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 1-13 召し上がりませんか?

 清流の周囲の空気が彼の気持ちに反応するかのように荒く波立つ。


「清流! 俺は平気だから落ち着け」


 間髪入れずに巳白が一喝する。 清流は波だった空気を鎮め、ゆっくり細く深呼吸をし、理性を保とうとした。 それを見て巳白がほっとしたように息を吐く。


「早く、この忌々しい鎖や縄を外してくれますか」


 怒りに震える声で清流が言った。

 それを聞いた男の一人が言った。


「それはできん」 

「どうして!」


 一瞬で清流の怒りは頂点に達し、その男の襟首を締め上げた。


「やめろ清流!」

「ダメ、清流、離して」


 羽織と弓が清流を引き離す。 すかさずアリドが清流と村民の間に立つ。

 ケホケホとむせながら男は言う。


「保護責任者が来ない限りは翼族調査委員会に引き渡すきまりになっている!」

「な……! 翼族調査委員会なんて所にやられて……!」


 再び男に殴りかかろうとする清流をアリドが押さえる。


「ラムールさんは俺の場合と違って必ず来るから、な? 落ち着け、清流」


 六本腕に押さえられたら清流も手も足も出ない。


「来ないかもしれないじゃないか!」


 清流が鋭く言い返す。

 リトは思わず両手を握りしめて祈った。

 ラムールさま、早く来て。 早く来て巳白さんの縄を解いて。 そして村の人達に、なんてひどいことをするのだとお怒りになって!


「もう――来るよ」


 来意がよく通る声で言った。

 しぃんと部屋が静かになった。 

 すると外で、誰かが和やかに話しながら歩いてくる気配がした。

 その気配はどんどん家に近づくと、扉が勢いよく開いた。


「ここでございます。 ラムール様」


 まるで気軽なパーティに招待でもしたかのように、明るい口調で男が入ってきた。


「お手数かけました。 村長」


 そして同じように明るい口調で、一人の青年が一歩、部屋の中に足を踏み入れた。

 部屋中の村人達がその青年を見て、感嘆したようなため息を漏らした。

 栗色の長髪を後ろで束ね、すらりとした物腰と、知的な顔と、女神かと見まごうような美しさ。


 テノス国王子付教育係、ラムールだった。


 ラムールは部屋の中にリト達がいるのに気づくと、一瞬軽く驚いたように足を止め、そしてそのまま巳白に近づいた。

 巳白の顔を見ると、ラムールはにこりと微笑み村長の方を向いた。


「私が保護責任を担当している翼族のハーフに間違いありません。 ご安心下さい」


――ご安心下さい?


 リトは思わず我が耳を疑った。 

 私が来たからにはもう安心しろ、巳白、と言うのが本当ではないのか?

 安心しろ、と、その言葉を村人に言うのか?


「取り押さえるときに多少怪我を負わせてしまったのですが……」


 村長がほんの少し言いにくそうに伝えた。


――これが多少?!


 リトは声を大にして叫びたかった。

 ところが。


「いえいえ。 こんなものでしょう。 お気になさらずに」


 ラムールはあっさりと、気にしていないように言った。


「早く縄を解いて下さい!」


 その時、清流が叫んだ。

 ラムールは一度、村長と目を合わせると穏やかに言った。


「帰るには歩かねばならないから縄は解けるが、翼につけた鎖は無理だ。 縄だけ解いてあげてくれ。 羽織」

「はい」


 羽織が素早く巳白に近寄るときっちり締め上げられた縄を解く。


「鎖はなぜ……!」

「規則だ」


 清流の問いに即座にラムールは厳しい口調で答える。

 縄を解かれた巳白は手足をかるく振って息を吐いた。


「さて」


 するとラムールがひときわ明るい声を出した。


「迎えに来るのが遅くなりましてご迷惑をおかけしました。 みなさん夜通しの警備もしてお疲れでしょう?」


 ラムールはどこに持っていたのか、大きな重箱の入った袋を取り出した。


「おにぎりをこしらえてあります。 どうぞ召し上がって下さい」


 おにぎり?????


 リトはラムールが何を言っているのか理解できなかった。

 しかしラムールは何も気にしていないとばかりに重箱を近くにあった机の上に置くと蓋を開けた。

 中にはできたてほかほかのおにぎりがぎっしり詰まっている。


「ささ、村長。 どうぞ」


 ラムールがそれを差し出すと、村長が恐る恐る一つ手に取り、口にする。


「ほう! これは旨いですな」


 思わず村長の口から感想が出る。


「それは良かった。 私も作ったかいがあったというものです」

「ほう……! 自らお造りになったというのですか。 ほら、お前達もいただかんか。 教育係様がお造りになったお握りなんぞ、そう滅多に口にできないぞ」 


 部屋の中にいた村人達がざわざわとざわめき、まずその場にいた老人達がうやうやしく近づくとおにぎりを手に取り口にした。


「巳白もお腹がすいただろう。 食べなさい」


 ラムールがそう言うと巳白は喜んで一つ手に取り口にした。

 そしてたてつづけに三つ、ぺろりと完食である。


「羽織達も食べなさい。 沢山あるから他の人にも分けて差し上げて」


 羽織と来意、弓にアリドもそう言われるとさっさと近づいておにぎりを手に取りほおばる。


「んま」

「ん」


 羽織達はそれぞれおいしそうに食べると、部屋の中の男達におにぎりを配り出す。 最初はどうしようか迷っていた村人達も一人が食べ、二人が食べ、ついには教育係様が握ったありがたいおにぎりだから家族に持って帰ると言い出す者まで現れた。

 これを食べたら頭がよくなるだろうねぇ、等と村人が言い、どっと部屋中に笑いが起こる。

 ラムールも笑っている。


「リト……? リトは召し上がりませんか?」


 ラムールがリトに気づいて声をかけた。


「……朝はあんまり食べたくないから、いりません」


 リトは答えた。

 本当はお腹はペコペコだった。

 でも、体中がアザだらけ、そして翼にはよく分からない拘束具が着けらけれた巳白がいるこの部屋で、あんなに和気あいあいとお握りを食べるなんて。

 リトはそんなこと、したくなかった。

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