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10-7 リトが変

 一方こちらは、検査室の中で正気を取り戻した巳白とそれに寄り添うリト。

 それをモニターを見ていたシンディの手が微かに震える。


「……どういうこと? あれだけシンクロしていたのに一気に平常値に戻るなんてありえないわ。 何者かが巳白の意識の中に入り込んで邪魔をしたというの?」


 シンディは慌てて色々なスイッチをいじる。

 しかし巳白は体に付けられたチップを外しはじめており上手くアクセスできない。

 シンディは乱暴に機械を叩いた。


「こんなの不可能だわ。 同じ記憶にアクセスできるとすれば同じチップをつけている者か、もしくは既に類似システムにログイン中の――」


 シンディがそこまで言って言葉を飲み込む。


「ログイン中の……」


 リトを見る。


「あの子はまだログアウトしていないって言うの!?」


 そして慌てて携帯端末を取り出してページを開く。 そこには保護責任者プログラム体験版が起動していた。

 シンディの顔色が変わる。


「そんな! どうして? 記憶が消えて強制ログアウトになるはずでしょ!?」


 シンディは携帯端末とリトの顔を何度も交互に見比べた。

 リトは立ち上がり、涙をいっぱい浮かべた瞳でシンディをにらみつけていた。

 リトの声が行動室のスピーカーに流れてくる。


『――どうしてこんな事をするの!? あなた達に何の権利があるっていうの!?』


 シンディが慌ててマイクのスイッチを入れて話す。

「お嬢ちゃん、落ち着いて。 巳白くんは大丈夫だから、安心してくれないかしら? ち、ちょっと、巳白くんの様子が変だと思ったかもしれないけど、変な事はなにもしていないのよ」 

 だが、そう言いながらシンディの指は更に震え、それがマイクの側にあった小さなスイッチを偶然オンにした。





 

『嘘っ!!』

 リトの声が弓達がいるゲストルームの中にも響き渡る。


「リトっ!」

 弓が反応する。


「リトっ! 平気? 大丈夫? しっかりして!」


 しかし弓の声にリトは反応しない。


「この部屋のスピーカーのスイッチが入っただけみたいだ。 僕らの声は向こうには届かない」

 来意が言った。


「リトっ!」

 それでも弓は壁ガラスを叩きながらリトの名を呼ぶ。





 

 リトは荒々しく言葉を続ける。

「嘘よっ! ひどいことばっかりしてるじゃない! どうしてあんな辛いものばかり体験させようとするの!? 一体、何をどうしたいの!?  もうイヤ! 巳白さんが、翼族が、私が、何をしたって言うの!? するって言うの!?」


 それを聞いたシンディが愕然とする。

 巳白もただリトを見つめる。

 リトはこぶしを握りしめ、壁の向こうにいるシンディに向かって力の限り叫ぶ。


「もう嫌、いやっ! イヤぁッ! 大嫌っい! 悪いのは、悪いのは、人間じゃないっ! そりゃあ翼族でも人を殺した人はいるもしれないけど、でも、みんながそうな訳じゃない! 何もしていないのに、何もしていないのに、どうして翼族を愛しただけでこんな目に遭わないといけないの!? 翼族は何もしていない! 私には、何もしていないっ! 優しかった、優しかったわ! 翼族が何したって言うのよ! 悪いのは人間の方じゃないっ!!!! 怖くなったから排除しようってしているだけじゃない!」 





 

「愛している――?」

「リトは、何を言ってるんだ?」

 羽織達が窓に貼り付いてリトを見る。

 リトの言葉は止まらない。

『私は翼族よりもあなたたち人間の方が怖いわ! 憎いわ! どうしてそっとしておいてくれなかったの!? どうして私をあんな目に遭わせておきながら、人間の味方をしろと言うの!? もうやめて。 お願いだからやめて。 これ以上私の心を壊さないで!』


