかし清流がラムールの手を払った。


「先に陽炎の館に連れて帰ります」


 そう言うが早いか、清流はビュウと指笛を吹いた。 程なくして大きな犬のような生物が緑色の毛を風になびかせながら空を飛んできた。 ムササビ犬である。

 リト達はムササビ犬に乗って宙を飛び、山を越えて陽炎の館へと帰ってきた。

 巳白とラムールを残して。

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