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10-3 巳白の変化

 その頃、テノス国城下町はまだ夜中の静けさに満ちていた。

 そんな夜空の中を陽炎隊と弓を乗せたモモンガ犬が浮遊する。


「真っ暗で何も見えないぜ?」

 世尊が城下町を見ながら呟く。


「何か手がかりがあってもいいんじゃないか?」

 羽織も言う。


「巳白の白い翼が見えてもよさそうなのに……」

 モモンガ犬の端から首だけ出して、弓が下を探す。


 清流と来意はただ黙って座っている。


「なんでそんなに落ち着いていられるんだぜ?」

 世尊が思わず尋ねる。


「――ぼくは兄さんの気配を探している。 目で見るだけが捜索じゃない」

 清流が答える。


「勘を働かせるには平常心が必要なんだよ。 世尊はうるさいからとりあえず黙って」

 来意も冷たく言う。


 世尊は少しむくれて、弓と羽織にそっと近づいて小声で話す。

「どう思う? あいつら二人とも性格悪いぜ?」


 羽織は苦笑する。


「――にしても、どうして巳白はリトちゃんを連れて行ったんだろ?」


 羽織の疑問に弓が答える。


「リトは自分の意志でついていったと思うわ。 考えてみたら、巳白もリトも様子がおかしかったもの。 顔を合わせたらばれちゃいそうだから、きっと部屋から出てこなかったんだわ。 ――私がもっと早く気づいていたら……」

「弓は悪くないよ。 大丈夫。 平気だって」


 羽織が慌てて慰める。

 その時、モモンガ犬が軽く喉を鳴らした。


「――おい、あれ、何か見えないか?」

 世尊が下を指さした。


 そこは城下町の隅にある空き地だが……


「待って。 ぼくが見てみる。 ――ええと、空き地に線が引かれて×印になっている」

 暗闇でも他の者より目が利く清流が言った。


「それが本当なら目印みたいだな」

 羽織が呟く。


 世尊がポンと拳を叩く。

「分かったぜ! あれは委員会の奴らと巳白との待ち合わせの印だぜ!」


 しかし、来意が言った。

「あそこに行ってもムダな気がする」


 ええ? と全員が来意を見る。


「うっそだぜ? 来意? あんなに怪しい場所って無いぜ、普通」

「一度降りてみてもいいんじゃないかな?」

「そうだよね、 羽織。 ぼくもなんとなく気になる」


 しかし来意は腕組みをして考える。


「――巳白と弓がいる場所に出る予感がしないんだよなぁ」


 弓が来意に近づいて、来意の顔をのぞき込む。


「他に行きたい場所ってある?」


 その問いに来意は首を横に振る。


「この辺りにいそうだな、って勘は働くけど、じゃあ僕がたどり着けるかは、なんか無理って感じ」


 弓がじっと来意の瞳をみつめ、意を決したように口を開く。

「もしかして――」


 すると来意の顔色が変わった。 慌てて弓の口を人差し指で制する。


「分かった。 降りよう」


 来意が言うと、待っていましたとばかりにモモンガ犬が急降下して、あっという間に広場につく。

 全員は広場を隅から隅まで探すが、この小さな広場のどこにも巳白とリトの姿は無かった。


「リトー! いたら返事をして!」

 弓が叫ぶ。 





 

『リトー! いたら返事をして!』

 行動室のスピーカーに弓の声が響いた。

 シンディは外のモニターに切り替える。 そこには少年と少女が空き地を歩き回っている。


「お友達が探しに来たみたいね」


 シンディは軽く笑ってモニターの画面を元に戻す。


「あいにく地上からこの地下行動室まで来るのは無理なのよねー。 私とトシの指紋しか登録していないのですもの……」


 そして苦しむ巳白を眺める。

 巳白は今頃血だらけの城で幼児を惨殺して食する伯爵の記憶に身をゆだねているはずだ。

 体中が血に染まり、怯える子供達が泣き叫ぶ状況。 気が狂わない方がおかしい。


「あら?」


 その時シンディが脳波の数値の変化に気がついた。


「恐怖じゃない、これは……怒り。 子供が泣き叫ぶのに対してやっと反応があったわ……無視できないって事なの?」


 そしてピンと来る。


「なぜ気づかなかったのかしら! そうよ! 巳白は片腕じゃない! 幼い頃に抵抗もできないまま人間に腕を切り落とされたのよ! そしてトシが探しているハーフが巳白だとしたら巳白には兄弟がいるはずよね。 もちろんそっちも五体満足なはずは無いわ……! ということは……」


