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9-2  依頼と報酬

「まとめると……」

 巳白がやっと口を開いた。


「あなた方は俺のデータが欲しい。 協力した事は保護責任者には連絡はいかない。 そして協力するのは俺だけで構わない。 協力したら報酬がもらえる」


「そういう事だ」

 トシが頷いた。


 巳白が少し考える。

「――でも、俺だけが協力したら、報酬はどうなるんですか?」


「報酬?」


 首を傾げるトシに再度巳白が尋ねる。

「俺だけしか協力していないから、俺だけって事なんでしょ?」


 トシがそれを聞いて軽く笑った。


「いやいや。 君がそう望むならそれでもいいけどね。 そうじゃないだろう? きちんと君と、弟の分と渡すよ。 何なら誓いの書類を書いたっていい。 誓いに基づき、俺は必ず君に渡す」


 巳白が押し黙る。

 トシがささやく。


「報酬は嘘偽り無い正しいものだと、君も分かっているだろう?」

「……」

「あれはかなり高価だから多くの人が欲しがるけど、君の協力には代えられない。 こんなチャンスは二度と無いってことだけは間違いなく言えるね」

「……それは……分かります」


 巳白は呟いた。

 そして暫くの間、二人は無言で立っていた。

 風が吹いた。

 ただ、風が吹いた。

 先に口を開いたのはトシだった。


「無理にとは言わないよ。 協力するのを断ったからと言って別に君や弟をどうこうしようとは思わない。 安心したまえ。 正直、データが手に入らないってのは残念ではあるけどね。 でも無理強いは好きじゃないんだ。 だからもうこの話は無かったことにしよう。 明後日には俺たちはもうこの国を出て行く。 二度と君と会う事もないだろう。 だから安心して忘れたまえ」


 そう言ってトシは巳白に背を向けて歩き出す。

 トシは振り返らずにそっと近くの樹に手を伸ば――


「待って下さい!」

 巳白が声を出した。


 トシの手が動きを止める。

 巳白がトシの側に歩いていく。


「協力するのにはどの位時間を取られるんですか?」


 トシは手を下ろして巳白を見る。


「一晩。 夜、皆が寝静まってから、朝に起きるまでの間。 誰も気づかない」

「データは……俺のだけで、本当にいいんですよね?」

「ああ。 君のだけでいい。 弟のは不要だ。 ――翼が無いからね。 弟には」

「でも報酬は……」

「報酬は弟の分と二人分だ。 その位、君のデータには価値がある」

「データ……ってどんな事を調べるんですか?」

「機械を数個付けてね、状況によって脳波や血流、血圧がどう変化するかってことを調べるだけさ。 体に傷をつけたり解剖したりする訳じゃない。 安心したまえ」


 それを聞いて巳白がごくりとツバをのんだ。

 トシが大げさに指を一本たてて巳白に告げる。


「考えてもみたまえ。 君のところの保護責任者は誰だい? あの、国内外に名高いラムール教育係じゃないか。 そんな人が保護している君をだ、もし酷い目にあわせたら彼がどんなに腹を立てるか誰だって分かるよ。 だからもし君がデータを取ることに協力してくれても、絶対無事に返すさ。 いや、返すしかないだろう?」


 そしてゆっくりと指を下ろす。


「保護責任者が協力していいって許可してくれるのなら、俺としても助かるんだがね。 でもどうも彼は忙しいみたいだし、お互いに時間は無いし、下手に彼を通して許可が出なかったら、それこそ俺達は何もできない。 君もせっかくのチャンスを潰してしまう。 それじゃあ君が可哀想だから内々に話を進めようとも考えたのさ」


 巳白がうつむいて考える。

 考える。

 考える。

 そして、顔を上げて、トシを見る。

 巳白の眼差しに、トシは一瞬どきりとする。

 巳白は覚悟を決めて言った。 


「ラムールさんに報告はしなくていいです。 俺、協力します」


 トシはゆっくり頷いた。

「よく決心してくれた。 だけどくれぐれも言っておく。 無理はしないでいい」

「無理なんか……」


 トシは巳白の言葉をさえぎる。

「君がデータをくれるにあたって、一つだけ条件があるんだよ」

「条件?」


 トシが頷く。

「といってもたいした事じゃない。 ただ、データを取るにあたって、協力者が一人だけ必要なんだ」

「協力者?」

「協力者といっても何をするって訳じゃなくて、君がデータを取られている間、ずっと同じ部屋にいてもらえるだけでいい。 ただ、親しい人間と同じ部屋にいる時のデータが欲しいだけだから」

