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9-3 ノック

 翌日の朝。 リトの部屋に弓が入ってくる。

「おはよう。 リト。 どう? 元気?」


 ベットの上で本を読んでいたリトが顔を上げる。

 その目の下には、くまが出来ている。


「ど、どうしたの? リト、すっごい顔」

 さすがに弓がびっくりする。


 リトは手にもった本を見せる。

「あっ、うん。 この長編推理小説を読み始めたらとまらなくなって。 昨日の夜から読み始めて、一睡もしてないの」

「……」


 弓が呆れる。

 リトが誤魔化して笑う。


「今日も何もすることないんだなーって思ったら、夜更かしどころか徹夜どんとこいって感じで……」


 弓が大きなため息をつく。

「明日には委員会の人達も出て行くから、出て行ったらいつも通りの生活よ。 リト。 ちゃーんと生活リズムを元に戻さなきゃ大変よ?」


 リトは返事をしない。

 弓は自分の机に荷物を置いて学びの準備を始める。


「もうすぐ定期試験もあるし、合格点をもらえなかったらビシビシ追試するって先生方もおっしゃってたし……」


 リトは返事をしない。


「特にリトは休んでいる分大変なんだか……あら?」


 弓がリトを見る。

 ベットの上で、すぅ、すぅ、と寝息をたてて眠ってしまっているリトがそこにいた。

 弓が微笑む。


「まぁったく」


 弓はそっとリトにブランケットをかける。

 リトは気持ちよさそうに眠っている。

 そんなリトを見て、もう一度弓が微笑む。


「おやすみ」

 そう、そっとつぶやいた。


 

 ZZZ……

 ZZZ……

 

 ゆっくりと時間が流れる。

 ゆっくりと、ゆっくりと、時間が流れる。

 穏やかな、穏やかな、時間。

 

 コンコン

 コンコン

 コンコン

 

――何か、音がする。


 リトは寝返りをうつ。

 コンコン

 コン

 ココン、ココン


――何か、音がする。


 リトは寝返りをうつ。

 

 ZZZ……

 ZZZ……

 

 

 リトは、目をさました。

 

 

 目を開けると、静かな時間が部屋を満たしている。

 起きあがり、自分の机の上を見てみると、昼食がそっと置かれている。

 寝ぼけ眼で部屋の中を見回し、時計を見る。


――もう、午後の学びが始まっている時間である。


「よっく寝たぁ」

 リトは大きく背伸びをする。


 

 コン!


 

 何かを叩く、音がした。

 いや。 この音は。

 


 コン!


 

 扉を叩く音だ。


「はい?」

 リトは返事をする。 だが、誰も入ってこない。


 リトはそろそろとベットから抜け出すと、扉を開けた。

 しかし廊下にも誰もいない。


「?」


 リトは首をかしげて部屋に戻り、椅子に座って昼食を食べ出す。


 

 コン! コン!


 

 再び、扉がノックされる。

 リトは怪訝そうな顔をしながらそっと扉に近づき、勢いよく開ける。

 しかし、やはり誰もいない。

 リトは扉を閉じる。

 


 ドン!


 

 今度は大きく一度、扉が叩かれる。

 リトはびっくりする。

 扉を開けても、やはり誰もいない。

 


 少しの沈黙の後。

 


 コン

 ココン

 コン

 コン


 

 再び、ノックが始まる。


――何だ何だぁ? ポルターガイストじゃないよねぇ?

 リトは腕組みをしながら考える。


 ノックは何度も、何度も、根気よく音を鳴らす。


――扉の向こうには、誰もいない、でも誰かが鳴らす。 この扉の向こうは、白の館の廊下。 他には……

 リトはそこまで考えて、腕組みを解いた。


「陽炎の館?」


 リトが一言つぶやくと、ノックの音が一瞬止まり、そして今度は少し早めのテンポでノックがされる。


――陽炎の館?

 リトは首を傾げた。


 陽炎の館だとしたら、向こう側はもちろん、弓の部屋だろう。 でも今はまだ午後の学びの時間だ。 弓がノックするなんてありえない。

 では誰が?

 リトは考えた。

 弓の部屋とこの部屋を繋ぐ科学魔法は「リト」と「弓」専用だ。

 でも、確かに誰かがノックしている。

 リトは一度自分の机の側に行き、引き出しからお札を取り出す。 そしてそれを扉に貼り付ける。


――弓がそこにいないって分かってるのに、勝手に弓の部屋と繋げるのは申し訳ないんだけど……


 リトは息を吸い、扉を5回、ノックする。

 まるでそれを待っていたかのように、扉が5回、ノックを返す。


――向こうから、こっちには来ない。 いや、来られない?


