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11-2 夜明け

 ラムールは巳白の周りを回りながら、そのボロボロになった姿を確認する。

 巳白は申し訳なさそうにうつむく。

 ラムールは黙っていた。 ただ、とても不機嫌そうだった。

 巳白が口を開いた。


「……すみません」


 それを聞いたリトは巳白が謝ることは無いと言おうとした。

 だが、巳白はそれをリトに望んでいないようだった。

 リトはそんな巳白の視線に気づき口ごもる。

 ラムールは大きくため息をついた。


「巳白、どうするつもりですか?」


 ラムールが投げ出すように告げた。


「私は忙しいから巳白にまで構う余裕はない。 勝手にしてくれ」


 そんなラムールに、羽織達が声を荒げた。


「それってどういう事ですか!」

「あんまりだぜ!」


 しかしラムールは気にせずにトシの方を向く。


「シルバーメンバー296、トシ並びにシルバーメンバー562シンディ。 ゴールドメンバーの名において命ずる。 今回の件は私が屋外巡回中にレセッド・アルバタイン・ロスを殺滅したと報告しておく。 よってお前達からの報告不要。 巳白の怪我の件についても同様。 今夜は何も起こらなかった、私が殺滅権を行使しただけだ」


 トシは黙っていた。 彼には拒否権は無かった。

 ラムールは続けた。


「それではこの行動室を閉じる」


 言うが早いか、ラムールは大きく一度、柏手を打つ。

 するとなんという事だろう。 一瞬にして地下の行動室は跡形もなく消え去り、そこにいた全員が空き地の上に立っていた。

 ラムールと、地面に跪いて嗚咽しているシンディ以外の全員が驚いて辺りを見回す。

 同時にトシとシンディの鞄類がバラバラと音を立てて地面に落ちる。

 行動室の痕跡はどこにもない。

 まるでこの空き地の上で全員が幻でも見ていたかのようにも思えた。

 ラムールは地面に落ちている小さなチップをつまみ上げた。 チップはボロボロに焦げて割れていた。 それは行動室の素だった。

 ラムールの掌の上でチップは青い光に包まれて空気に消えていく。


「消滅完了」


 最後のひとかけらが空気に解けるのを確認するとラムールはそう告げた。

 トシが言った。


「あんたがゴールドメンバーっていう証拠を無くすためか。 ゴールドメンバーは素性が割れるのを極端に嫌うと言うからな」


 ラムールはトシを見た。

「朝にはこの国を立ち去るがいい」


 皆がざわめく。


「朝って……」


 東の空は微かに白みを帯びてきていた。 トシが慌てて言った。


「ち、ちょっと待ってくれ。 俺は俺の甥である巳白や清流と話がしたいんだ。 いや、話をしなければならないんだ。 せめて今日一日……」


 しかしラムールはトシの言葉を強い口調で遮った。

「私のなわばりを荒らした罪だ。 この国で次に会った時は命は無いと思え」


 そして羽織達に告げる。

「今回の事は他言無用。 これは命令です」


 ラムールはリトを見る。

「あなたも」


 ただ一言だけだったが、それは冷たくリトの胸に染みこんだ。

 術をかけられた

 一瞬にしてリトはそう悟った。

 まるでラムールが別人のように思えた。

 ラムールがやりたいように支配されている気がした。

 いや、間違いなくその通りだった。

 ラムールは一度、全員の顔を見回してから言った。


「それでは後は知りません。 私は用があるのでね。 失礼」


 そしてラムールは勢いよく飛び上がり、北の空へと飛んでいく。

 一番最初に口を開いたのは清流だった。


「兄さんが――兄さんが、ラムールさんの言うことは必ずきけって厳しかったのは……ラムールさんが委員会メンバーだったからなの?」

 

