11-3 現れた2人の翼族
朝日が目にまぶしかった。
リトはほんの少し、よろめいた。
「リトっ」
慌てて弓がリトを支える。 羽織達も駆け寄る。
「あはは、ちょっとだけ、疲れちゃったかも」
リトは疲れた笑顔で応えた。
巳白が申し訳なさそうな顔をしながらリトの側にくる。
「ごめん。 リト。 ……弓も。 怒ってるだろ?」
巳白はそう言った。
しかしリトは首を横に振り、弓も俯いただけだった。
危険な目に遭ったのは事実だったが、これだけボロボロに……片翼も折れてしまったほどにボロボロになってまでリトを守ろうとした巳白を責めることなんて、二人にはできなかった。
「ごめんな?」
もう一度、巳白は言うと弓の頭を撫でた。
弓が顔を上げる。 その顔には怒りと、悲しみと、切なさとが入り交じっていた。
「……ばかっ!」
どうしようもない思いが、弓にそれだけ言わせた。
「上等」
巳白がわらった。
「なぁ、巳白? あの男……じゃなかったぜ、おじさん?が、お前と清流の忘れ物って言ってたぜ? お前のって何だぜ?」
世尊が興味を抑えきれずに尋ねた。
「世尊っ!」
清流が慌てた。
しかし巳白は、にっ、と笑った。
「見るか? 俺の腕」
「うっ?」
「腕ぇっ?」
世尊達が一歩後ずさる。
「ま、正確に言えば、俺の腕の、骨」
しかし実に巳白はあっけらかんとしている。
「い、いや、悪かったぜ、ごめん」
「別に悪く思うなって。 さっきチラっと見たけど、ちっこくて、鳥かなんかのモモ肉の骨って感じだったぞ」
しかしみんな揃って首を横に振る。
「根性ないなぁ、お前達。 アリドなら絶対喜んで見るのに」
巳白は軽やかに笑う。
なんて強い人なのだろうと、リトは思った。
「しっかしよぉ? 巳白。 お前の翼はどうすんだぜ?」
世尊が話題を変えて巳白の翼を指さした。
それはリトも気になっていた。 ただ、口に出して尋ねきれなかった。
「そうだよなぁ。 医者なんてかかったこと無いし……」
羽織が言った。 そう、診てくれる医者がいるとは思えない。
「ラムールさんも治療する気はゼロだったしね」
来意が言った。 そう、ラムールも見放してどこかに行ってしまった。
「あれでホントに保護責任者って言えるよね」
清流も毒づく。
それもそのはず、ラムールは……と、リトは考えて、それ以上考えないように激しく首を横に振る。
「清流」
そしてやはり、巳白はラムールを悪く言うと、たしなめるのだ。
それはラムール流に逆らうと殺滅されるからなのか、別の理由があるのかは、リト達には分からなかった。
「とりあえず、ウチに帰ろうか。 清流、モモンガ呼べる?」
羽織が明るく言った。 清流は笑顔で頷き、モモンガ犬を呼ぼうと、指笛を作って空を見上げた。
フィ、と軽く指笛が鳴りかけたその時、清流は動きを止めて「それ」を見上げた。
「?」
「?」
清流の不自然な動きに、羽織達も振り返って彼の視線の先を見る。
そして、動きを止める。
「え? どうしたの?」
リトと弓はみんなの動きを不思議に思い、彼らと同じように背後を振り返って、見上げた。
そこには、空があるはずだった。 いや、空は確かにあった。
ただ、朝と夜の終わりが混じった空に、静かに浮かぶ「彼ら」がいた。
一人は、まるで艶やかに流れる滝のように滑らかな深緑色の長髪。 もう一人はカールされた薄い金色の短髪で、道化師のような笑顔を浮かべている。
二人とも、その耳は笹の葉型に尖り、背中には大きな白い翼。
――このひと達!!
リトは思いだした。
巳白の記憶を体験した時に出てきた翼族だった。
「ジョルジュ様! ボーン様も! いったいどうしてここに?」
まず清流が嬉しそうに二人に話しかけた。
清流とは対照的に、羽織達は戸惑っていた。
「こ……こんにちは」
一応、反射的に羽織が挨拶をする。 リト達も併せて軽く会釈する。
翼族の二人はどこか無表情に、微笑んだ。
「巳白。 翼を怪我したナ? かナり重傷みたいだナ?」
先に口を開いたのは短髪の翼族だった。
巳白は黙っている。
リトは不安になった。 翼族の彼らに、誰が、何と説明すればいいのだろう?
