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9-6  アイツの話

「それだけでいいんですか?」

 リトは思わず尋ねる。


 シンディは”にっこりと”笑う。


「ええ。 そうよ。 これは別に危険な検査じゃないんだもの。 巳白くんのデータを欲しいだけですもの。 もう聞いているかと思うけれど、私達は翼族の血を引く人が仲の良い人間と一緒にいた場合、脳波や血圧、ホルモンの分泌がどうなるかのデータを取りたいだけなのよ。 そうねー。 明け方の5時くらいには全部終わるかしら。 そうしたらすぐ白の館に帰っていいのよ」


 リトは巳白の顔を見た。 巳白は今の説明を聞いて少しホッとしたようだった。


「わかりました。 よろしくお願いします」


 リトはそう言ってシンディに頭を下げる。

 シンディは満足そうに頷く。


「さて、次は巳白くんね。 あなたには脳波を計る機械――っていっても、こんな小さなチップだけどね、を、数個付けさせて欲しいの」


 シンディがそう言って差し出したのは親指のツメくらいの大きさの、少し厚みのあるシールみたいなものだった。


「コレを貼ったら、あなたのデータが自動的に別の部屋の機械に転送されるわ。 コードもついていないし、軽いし、違和感は殆どないと思うわ」


 シンディの視線がトシのいる行動室に向く。 トシが好意的なそぶりで手を振る。


「そして、これ」


 シンディがそう言って次に差し出したのは一枚の紙切れだった。

 それには”検査終了後、必ず報酬を払うことを誓う”と書かれていた。

 シンディがそれを巳白の胸に押しつける。


「これであなたはこの検査が終了したら望みの物が必ず手に入るってことよ」


 巳白はその紙をズボンのポケットに押し込んだ。


「それじゃあいいわね?」


 シンディの言葉に巳白が頷く。 

 シンディはシールのようなチップを巳白のおでこ、こめかみ、眉間、首の後ろ、喉、胸など何カ所も貼る。

 すべて貼り終わるとシンディが言った。


「別に何て事ないでしょ?」


 巳白は頷いた。

 シンディも頷くと、行動室の窓がある壁の方へと歩いていく。

 シンディが近づくと壁の一部が自動的に切り取られたように開き、シンディはその中に入っていく。 入り終えると壁は元通りの形になり、程なくして行動室の窓からシンディの姿が見えた。

 シンディとトシは二人並んで、こちらを向いた形で座った。


『それじゃあ、まずデータが正常に届いているか試験するわね』


 シンディの声がスピーカーを通して聞こえる。

 見ていると、シンディ達は手元で何かを操作しているようだった。


『はい、オッケーよ。 感度良好。 それじゃあ検査を始めるわ』


 シンディの声が再び響いた。





 

 スピーカーからシンディの声が響く。

『それじゃあまず、隣に座ってくれる?』


 リトと巳白は言われるがままベットに腰かける。

 


 

「どう?」

 マイクのスイッチをオフにしてシンディがたずねる。


 トシの目の前の複数のモニター画面にはそれぞれデータが映し出される。


「血圧、体温、脈拍、筋肉の緊張具合、瞳孔――すべてにおいて二人とも許容範囲内だな。 分泌ホルモン量も一般的。 まぁ多少アドレナリンが出て緊張しているが、ドーパミンとの割合からして検査前だから出ているだけで」


 トシが鼻で笑う。

「二人ともお互いを異性として全く意識はしていない」

「あら面白くない」

 シンディも軽く笑った。


「まったくだ。 本当にただの好意で巳白に連いて来たとしたら、このお嬢ちゃんは例えようもないくらいのお人好しだよ」

「じゃ、仮に二人だけで遭難していても二人の間には何もなかっただろうってこと?」

「正解」



『ありがとう。 基本サンプルは取らせて貰ったわ。 後はその部屋で好きにしていて』

 シンディの声がスピーカーから流れて、巳白とリトは顔を見あわせる。


「これだけ?」

「もういいの?」


 拍子抜けする。


 スピーカーから声が流れる。

『そうよ。 なぁに? あなたたち、もっと拷問みたいな事を考えていたの? ふふふ』


 その穏やかな口調を聞いて、リトはスッと肩の力が抜ける。

 それは巳白も同じだったようだ。 二人で顔を見あわせて笑う。


『ああ、そうだわ。 何をしても良いとは言ったけど、まぁ、欲を言えば黙っていてもらうよりも何か適当に話をしていてくれた方が実りのあるサンプルが手に入るんだけど……無理にとは言わないから。 私達はこっちのモニター画面で見ているから、もし何か用があったら声をかけて』