 巳白はただ黙っていた。










「リト、大丈夫?」

 弓がリトに駆け寄った。


「あ、うん。 私は平気なんだけど……」

 リトは弓に寄り添いながら視線を横に逸らす。


 リトの視線の先には片翼が折れてしまった巳白と、座り込んだまま肩を震わせて泣き続けるシンディがあった。

 そんなシンディに、トシがそっと近づいてひざまづく。


「とにかくシンディ。 俺達はすぐこの国を出ないといけない事だけは確かだ」


 しかしシンディは首を横に振って泣き続けた。

 トシは軽くため息をつき、立ち上がる。


「このままここにいて、殺される訳にはいかないんだ」


 そう言って覚悟を決めたトシの瞳は、確かに巳白によく似ていた。

 トシは地面にちらばった荷物を鞄につめる。 そして金属性の箱を手にとって巳白の側に行く。

 何か言おうとする清流や羽織達を、巳白の手が軽く上がって制した。

 トシは巳白と向き合った。

 そしてゆっくりと、鞄を差し出した。


「これが――約束の、君と清流の忘れ物だ」


 巳白は頷き、右手を伸ばしてそれを受け取った。


「ぼくと兄さんの忘れ物?」


 清流が不思議そうに声を上げた。 

 トシが清流を見る。


「ああ。 あの日村人に切り落とされた君の翼と――」


 それを聞いて清流達が息を飲む。


「だから、兄さんは……」

「それで巳白は黙ってお前達の言うこときいてここまで来たって訳だぜ?」

「なんて事を……」


 羽織達の表情に怒りがこもり、羽織の手は背に背負った剣へと伸びた。


「羽織、落ち着け。 弓、頼む」

 巳白が制した。


「羽織様」

 弓が羽織に声をかける。 羽織の手が下がる。


「開けていいですか?」

 巳白が問い、トシが頷く。


 巳白は地面に座り、鞄を置いた。 鞄には簡単なロックしかかかってない。 巳白は震える手でロックを外す。

 カコン、と軽い音がして蓋が開く。 ふわっと白く淡い光がもれる。

 巳白が大きく目を見開く。 清流が横に座る。

 巳白の手が鞄の中から、その真っ白な一対の翼を取り出す。

 鞄にすっぽりおさまる位の、小さな、小さな子の翼――。


「ぼくの翼だ」


 清流がその翼を両手にとり、目を閉じてきつく抱きしめた。


「ぼくの翼だ」


 清流の頬を涙が伝った。 そして目を開けて巳白を見る。

 清流と目が合った巳白が言った。


「守れなくて、ごめんな」


 清流は首を横に振った。

 そして巳白は立ち上がると、トシに向かって頭を下げた。


「伯父さん。 ありがとうございました」

「え?」


 驚いたのはトシだった。


「伯父……と? 俺を、伯父……と?」

「だって伯父さんなんでしょ?」

「いや、しかし……、でも、俺は、君にひどいことを……」


 巳白は首を横に振った。


「俺、いや、ぼくには、清流の翼は絶対、二度と取り戻せないって、思ってました。 でも、こんな完全な形で清流の翼が戻ってきたのは……理由はどうあれ、伯父さんが手に入れてくれてたからだし」


 巳白は恥ずかしそうに頬をかいた。


「それに、さっき、俺の大事な甥っ子って言ってくれた事、嬉しかったから。 すっごく、嬉しかったから」


 そう言って、巳白は微笑んだ。

 トシがうろたえる。


 俺は、殺すつもりだったのに。

 俺ば、認めていなかったのに。

 俺は、ずっと勝手に恨んでいたのに。

 俺は、とても、とても身勝手だというのに。


「み――巳白。 俺は、君に何と言えばいいんだ?」


 巳白は穏やかに返事をした。

「いえ、何も」


 その時トシに、先ほどのラムールの言葉が思い出された。

――翼族は、悲しいほど、優しい

 それがすべてだった。






 



 ひとまずトシはシンディを連れて国を出る事にした。

 馬車を拾い、隣の国に出る。 そして落ち着いてからトシの生まれ故郷に行く。

 シンディは最初、ここを離れたくない、レセッドが死んだこの場所で死ぬのだと言い張ったが、レセッドが大事な指輪を預けたシゼという翼族が、巳白と清流の父親であり、よってトシの生まれ故郷に行けば見つかるかも、と諭されてやっと言うことを聞いた。

 また、トシは巳白達に自分が保護責任者になるから、自分の村に来ないかと告げた。

 清流は怪訝そうな顔をした。 当然だろう。 そんなに簡単にトシを信用できなかっただろう。

 巳白は、いつかラムールに許可を貰ってから遊びに行きます、と返事をした。

 そして、非常にあっさりと、まるで嘘のようにあっさりと、トシとシンディはこの国を去った。

 同時に朝日が町に降り注いだ。





 


 夜明けだった。


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