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【終章から新章へ】 11-1 再会、そして。

 レセッドという言葉を聞いて鋭く反応したのはシンディだけだった。

 他は訳も分からずリトをただ見つめた。 いや、ラムールを除いて――

 ラムールは再び小さなため息をつく。

 そしてちらりと手元を見て、急に穏やかないつもの雰囲気に戻る。


「レセッドよね、ですか……」

 そう言って剣を納める。 


「ちょっと待ちなさいよ! そいつがレセッドの訳ないじゃない!」


 狂わんばかりの激しい口調でシンディが抗議した。


「そいつは、【セルビーズ・ターニャ】! 年は207! 姿も形も声も年齢もすべて違うわっ!」


 その問いに静かに返事をしたのはラムールだった。

「セルビーズ・ターニャは、26年前に翼族調査委員会調査団に捕獲後処刑済。 今はもうこの世にはいない」


「嘘よっ! じゃあコイツは誰なのよ!」


 シンディが叫ぶ。

 リトが返事をする。


「レセッドよ。 レセッドだもん。 こっちに来てみたら!?」

「どうしてあなたに分かるのよ!! 私でもないくせ――」


 シンディが言葉に一瞬詰まる。


「私の記憶がまだ残ってるのね?」


 シンディはおそるおそるリト達に近づく。


 しかし近くで見てもその翼族の男はどこをどう見てもシンディの記憶の中のレセッドとはほど遠かった。

 だが、シンディがのぞき込んだ翼族の男のその瞳は――とても慈愛に満ちており――何か、とても心が締め付けられるような喜びに満たされるような――


 ラムールが口を開いた。


「レセッド。 正式名称はレセッド・アルバタイン・ロス。 公式記録ではオルラジア国で分室のメンバー5名を喰殺後逃走、以後行方不明となっているが……私の見た限り、指紋、掌紋、瞳虹彩紋様すべて一致しています」


 嘘、といいかけてシンディは再び言葉を飲み込む。 ラムールには瞬間記憶能力があった事を思い出す。


「どうして?」


 シンディはただそれだけ言ってレセッドの瞳を見つめた。


「どうして?」


 シンディはもういちど呟いた。 その頬に涙がひとすじ流れた。


 ラムールがレセッドを見つめた。

「レセッド・アルバタイン・ロス。 翼族界の重要者の氏名は過去の検査で判明していますが、それによると彼は翼族界の中でもかなり位が高く重要なポジションにいる。 人間界で言うならば大臣クラスって所でしょうか。 普通の翼族の者と比べると能力も格段に違う。 そんな彼を人間の思うがままに操れればこれは人間にとってかなり喜ばしいことだ」


 シンディがラムールを見た。

 ラムールは続ける。


「――しかし、あなたも御存知の通り、翼族が人間の命令に従うかといえば答えは否。 ただし、例外がある。 例外を言えますか? シンディ」

「例外は……制御器などで彼らの力を封じて……」

「無理ですね。 今、体験したでしょう? あれだけの能力を持つ翼族を、まだ未熟な人間の科学程度でコントロールできるはずが無い。 特に狂った翼族ともなれば制御は不可能」


 それを聞いたトシも驚いた。

「じゃ、じゃあ、どうして……!?」


 確かに【セルビーズ】は命令を聞いていたのだ。 村を襲えと言えば襲ったし、行動室に帰ってこいと命令すれば帰って来たのだ。 


 ラムールは静かに言った。

「翼族は、悲しいほど、優しい。 シンディ。 レセッドはあなたの命令だからきいたのです」







「私だから?」

 シンディが繰り返した。


 ラムールは頷く。

「おそらくシンディ。 あなたは委員会に捕らえられて検査という名の拷問を受けたでしょう?」


 シンディの体が硬直する。


「委員会はレセッドを意のままに操る為に、あなたに目を付けた。 あなたさえ手に入れてしまえばレセッドはあなたを守るために人間のどんな要求でも呑んだことでしょう。 あなたを先に拷問に遭わせ、助けたくば言うことを聞けと告げられれば、レセッドはデータ収集という名のもと、あらゆる検査と実験をされたはずだ」

