表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/138

10-5 父の記憶4〜その子が生まれたのは明け方だった

 だがシゼが抱きしめたまま告げる。

「――それでも、私はこのままここに居続けることは出来ないのだよ」


 マリアが驚いてシゼの顔を見上げる。


「居続けるには資格が無い。 だけど約束しよう。 時々はこの村に寄り――」

「イヤっ!」


 マリアが言う。


「どこにも行かないで? ううん。 どうしてもいられないのなら――私を連れて行って……!」


 マリアはそう言ってシゼの胸に顔をうずめる。

 シゼは困った顔をしながらマリアを撫でる。


 マリアは続ける。

「何があっても我慢するし、平気だから、私を連れていって。 シゼと離れたくないの。 ずっと、ずっと一緒にいたいの」


 父とシューリッヒが愕然と二人を見つめる。

 シゼは黙ってマリアを撫でる。

 マリアが不安げに問う。


「――それとも本当に、私が嫌い? それなら無理は言わ――」

「まさか。 マリアの事は大好きだ」


 シゼがマリアの不安を消すように返事をする。


「……シゼ!」


 マリアとシゼは再びきつく抱き合う。

 シューリッヒが父の側に来る。


「好きでもないのに委員会の管理の下、人間の世話を焼く翼族はそうそういませんからね」

「シューリッヒ、お前、気づいておったのか?」


 父の驚きに、シューリッヒは頷く。


「僕はマリアが好きでしたから。 だからマリアのわずかな表情の変化も見逃しませんでしたよ。 僕に向けて欲しいと願った眼差しをシゼに向けてるマリア。 そして気にしまい気にしまいとしながら、マリアの事を思うシゼの雰囲気――恋敵の事は目につくもんです」