狂った翼族にやられたと? いや、レセッドは狂っていなかった。 狂っていなかったのだから、翼族の彼らは「翼族は翼族を呼ぶ」通り、レセッドを助けに来たのだとしたら?
でも、今はレセッドはいない。
なら、ラムールが殺滅したと告げるのか?
告げたら翼族の彼らは怒るのではないか?
リトは真っ青になって、弓の服のすそを、ぎゅっと掴む。
弓が少し驚いて、リトを見て、小声で告げる。
「あ……、リト。 大丈夫よ」
しかしその声は思わず辺りに響いて、全員がリトに注目してしまった。
「おヤおヤ。 真っ青だ」
短髪の翼族が可笑しそうに言った。 長髪の翼族が表情を変えずにゆっくり頷いた。
「この娘とは初めて会うな」
リトは思わず目を逸らした。
「――あー、その、ジョルジュ様、ボーン様。 彼女はただの人間ですから、あまり気になさらないで下さい」
清流が言った。
「リトちゃん。 大丈夫だよ。 この方々は、翼族界で関白の役目をされているジョルジュ様と、補佐のボーン様。 とても素晴らしい方々だから、緊張しちゃうのも分かるけど」
そういう理由で青くなった訳ではなかったが、リトは頑張って頷いた。
ジョルジュは少しの間、黙ってリトを見た。 しかし特に何を言うでもなく巳白を向いた。
「巳白。 その傷つき具合では、人間界で治癒するよりも我が翼族界で治癒した方が治りは早いぞ」
巳白が目を逸らし、清流が息を目を輝かせた。
「ジョルジュ様! 兄さんを治療してくださるのですか?!」
ジョルジュが頷く。
「長から生前に頼まれていたからな。 治療がてらこっちの世界に遊びに来ればいい。 もし望むなら、清流。 お前もだ」
「ぼくも!? 本当ですか?」
清流の顔が紅潮する。 それを見ていたボーンが言った。
「清流の翼ハ、このまま人間界に置イておくと再び人間が欲しがって面倒が起コる可能性もある。 翼族の証ナんだから、翼族界に持ってきて保管シていた方がいいだろうし」
清流は自分の翼を抱きしめたまま、激しく首を縦に振る。
「うれしいなぁ……! ぼく、翼族界に行ってもいいんですね?」
今まで見たことのないくらい上機嫌な清流がそこにいた。
「翼を持ツ者は入る権利を持ってイるからナ」
ボーンは、にこりと、わらう。
ただ巳白がもどかしそうに清流を見つめる。
それを見ていたジョルジュが尋ねた。
「巳白。 どうするんだ?」
巳白はジョルジュを見て、意外とあっさり言った。
「行きます」
それを聞いたジョルジュは嬉しそうに微笑んだ。
「ならば早々に行こうか。 迎えに来た甲斐があったというものだ」
言うが早いか、二人は巳白達の前に降り立った。 それぞれが巳白と清流に手を差し出す。
「飛べないだろう。 つかまりなさい」
清流は喜んでボーンを掴んだ。
巳白はジョルジュを少しだけにらみながら掴む。
そこに来意が口を出す。
「あの――どの位ですか?」
ジョルジュは小さく笑い、こちらの時間で約一ヶ月、と答えた。
世尊達が目配せをする。
巳白が続けた。
「治ったらすぐ帰ってくるから」
清流がつまらなさそうに声をあげた。
「えー」
「清流。 4人揃わないと陽炎隊として活動できないんだから文句言うな」
巳白が諭す。
はぁい、と、軽く清流が返事をするとジョルジュとボーンはふわりと宙に浮かんだ。
巳白と清流も宙に浮かぶ。
「お前達。 仲良くしてろよ」
巳白が心配そうに言う。 羽織達は軽く手を上げて応えた。
「イくぞ?」
ボーンが言った。
次の瞬間、二人の翼族と、二人のハーフの姿は、消えていた。
空はもうすべてが朝の色だった。