「レセッドが――?」


 シンディが震え、ラムールは続けた。


「そして実験は一定の成果を上げた。 その後は各地で狂った翼族として無差別に襲わせる為に、レセッドの制御及び命令役としてシンディを委員会メンバーとして作り上げる。 シンディ、あなたがその事実に気づかないようにレセッドは呪いによって姿形と声を失った。 そしてレセッドは同じように姿形も変えられて自分のせいで人生が変わってしまったあなたに対しての負い目から――」


 その時、レセッドが口をはさんだ。

「負い目ではない」


 ラムールが、失礼、と加えた。

「とにかくレセッドは【セルビーズ・ターニャ】と記録上は変えられて、あなた方の命令を受け、今に至る、という訳です」


 しかしラムール最後の説明は、シンディの耳には届いていなかった。 シンディは目を見開いてレセッドの顔に釘付けになっていた。

 間近で聞いた彼の声は、確かにレセッドのものだったのだ。


「レセッドなのね?」

 シンディはそう言った。


 レセッドはただ黙ってシンディを見つめた。

 リトが尋ねた。


「ラムール様。 今、呪いでレセッドが姿形を、って言いましたよね? じゃあ、呪いを解いたらレセッドの姿は元に戻るってことですか?」


 ラムールが頷いた。

「ええ。 呪いが解ける時は願いが叶った時です」


「願い?」

 リトは首を傾げた。


「レセッドが一番望んだこと、それが叶う時に彼の呪いは解けます」

 ラムールが告げた。


 シンディはレセッドを見た。

 レセッドが一番望んだことは何だろう?

 一番望んだことは、何だっただろう?

 レセッドと目があった。

 瞳は確かに、レセッドのままだった。

 最後に見た、レセッドのままだった。

 最後に。

 最後に何を願っただろう。

 確か、確か――

 ソウシタラ……ソウシタラ……


”そうしたら堂々と君を抱きしめられる”


 シンディはゆっくりレセッドに近づくと、レセッドの動きを封じているラムールの銀の結界も気にせずにそっとレセッドに寄りかかった。

 結界が解けて消える。

 レセッドの両手がゆっくりと動き、シンディにまわされる。

 まるで壊れたり消えるのではないかと怯えるように、優しく、そっとシンディに包む。

 シンディが涙を流しながら、レセッドの体に身を寄せた。


「何年待ったのだろう……。 やっと君を抱きしめることができた」

 レセッドはそう言って微笑んだ。


 次の瞬間、レセッドとシンディを赤い光が包んだ。 赤い光は激しく回転しながらレセッドを燃やしその変わりきった姿を消していく。 同時に白い光が沸き上がりまるで粉雪のようにレセッドを包む。 そして赤い光と白い光が相互に反応して激しくはじけるように輝くと……!


 大きな美しい翼が現れた。

 白い肌、明るい色の髪の毛、見事な巻き毛……


 そこには先ほどまでの忌々しい姿をした【狂った翼族】のかけらもない、堂々とした美しい青年が現れた。


「レセッド!」

 その姿を見てシンディが叫ぶ。


「ノア!」 

 レセッドがシンディの名を呼んで抱きしめた。


 喜びに満ちてレセッドも涙を流していた。

「ノア。 ごめんよ。 君を助ける事ができなかった」


 シンディが少しだけ不思議そうにレセッドを見る。

「ノア……。 私の、名前ね」


 そして泣きながら笑う。

「ノア……。 私はノア」


 レセッドの手がシンディの頭を優しくなでる。


「愛してる」

 レセッドが言った。

 そして、ラムールが告げた。


「それでは処刑を再開する」








 ラムールは左手を前に差し出すと空中に何かの模様を描く。


――これは、あの時と同じ――


 リトは血の気が引いた。


「出よ! 殺滅許可証!」

 ラムールの声が無情に響いた。 





 