 シューリッヒは諦めにも似た悟りのようなため息をついた。


「だけど今でも僕はマリアが大好きだ。 だからマリアが一番喜ぶ事をしてあげたいと思います。 おじさん、これを」


 そう言ってシューリッヒが差し出したのは何やら数字の書かれたカードだった。


「これは?」

 父は首を傾げる。


 シューリッヒはポケットの中から携帯端末を取り出す。

「保護責任者申請プログラムのパスワードです。 これを使えばおじさんは忌々しい試験を受けずに保護責任者の資格を得ることができます」


 父がシューリッヒの顔を見る。


「リーダーからの餞別です」

 シューリッヒが答える。


 見ると、シゼとマリアがこちらを見ていた。

 父は、少しの間、二人とカードを見比べていた。

 そして覚悟を決めると携帯端末に手をかざし、心を開きパスワードを入れる。


『トウロクカンリョウ』


 機械音声が響く。

 端末から印字された用紙が折りたたまれて出てくる。

 そこには保護責任契約書とかかれている。 上に父の名前が書いてある。

 下の部分は空白だ。


「この契約をすれば、ワシはいつでもお前を殺すことができる――だったな?」


 父はそう言ってシゼを見る。

 シゼは頷き、マリアの肩を抱いたまま、父の側に来る。

 マリアがその恐ろしい契約書を困惑した眼差しで見つめる。

 しかしシゼの決心は固かった。 自分の羽を一本抜き取ると、それをペンがわりにしてサインを済ませる。 それは非常にあっけない一瞬だった。

 父は契約書を折りたたんで懐に入れる。

 シゼはマリアの方を向いて微笑んだ。


「君の側にいるよ」


 マリアが、嬉しそうに頷いた。

 マリアの心から望むことを与えるとするならば、マリアが自分の手元からいなくなるくらいなら、きっとトシも同じ事をしたと思った。







マリアとシゼはその別荘を新居として生活することになった。

 父はマリアが検査を受けた忌まわしい施設だと考えていたが、マリアにとってはそこはシゼと長い時間を過ごした場所で大切なものだと言い張った。

 結婚式は教会で挙げる事は無理だったが、マリアはシゼと暮らせるなら形式なんてどうでも良いと言った。

 ほどなく、マリアは子供を身ごもった。

 父は、いや村人もこれらについてどう対応してよいものか分からなかった。

 しかしマリアは胸をはって、――いいや、心から身ごもった事を喜んでいた。

 正直、父もマリアがこれほどまでにしっかりと自分の考えを持つとは思っていなかった。

 だが実際、父もマリアが出産の時になり、隣の部屋で陣痛で苦しむ娘の声を聞くと、母子共に無事であってくれと心から願った。


 その子が生まれたのは明け方だった。

 太陽の光が村を照らし始めた時、元気な赤ん坊の泣き声が別荘に響き渡った。


「生まれましたよ!」

 高揚した表情で看護婦が扉を開ける。


 父は気が動転してほんの少し足をもつれさせながら部屋に入る。

 部屋の中には優しい笑顔でマリアをみつめる医師と、マリアの側について手を握りながら「よく頑張った」と言ってマリアと見つめ合うシゼがいた。


「あ、パパ! 見て? 男の子よ?」

 マリアが父を見つけて言う。


 赤ん坊はマリアのベットのすぐ隣の小さなベットの上にいた。

 医師が一瞬、不安げに父を見る。

 父がベットに目を向ける。

 そこにいたのは生まれたばかりの、かよわい赤ん坊。 小さな手足、まだくしゃくしゃの顔、そして――背中には羊水が乾ききらないでぺしゃんこになったまんまの翼――

 シゼがマリアから離れて赤ん坊の側に来る。

 そしてその手で翼を撫でる。

 すると赤ん坊の翼はみるみる間に乾き、空気を含んで鮮やかな真っ白な翼へと変わる。

 まるで雪の花が咲くような、白い綿毛が溢れ出てくるような、それは美しい色の変化だった。

 その場にいた全員がその美しさに見とれる。


「天使のようですわ」

 看護婦が言った。


 マリアが手を差し出す。

 シゼはふにゃふにゃしている赤ん坊を抱くとマリアに渡す。

 マリアが恐る恐る我が子を抱いて、赤ん坊を見つめて言った。


「巳白」

「巳白?」


 父が問い返した。 マリアが頷く。


「白から、はじまるって意味」


 シゼが微笑む。

「いい名だ」





 

 マリアが出産した話はすぐ村に伝わり、多くの者がお祝いに訪れた。

 本来ならば人間では無い子を産んだのだ、迫害されるのではないかと心配したが、幸い父が村長という立場であるという事実と、マリアの人徳――本当にマリアは村のみんなから好かれていたから――が、ごく普通に村人達を祝わせた。

 かなりおおらかな村人ばかりだったので、こうなったモンはしょうがないって言っちゃ何だが、とかなんとか言って普通に接してくれた。

 だが、村人はみんな、巳白の顔を見ると一瞬ためらった。

 それは父も同じようだった。

 そしておよそ3年後、マリアは次男を産んだ。

 清い流れ、という意味の「清流」と名付けられた。

 清流は容姿も格別に可愛らしく、そして社交的だった。

 母に似て甘えん坊で極上の笑顔で周囲を魅了した。

 マリアは2人の男の子の母親になって、かなりたくましく(失礼)なった。 心臓の病なんて本当にかかっていたのか疑いたくなる位だった。 元気で、明るくて、優しいマリアの表情は輝いていた。


 

 一方、シゼは父の言うことをよく聞いた。

 まず、父は「お義父さん」と呼ばれる事を嫌がった。

 しかし「村長」と呼ぶとマリアが怒るので、マリアがいる前では「お義父さん」その他は「村長」と使い分けた。

 村人に不安を与えたくないと言えば、拘束具も付けた。

 父はマリアに万が一の事があった時はこの村から出て行けとも言った。 もし子供を作るのなら、その子も一緒に引き取れとも。 そして子供が村を去った後に舞い戻ってくる事がいように、子供には村の名前も父や母の名前も教えるな、とも。


 シゼは了承し、マリアと子供を作った。


 シゼは子供が生まれるとすぐマリアの呼び方を「ママ」や「お母さん」に代えた。 自分の事も「パパ」と。

 おそらくそれが名前を子供に教えないためだとはマリアは気づかなかっただろう。


 巳白が生まれると、父は巳白の身体能力について不安がった。

 だからシゼは肌色をした細い繊維状の耳栓を用意した。

 ためしに父が耳にそれを入れると全く音が聞こえない。 シゼは「これで子供達の聴力を人間レベルに落とします」と説明した。

 父は、その耳栓をシゼもするように命令した。

 シゼはその時、初めてほんの少し困惑した表情を見せた。

 しかし父が再度命令すると、シゼはその耳栓を自ら付けた。




 そして――

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