 そこで弓が何かに気づいた。


「ダメ……!」


 そして顔色を変えて窓を何度も叩いて叫ぶ。


「ダメ! リト! 戻ってきて!」


 しかし弓の言葉は届かない。


 弓は必死になって壁ガラスを叩く。

「ダメ! リト! 自分を見失わないで! お願いっ! 聞こえてっ!」


「弓、どうした?」

 羽織が尋ねる。


「この前アリドが白の館に寄って言ったの。 もしかしたらリトを他人の記憶が支配する事があるかもしれないって。 リトの意識が支配されないように気をつけろって」


 弓は振り向きもせずに答える。


「リトっ! リトっ! お願い! 気づいて! リトぉ!!」


 しかし厚く閉ざされた壁を通して弓の声がリトに届くのは不可能に思えた。


「――巳白っ!!! お願い! リトをたすけて!」

 弓が声をからさんばかりに叫ぶ。


 その時、弓達に背中を向けた巳白の翼が、微かに動いた。


「巳白が気づいたかもしれない」

 来意が呟く。


 弓は巳白に向かって叫んだ。

「巳白! お願い! リトの名前を呼んで! リトを元に戻して!」





 

 巳白はリトを見た。

 今、弓の声が、聞こえたような気がした。

 いや、幻聴かもしれない。 そう思った。

 

「巳白っ! お願いっ!」

 

 やはり弓の声が聞こえた気がした。

 巳白はリトを見た。

 リトは怒りで肩を震わせながらシンディを見つめ続けている。

 スピーカーからシンディの声が流れる。


『お、落ち着いて。 何を言ってるの? 私達は決して……』

「嘘つきっ!」


 リトは言葉を遮って叫んだ。


「嘘つき嘘つき嘘つきっ!」


「リト」

 巳白が声をかけるが、リトは気づかない。


「大嫌い大嫌い!」

「リト?」


 巳白が近づいてもリトは気づかない。


 リトは叫ぶ。

「お父さんもお母さんも、あなたたちも……人間なんか大嫌……」


「リトっ!!!」

 その時、巳白の声とともに、リトの周りに巳白の荒々しい気が突き刺ささる。


 吸い込まれるような、吐き出されるような、抗うことが不可能な気。 それは、巳白の絶対威嚇だった。 

 だがそれが、リトを飲み込もうとしている他人の意識を押さえつけた。 


「リト」

 巳白がリトの腕を掴んだ。


 絶対威嚇が解かれ、困惑した表情のリトが巳白を見る。

 巳白は悲しそうな、困ったような顔をしていた。


「リト、人間をあんまり悪く言うな。 人間は悪くないよ」

 巳白が言った。


「どうして……?」

 リトは泣きながら尋ねた。


 巳白は言った。

「俺だって、翼はあるけど人間だから。 リト達と同じ、人間だから」


 それを聞いたリトはなぜか悲しくなって、巳白の胸に顔をうずめて声をあげて泣いた。

 リトの頭を撫でながら、巳白はシンディに向かって告げた。


「――とにかく、協力はもうここまでで終わらせてもらいます。 報酬は頂かなくても結構です」


 しかし、シンディは返事をしない。

 いや、返事をしないのではなく、巳白の声すら聞こえていないようだ。

 シンディは何かブツブツと呟いていた。

 シンディの額に脂汗がにじみ、顔色は青い。

 機械に置かれた指は小さく激しくガタガタと震える。


――大嫌い


 シンディの胸の奥底にそんな小さな声が沸き上がる。

 シンディはそれを認めないかのように激しく首を横に振る。


――何をしたって言うの!? するって言うの!?


 シンディは再び沸き上がる小さな声を、ぎゅっと瞳を閉じて拒否する。

 リトが叫んだ言葉。 あれはそのまま過去のシンディが拷問を受けた最中に何度も何度も繰り返した叫びだった。


――マタキヲウシナイマシタネ。 モウイチド デンリュウヲナガシテ オコシテ クダサイ


 不意に、忘れていたはずの拷問者の声が記憶に蘇る。


――ナケ。 サケベ。 タスケヲモトメロ。 ヤツガドウスルカミモノダ


 沸き上がる拷問者の声からシンディは自らを守るように、自分の体をぎゅっと抱きしめた。


――ツギノキオクハ ドレニシマスー? オオゼイノオトコニオソワセマスカ?