 ラムールの声と同時に空中に半透明のゼリーの固まりが現れ、大鎌に変化する。 ラムールの手がしっかりとそれをつかみ、大きな円を描きながら斜めに構えた。

 シンディがその鎌を見て顔色を変えてレセッドにしがみつく。

 レセッドはじっとラムールを見た。

 シンディの視線がすぐ側にいたリトと合う。

 どうにか取りなしてくれと願う目だった。

 仕方がないだろう。 先ほどの戦いでレセッドよりもラムールの方が力があるのは明白だった。 

 そして殺滅許可証。

 正式な手続きを踏まず、所有者の意志だけで相手を滅する事が許された証。

 逆らえば誰であろうとも、殺される。

 ラムールが一歩、レセッド達に近づく。

 レセッド達が一歩、退く。


「何も処刑しなくったっていいじゃないですか!」

 一番最初に声を荒げたのは清流だった。 ラムールは足を止める。


 清流はゲストルームの窓から身を乗り出して叫ぶ。

「人間に操られていただけでしょう? 兄さんだって同じ翼族の人を処刑するなんて望んでない!」


 だが、それを制したのは他でもない巳白だった。

「清流! ラムールさんの言うことは聞くんだ!」


 片方の翼をだらりと下げ、体中ボロボロになりながらも、巳白はしっかりとした口調で言った。


 清流がとても驚いた顔で巳白を見る。

「……どうして? どうして兄さんはいつもラムールさんの味方をするの?」


 しかし巳白は返事をしない。 清流が再度問う。

「兄さんはあの翼族が処刑されても平気だって言うの!?」


 そのあまりの剣幕に、巳白は首を横に振る。


「じゃあ、どうして……」

 清流が呟く。

 巳白がもどかしげな顔をしながら言う。

「……清流。 ラムールさんの言うことは……聞くんだ。 兄ちゃんの命令だ」

 兄ちゃんの命令、と言われて清流は言葉を飲み込む。


 ラムールが再び歩み始める。

 レセッドがラムールをみつめて言った。


「ΨβψδομΜαΕσλφ」


 その言葉は初めて聞く言葉だった。


「ΠφξφΨσι」

 ラムールが返事をした。


 次の瞬間、レセッドはシンディを抱きしめて飛び立った。 清流達がいるゲストルームへと入り込みそのまま出口へと向きを変え――


「逃がしはしない」

 ラムールの声が冷たく響いた。


 いつの間にかラムールがすぐ側に回り込み、取り出した鎌でレセッドの首筋をとらえていた。 レセッドは動くことができなかった。

 レセッドに抱かれたシンディが震える声で言った。


「……お、お願い。 お願いだから彼を殺さないで。 処罰しないで」


 レセッドの手が優しくシンディを撫でて言った。

「こいつは、そんなに物わかりの良い相手じゃないさ」


「い、嫌。 ……だってやっと会えたのよ? やっと一緒になれたのよ? 殺すのなら、私も一緒に殺して? そうよ、私も一緒に殺して!!」


 シンディはぎゅっとレセッドに抱きついた。


 確かにこのままではラムールが鎌を振り下ろせばシンディも死ぬであろう。

 ラムールが引き下がるのを誰もが期待したが、彼のその冷たい表情を見る限りそれはできない相談のようだった。


「ち、ちょっと待つんだ! 教育係!」

 トシが大声をあげた。 皆の視線がトシに注がれる。


「確かにアンタは殺滅権を持っているかもしれない! だが、その翼族を殺すと他の翼族も黙っていないだろう! 次々に報復のために翼族がこのテノス国に押し寄せてくるかもしれないじゃないか! それよりも、彼を我々翼族調査委員会に渡してくれれば翼族の報復はこの国には及ばない!」


 確かに、ラムールが処罰を下すよりも、委員会メンバーが処罰するのが道理にはかなっていた。


――きっとトシさんは、レセッドを助けるつもりで言ってるんだわ!


