1-15 どういう事ですか?
「どういう事ですか?」
すかさず来意が尋ねた。
ラムールはほんの少し、しまった、という顔をした。
「誤魔化すのは無しで」
来意が更に付け加える。
フフッ、とラムールが観念したかのように息を吐く。
「仕方ありませんね。 別に隠すことでもありませんし。 ――君たちはこの世界が隕石と衝突して滅ぶ手前まで来た事を覚えていますか? もう12年近くも前の話ですが」
弓とリトは顔を見あわせる。 自分達は2,3才だ。
「僕はあります」
来意が答えた。
「そのころから、みんなが僕の勘が異常だと言い出して、結果的に陽炎の館に預けられることになりましたから」
「では、老師に会ったことは?」
「それは――ありません。 でも、すごい人だとは聞きました」
ラムールは頷いた。
「老師は元々、剣士でね。 凄腕だったらしい。 さらに、魔法能力は無かったけど魔剣を扱わせたら右に出る者はいなかったそうだ。 どこにでも現れ、誰でも助け、この国の危機も、他国の危機も、何度も救ったことがあったそうだ」
ラムールの眼差しが遙か遠くを見る。
「老師は各地で多くの人を救った。 でも、老師は自分の事を多くは語らなかったから、助けて貰った人も老師がどこの誰だか知らなかった」
みんなが歩きながらラムールの話に耳を傾ける。
「老師はある時、人間の男の赤ん坊と翼族の卵を戦火で滅んだ村の跡地から拾ってきた。 翼族の卵からは翼族と人間のハーフの姿をした女の子が生まれた」
――翼族の卵なのに、ハーフが生まれたの?
リトは一瞬混乱した。 ラムールの話は続く。
「老師は国王に直訴なさった。 この二人を育てると。 ……その頃、まだこの国では異生物の血を引く者の居住権は認められていなかった。 しかし国王は老師たっての、はじめての願いだったので受け入れて下さったのです」
ラムールははそこまで話すと、しばらく何も言わずに歩いた。
前を見て歩いているが瞳は現実世界ではなく過去の出来事を眺めているかのようだった。
ザッ、ザッ、と足下の土の音だけが響く。
「そして――」
ラムールが再び口を開いた。
「拾われた人間の男の子と、翼族の卵から生まれた女の子は次第に愛し合うようになりました。 ――ええ、勿論、それが一夢と新世です。 でも……愛し合ってはいましたが、翼族の血を引く新世に与えられているのは居住権のみ。 夫婦になることは勿論、論外です。 それどころか……いえ、この話は脱線するから省きましょう」
「聞きたいです」
弓が言った。
「迫害された、という話ですよ。 たいした話ではありません」
ラムールはあっさりと打ち切った。
「そんな中、隕石がこの星に衝突してこの星そのものが無くなってしまうという、占星術師の報告がありました。 調べてみるとそれはまず間違い無く、この星あげて、大騒ぎになりました。 そこであらゆる者が知恵を出し合って一つの方法にたどり着きました。 術を使って星を別の空間に運んでしまおうという計画でした。 普通の人間にはその術を使うには体も精神も耐えきれない。 そこで白羽の矢が立ったのが、新世でした」
「母さんが……」
巳白が呟いた。
――お母さん???
リトは面食らったが誰も気づかない。
ラムールは続ける。
「丁度その頃私は王子付教育係の試験を受けている最中でしたから、ここから先は人から聞いたことになるので絶対にそうだった、と断言はできないのですが……隕石が近づいたその日、国民は地下シェルターに避難しました。 老人を残して。 おそらくあなたがたも全員どこかの国で避難していたはずです」
――地下シェルター……そういえば、村の裏の森の奥にみんなで入ったことがある
と、リトは思った。
狭い部屋はぎゅうぎゅうで暑く、母親に抱かれて、母親がガタガタ震えていて、私は何がおこっているか分からなかったけど、見ているだけで幸せになれるあの――あの?
リトは目を閉じた。
何をしたっけ?
いや、思い出せない。
「ラムールさん。 どうして老人を残して、なんですか?」
羽織が尋ねた。
「隕石衝突の件が国民に知らされたのは隕石が衝突する日のほんの数日前でね。 避難所の場所が足りなかったのですよ。 ですから老人達は自分たちの子孫の為、人間の壁となり地下シェルターの前に立ち、少しでも隕石の衝突から守ろうとしたそうです。 無論、本当に隕石が落ちたら何の役にも立たないけれどね」
「そこで新世母さんが術を使ってこの星を助けたんですね?」
顔を輝かせて清流が言った。
しかしラムールは首を横に振った。
「――新世は、失敗したそうです。 いいえ、そもそも新世に行わせようとしていた術式や魔法陣の方程式にミスがあったのだと思います。 しかし新世は諦めずに自分の命と引き替えに別の術を使おうとして――そのとき、老師がやってきました。 老師は天高く舞い、宙に炎の龍を呼び稲妻の麒麟に跨り虚無の嵐を身にまとい、陽炎の剣を一降りして、隕石を跡形もない位、粉々に粉砕して消滅させたそうです」
ラムールを除く全員が、息をのんだ。
「天高く舞い……」
「宙に炎の龍を呼び……」
「稲妻の麒麟に跨り」
「虚無の嵐を身にまとい……すげぇ」
そう言いながらアリドがちらりと羽織が背負った剣を見る。
「陽炎の剣を一降りして、隕石を消滅させた……」
みなの視線が陽炎の剣に注がれる。
「そうやって星を救ったから、みんな感謝してるんですね?」
清流が尋ねた。 しかしラムールは首を横に振った。