――イヤ、ロウヤデイキタママゴキブリヤネズミドモカラカラダヲクワレルッテノハドウダイ


 シンディは息を止めた。


――どうしてあんな辛いものばかり体験させようとするの!?


 しかし何をしても忘れたはずの言葉は次々に湧き出し、シンディの体中を駆けめぐった。

 シンディは何よりもあの時の感情を思い出したくなかった。


――どうして翼族を愛しただけで


 リトの言葉が鮮明に胸に突き刺さる。


――レセッドが交際していたもう一人の女性


 あの日、白い壁に浮かんだ黒いシルエットの男が言った言葉。

 シンディの体が小刻みに震え、その瞳から涙が一粒こぼれた。


――レセッドが交際していたもう一人の女性


 再度、男の声を思い出す。

 シンディはぎりりと唇をかんだ。

 そう、あの時。

 シンディが受けたどんな拷問よりも、その男の告げた一言が一番シンディを悲しませたのだ。

 悲しかったのだ。

 シンディは涙を片手で荒々しく拭くと、モニター画面のリトを再度見つめた。


「どうして? ――どうしてあの子は平気なの?」


 画面上のリトは大分平常心を取り戻していた。

 心を乱された自分とは逆に、平常心を取り戻しているリトの事がシンディは腹ただしく思えた。


「洞窟に落ちた時も、体験版ウイルスに感染させた時も、今も……どうしてあの子は平気なの? どうしてあの子は助かるの?」


 シンディはリトを睨み付けた。


「あの子が洞窟に落ちた時に助けた相手が【狂った翼族】だとして、今も巳白はすんでの所であの子に危害を加えなかった。 ――もし、体験版ウイルスに感染させた後も、どこかの翼族がやってきて治療したと仮定すれば……あの子が、我々の探している”翼族が絶対に殺せない”者だとでも言うの!?」


 ”翼族が絶対に殺せない”者

 それは翼族調査委員会が翼族撲滅の為に発見した秘策。

 翼族が絶対に危害を加えない「生き物」。

 異生物にとって、どういう訳か「殺せない存在」。

 その「生き物」さえ見つけて人間が利用すれば、異生物は手も足も出なくなる。

 シンディ達に科せられた極秘使命。

 その「生き物」を探せと。

 それがリトだとすれば。

 リトを殺そうとすれば、翼族が助けにくるのではないだろうか。

 シンディの心の片隅に、レセッドの名前が微かに、ほんの微かに浮かんだ。


――イイカイ、シンディクン


 ところが忘れかけていた男の声が再びシンディの心に混ざり込む。


――コノメイレイハ、トップシークレットナンダヨ。 クレグレモダイサンシャニ ワレワレノモクテキヲ サトラレルコトガナイヨウニネ。 シッパイハ ユルサレナインダヨ。 シッパイシタラ キミヲマタ マエヨリモ ツライメニアワセナキャナラン


 その言葉がシンディの体を強張らせた。


――キミヲマタ マエヨリモ ツライメニ


「嫌よっ!!!」


 シンディは叫んだ。

 シンディは近くに置いてあった器具をなぎ払う。 機械はガシャガシャと音を立てて散乱する。


「嫌よ、嫌! 絶対に嫌っ!」


 シンディはそう言いながらあるレバーの前まで来る。

 シンディはそのレバーを勢いよく下ろす。

 と、同時に行動室全体に鈍い機械音が発生する。

 検査室の壁の一部がカタカタと小さく音を立てて壁に大きな四角い線が浮かび上がる。

 その四角い線は壁にしっかりとその姿を刻むと、ぽっかりと穴を開けた。

 穴の向こうには、薄暗い部屋が続いている。


「さぁ、出ていらっしゃい! セルビーズ・ターニャ!!」

 シンディが告げた。

 

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