 リトはラムールを見た。

 苦肉の策かもしれないが、テノス国に被害が及ぶ可能性がある以上、ラムールがレセッドをトシに預け事はあり得る話だった。

 しかし、ラムールは言った。


「この大鎌に印された紋様をもう一度よく見てから言うんだな」


 鎌には、翼を鎖と剣で切り裂いたマークと二本の死神の鎌が絡み合った模様が混ざり合っていた。


――翼を鎖と剣で切り裂いたマーク――


 次の瞬間、リトはそのマークが意味するものを思い出した。


「翼族調査委員会メンバー……」


 トシもシンディも気づき、青い顔をした。

 ラムールは翼族調査委員会メンバーだったのだ。


――ちょっと待って?


 リトは思いだした。

 シンディが見舞いに来てくれたとき、メンバーの中で殺滅権を持っているのはbメンバーかgメンバーと言ってはいなかったか?


 ラムールが告げた。

「翼族調査委員会、ゴールドメンバーの名において、レセッド・アルバタイン・ロスを殺滅する」


 リトはその時、ラムールの手首に浮かび上がった模様を見て愕然とする。

 ラムールは続ける。


「せめてもの慈悲だ。 何か言い残すことはあるか?」


 レセッドは頷き、ラムールが一旦、鎌を離す。

 レセッドはシンディの肩をつかみ、体を少し離すと彼女の瞳を見つめた。


「その昔……愛する人が出来た時に渡すために作った指輪を……シゼという翼族の友に託した。 シゼは死んだが、おそらく彼が住んでいた村のどこかにあるはずだ。 それを君にあげたい。 受け取ってくれるね?」


 シンディはただ泣きながら頷いた。

 レセッドは優しく笑った。


 シンディが再びレセッドの胸に顔をうずめる。

 まるで処刑なんかさせないと言わんばかりに。

 レセッドがラムールに言った。


「ΥχξΩνΓ」


 ラムールは頷いて、大鎌を振り上げた。


「いやあっ!」

「そんなっ!」

「やめてぇっ!」


 それぞれの悲鳴にもにた叫びが交差する。

 ラムールの振り下ろした大鎌がものすごい勢いで振り下ろされる。

 鎌は、抱きついているシンディごとレセッドを真っ二つにする。

 シンディがおそるおそる目を開けた。 そして自分の体を見る。

 確かに切られたはずなのに、シンディには一滴の血すら出ていなかった。

 奇跡が起こったのだろうか?

 目の前にいるレセッドは微笑んでいた。

 奇跡が起こったのだ。

 そう思うとシンディは嬉しくなり、レセッドを強く抱きしめようとして――

 サラサラと、砂のような感触を手に感じた。


 砂?


 シンディはレセッドの体を見て、叫んだ。


「いやあああああああ!!!!」


 レセッドの体はラムールの大鎌で切られた所からまるで崩れていくように砂へと変化していく。

 シンディはレセッドを抱きしめる。 だが抱きしめた端からレセッドの体はこぼれ落ちていく。


「この鎌は翼族専用。 人間は切れん」

 ラムールが無情に告げた。


 レセッドは砂になりながら、優しい眼差しでシンディをみつめた。

 レセッドは砂になりながら、優しい手つきでシンディを撫でた。

 レセッドは砂になりながら、愛していると口を動かした。

 最後のひとかけらの砂が、シンディの手からこぼれ落ちた。


「レセッド! レセッド! レセッドぉ!!」


 シンディは掌に握られたほんのひとつかみの砂を握りしめて叫んだ。

 砂は、今度は光になって消えていく。

 砂も、消えていく。

 シンディの掌の中の砂も、消えていく。


「そんな……本当に何も残らない……なんて……」


 シンディが泣いた。

 肩を震わせ、ただ泣いた。

 

 ラムールは何も言わず浮かぶと、巳白の側に降り立った。

 

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