 リトはそう確信し、そっとドアのノブを掴んで、回す。

 扉を少し開けると、やはりそこは白の館の廊下ではなくて、弓の部屋の床が見える。

 そして、リトが扉を大きく開いたその先には、とても真剣な眼差しをした巳白が、ほんの少しほっとした顔でこちらを向いて立っていた。


「ど、どうしたんですか? 巳白さん」

 リトは驚きを隠さずに言った。


 巳白はリトの部屋の中をちらりと見回して、ホッとしたような息を吐く。


「弓、何か忘れ物してました?」


 リトは尋ねた。 巳白がわざわざ扉を繋げて白の館に来たい理由なんて、その位しか考えつかない。

 翼を動かすのが辛いので、この扉を使いたかったのだ、と。

 でも、と、リトは考える。

 扉は弓の部屋の中から白の館に繋がっているのだ。 ということは弓の部屋の中に入らないと使えない。 リトがさっき、弓がいない部屋とこの扉を繋ぐことをためらったように、普通であれば相当の理由が無い限り他人の部屋に勝手に入るなんて、あって欲しくない事だ。

 たかが忘れ物でそこまでするほど過保護だろうか?

 それとも、もっと重大な理由があるとでも?


「……そっちの部屋に入ってもいいかな? 他に誰もいないよな?」


 リトが考えていると巳白がそう告げた。


「あっ、はい。 はい、どうぞ」


 リトは頷いて、一歩下がる。

 お邪魔します、と、巳白が一言告げて部屋に入ってくる。

 入ってきた巳白の手には、弓のカーディガンが握られていた。


――あっ。


 それを見てリトは悟った。


「そのカーディガンを間に挟んで扉を叩いてたんですか?」


 その言葉で巳白が我に返り、手にした弓のカーディガンを見る。


「ああ、うん。 ――こんなに手荒に扱って、弓に叱られるな」

 悲しげに微笑む。


「貸して下さい」

 リトはそう言うとそのカーディガンを貰う。 そして優しく叩いて形を整える。


 扉はリトと弓専用だから、他の人は使えない。 それで弓の私物を間に挟むことにより、扉に誤認識をさせて扉を繋ごうとしていたのだろう。


「扉は開けてみなかったんですか?」

 リトは尋ねた。


「開けたけど、陽炎の館の廊下にしか出られなかった。 俺にはリトの声は聞こえたんだけどな。 やっぱり開けるのは、リトと弓専用みたいだよ」


 それでノックの音しかこちらに届かなかったのか。

 それにしても、いったいどれだけ長い間このカーディガンを握りしめていたのだろう。 カーディガンにはしっかりと掴んだ跡がシワになって残っている。


「……一回クリーニングに出した方が、シワが取れるかも」

 リトはそう言ってきちんと折りたたんだカーディガンを巳白に渡す。


「……弓には後できちんと謝っておくよ」

 巳白が受け取る。


 そして、沈黙が流れる。


「お茶、入れましょうか?」


 リトは言った。

 巳白は首を横に振る。


「なぁ、リト。 体の調子はどう?」

「あ、もう全然! どこも平気です」


 リトはあえて明るく言った。

 巳白が頷いた。


「なぁ、リト。 ちょっと相談があるんだ。 ――翼族調査委員会の人からな、こんな手紙が届いたんだ。 折りたたんだままで見てくれるか?」

 巳白は胸元のポケットから三つに折りたたまれた手紙を取り出す。

 リトはその手紙を受け取る。

 リトが手にした一番上の部分に、こう書かれている。

 

 

 狼使いの少年へ

  この国の狼とは仲良くなれたのかい?

 

 

 リトの心臓が、どくんと波うった。

 そして、巳白の顔を見る。


「どう思う?」

 巳白が尋ねた。


「どう……って。 大丈夫ですよ。 こんなもの気にしなくて」

 リトは言った。


 巳白が頷く。

 リトは一気に、巳白を励ますように続ける。


「だって、巳白さんは狼を追い払っただけで狼使いなんかじゃないし、そりゃあ村の人が誤解したまんまで調査委員会の人に言っちゃったってしても、何を聞かれてもラムール様に事情を話せば、ううん。 ラムール様だけじゃなくって、みんな、ここの国の人達はみんな事情を話したら、巳白さんを信じますよ。 それにしても巳白さんがいなかったら、村の人に沢山のケガ人が出たかもしれないっていうのに、どうしてこんなに決めつけちゃうのかしら」


 リトは、巳白が少しでも元気になってくれればと思ってそう言った。

 が、しかし。

 リトの目に映ったのは、悲しげな巳白の顔だった。


「巳白さん?」


 リトの言葉に、巳白がうつむく。


「だから! 大丈夫ですって!」


 リトは巳白に近づき、うつむいた巳白の顔を見上げるように言った。

 巳白は目を閉じている。


「ラムール様だって、こんな話くらいで巳白さんを委員会送りになんかしませんって! 絶対!」


 リトは一生懸命、巳白を励ます。

 だがその言葉が巳白の心に届いている手応えは無かった。

 巳白が、ゆっくりと目を開けた。

 そして、リトを見る。


「なぁ? リト。 俺がお前さんに話した、俺がテノス国に来るきっかけになったのは何だった?」


 巳白が優しく尋ねる。

 リトは”巳白が話してくれた”事を思い出す。


「えっと、……村が、戦に巻き込まれて」


――あら?

 リトはそこではじめて首をかしげた。


 巳白が寂しそうに微笑んで、リトの頭をポンポンと撫でた。

「いいんだ。 リトは悪くない」


 リトは巳白を見つめた。

 巳白が、言った。


「リトは俺の記憶を見ちゃったみたいだな」

 

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