 シンディの声が再びスピーカーから流れた後、プツッというマイクのスイッチが切れた音が部屋に響いた。


「うーん」

 リトは軽くうなった。


 想像以上に検査は簡単だった。 巳白に土下座までされてお願いされたのに言っちゃ悪いが拍子抜けだ。 ここまで楽だったらもっと気軽に検査に協力するって言ってあげれば良かったような。

 巳白を見ると、なんだか巳白も同じような気持ちみたいで。


「……俺、深く考えすぎていたかな?」

 そんな事を言った。


「まっ、いいじゃないですか」

 リトは気軽に答えた。


 まっ、いいか。で済むのならいいではないか。


「サンキュ」

 巳白が微笑んだ。


 そして沈黙。

 沈黙。

 物音がしないので、検査室の中は異常に静かで。


「何か話そっか」

 先に口を開いたのは巳白だった。


 正直リトはホッとした。

 このまま何も話さず時間を潰してもよいのだけど、それではあまりにも検査に協力したとは言い難いし、かといって下手な事を話してヤヤコシイ事になったらと思うと話題を選べなかった。


「何の話をしようかなー」


 巳白がアゴをポリポリとかきながら考える。

 そして、リトを横目で見る。


「やっぱりアイツの話がいい?」


 リトの頬が赤く染まる。 巳白が笑う。


「あはは。 決定。 アイツの話」


 あえてアイツとぼかしていたが、それは当然アリドについての話であって。


「アイツってばな――」


 巳白はアリドについて色々と話してくれた。

 好きな食べ物、嫌いな食べ物、六本腕があるのは、もともと母親の胎内にいた時は3つ子になるはずだったから。 ところが成長中に合体したらしく腕だけが残ったと。 本来なら3人分だからアイツは人の3倍は力もあるし素早いんだよ、と。

 初めて会ったのは陽炎の館で巳白の部屋でだった。 拾われてきたアリドは暴れて大変だったのだが、一夢がいきなり巳白が一人でいる部屋にアリドを放り込んだそうなのだ。

 部屋に転がり込むように入ってきたアリドは、巳白を見て言葉を失った。

 巳白も、アリドを見て言葉を失った。


――翼族じゃん! それも片腕

――なんでコイツ、腕が6本あるの?!


 お互いの第一印象はだだ「驚き」だった。

 そう、双方が、「相手の容姿を見て驚く」という体験を同時にしたのだった。

 一夢が扉から顔だけ入れて、『同じ顔して驚いてるぞ』と笑った。

 そして二人は同室になった。 仲良くなろうとは双方思っていなかったが。


「相手が自分を見て驚くってのは、俺とアイツにとっては必ずっていっていいほど最初に体験することなんだよな。 正直、俺もアイツも、相手のそういう反応がウザったいっていうか、俺自身にとっては普通のことなのにどうして異質な目で見るのか、って腹ただしかった。 ああ、またコイツも驚きやがった、って感じで」


 リトは黙って頷く。


「でもな、アイツと会って、最初に自分が驚いてしまった事に気づいた時、なぁんだ、俺も今までの”相手”と何ら変わらないんだなぁって後から気づいてな。 そうしたらその後は誰が自分を見てビックリしても腹もたたなくなった。 アイツなんか今じゃ逆に驚かれるのが快感みたいだ」


 巳白が笑い、つられてリトも笑う。


 巳白からアリドの話を聞くのは好きだ。

 巳白から穏やかな気配がこぼれてくるから。

 リトはそう思った。

 

 


 

 行動室でモニターを眺めていたシンディの唇が微かに笑った。

「警戒心も薄れて、過去のことを思い出す事で巳白のプロテクトが外れたわ。 これで精神侵入が出来るようになったわ」


 モニターには巳白の顔と各種のデータが映し出されている。


「これからが検査本番よ」

 


 

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