 シンディは記憶の糸の入ったケースの中を探す。 そして一本のサンプルを手にする。


「弟が人間に処刑されていくのを見てしまった翼族が、怒りのあまりメンバーを5人虐殺した事件――これなら巳白は周囲にいる人間を殺そうとするかも……」


 シンディは嬉しそうにその糸を見た。 







 巳白ががくり、と床にひざをついた。

 そして巳白の瞳が普通の色に戻る。


「み、巳白さん……」

 そこにリトがゆっくり近づいてくる。


「あ、リト? うん、平気だ、平気」

 巳白はあくまで明るく返事をする。


 リトは巳白の前にひざをついて震える声で言った。


「――もう、やめましょう?」


「え?」

 巳白はリトの言葉の意味が分からないようだった。


 リトは震えながらもう一度言った。


「だから、検査。 協力するの、もうやめましょう? あの人達がどんなデータを取ってるのかは私には分かりません。 でも、もう十分じゃないですか? ずっと見ていたけど、巳白さんどんどん苦しそうに、きつそうになって……見ていられません」


 リトから見て巳白はもはや限界だと感じていた。

 精神に負荷がかけられている間の巳白は本当に死ぬのではないかと思うくらい顔色が悪くなる。 しかも記憶で傷を負う時は巳白も直接傷を負ったかのように肌が赤くなったり、黒くなったりする。

 そして時間がたつほど巳白の頬はこけ、生気が無くなっていくようだった。


 しかし、巳白は無理して笑った。


「――あ、はは。 平気。 平気だから」

「平気じゃありまセンっ!」


 リトは大声を出した。


「ダメです! これ以上協力したら、きっと巳白さん、ボロボロになっちゃう! 早く、その体に貼り付けられたシールみたいなの、外しちゃって下さい! それを貼ってるからきっと変なものを体験させられるんです!」


 巳白が自分の腕に貼られたチップに目をやる。

「こいつのせいか……」




 それを聞いていたシンディが眉をひそめた。

「そういえば、あのお嬢ちゃん。 巳白の様子がおかしくなっているのに気づいてはいたけど……それにしては冷静だったわね。 しかも”体験”させられるって……どうして知ってるの?」


 モニターにリトの顔が映る。


「あの子は精神体験した事を覚えているというの……? まさかね。 負荷をかけてその付近は壊されたはず……そしてラムールがあの子の記憶を消したから、あの子はノコノコここまでついてきた……はず」


 シンディが腕を組む。

 




「ねぇ、巳白さん! 早くこんなチップ外してっ!」

 リトは半泣きになりながら巳白の腕のチップを剥がそうとする。

 しかし巳白の翼がそっとリトに触れ、手を止めさせる。


 リトは巳白を見上げる。

 巳白は微笑んでいた。


「俺は平気だってば。 それに途中で協力するのを止めたら報酬は貰えないかもしれない。 ここまで頑張ったんだぜ? きっとタイムオーバーまであと少しだ。 それまで耐えればいいだけだろ? 平気だよ」


 しかしリトは首を横に振った。

「ダメです! 絶対、もう無理です!」


 巳白はそれでも優しく告げた。

「大丈夫。 リトには何もしないから」


 再びリトが首を横に振ると、その瞳から涙がこぼれた。


 涙を見て巳白が慌てる。

「大丈夫! 大丈夫だって!」


 だがリトは首を横に振り、うつむいて言った。

「もうイヤ……。 帰りたい……。 弓のトコに……帰りたい……」


 それを聞いた巳白が愕然とする。


「帰りたいぃ……」

 リトの泣き声が検査室に響く。


「リト……」

 巳白がリトをみつめて、決心する。


「あの、もう俺っ、」

 そう言って巳白が行動室のシンディを見た時。


 がくり、と巳白の体が揺れる。

 そして巳白の瞳が薄灰色へと変化を起こす。


「イヤぁっ! ダメぇっ! 巳白さぁんっ!」


 リトが巳白にしがみつく。

 巳白の体ががくりとうなだれる。

 


「リタイアは許さなくてよ。 二人とも」

 行動室で新しい記憶の糸を機械に放り込んだシンディが冷たく呟く。

 




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