「ずっと同じ部屋にいるだけでいいんですね?」


 巳白が確認した。

 トシが頷く。


「そう。 一緒に検査室の中にいるだけ。 これならより無事に帰れるって確信できないかい?」


 巳白は頷いた。

「じゃあ、その、協力者を一人連れて来たらいいんですね?」

「ああ。 明後日にはここを発つからね。 今晩か、明日の晩、その協力者と一緒にこの広場に来てくれ。 そうしたら検査室に案内しよう」


 トシは微笑むと、再び近くの樹に手をやり、指先で何か操作をする。

 するとトシの目の前に黒い空間がぽっかりと開き、トシはその中に入る。

 そして巳白に向き直り、言う。


「便利だろう? 行動室は入り方が分からないと絶対に入れないんだ」


 巳白が頷く。

 黒い空間はトシが中に入ると少しずつ空間を閉じる。

 もう少しで全部の空間が閉じる時、トシが思い出したように付け加えた。


「ああ、言い忘れた。 ――……」 


 言い終わると同時に空間が閉じられ、目の前にはただ樹が残るだけだった。  

 巳白の表情が強張った。

 巳白の耳に、トシの言葉がこだました。

 




 

「協力者は異性――君なら、女の子しか駄目だから」








 しばらく立ちつくしていた巳白が、ようやく翼を羽ばたかせて空に舞った。

 その姿をモニターで確認したシンディが腕を組む。


「ハイ、お疲れさん、っと」

 背後からトシがそう言いながら階段を下りてくる。


「あれで大丈夫なの?」

 シンディは椅子の背もたれにもたれながら尋ねる。


「協力者にあのリトっていうお嬢ちゃんを連れてくるとは限らないじゃない」


 トシはシンディの横を横切ってコーヒーメーカーに近づく。


「連れてこなくても構わないさ。 最初はな」


 そう言って二つのカップにコーヒーを入れる。


「奴がこっちに協力したという事実が出来上がってしまえば、遅かれ早かれ必ずあのリトって娘に繋がるさ」


 そしてカップの一つをシンディに差し出す。

 シンディはそれを一口飲んで、鼻で笑う。


「脳波や血流、血圧がどう変化するかのデータが欲しい……ね。 その為に体に機具を付けられる事が拷問と洗脳に繋がるなんて思ってもみないでしょうね」


 そしてちらりとトシを見る。


「それで、どっちにするの? 拷問? 洗脳?」


 トシが一口コーヒーを飲む。


「ダブル」


 それを聞いたシンディは軽く頷く。

「どうやって?」

「プラン3。 巳白の意識に情報を与えて、狂った翼族の意識とリンクさせる」

「そんな事したら、協力者を食い尽くしてしまうじゃ……あ! そういう事ね」


 途中でシンディはその事に気づいた。


「そう。 巳白の凶暴性を高めることによって、巳白は協力者を襲う。 襲うからには必ず協力者は喰い殺される。 協力者として連れてくるからにはそいつは巳白にとって大事な人間だろうさ。 後で正気に戻した時、大事な人間をその手で殺めた事を知れば精神が崩壊するのでこちらの思うように洗脳することも可能って事だ」

「そして人間を喰い殺したとなれば、例えそれが無意識下で行った事だとしても処罰は免れないわね。 私達調査委員会の出番で、保護責任者は手も足も出ないわ。 その後で国内を自由に調査しても遅くはないってことなのね」


 トシが頷く。

「または潜在意識に凶暴性をすり込ませた巳白をそのまま村に戻しても構わない。 勝手に人間を沢山襲ってくれるだろう。 そこで無事だった生き物が俺達が探しているものって可能性もある。 どっちにしろ巳白が俺達に協力してくれたら、その時点でこの計画はほぼ成功とみていい」


 シンディも頷く。

「そして、もし――協力者にお嬢ちゃんを連れてきて、かつ、巳白が凶暴になったにもかかわらずお嬢ちゃんを殺すことができなかった時は――」


 トシとシンディは視線を合わせた。

「お嬢ちゃんが私達の探しているもの、ってことね」


 トシは頷き、もう誰も写っていないモニターに視線を向けた。


――まずは兄貴の方から、苦しめてやる

 

 







 陽炎の館に、元気よく扉の開く音と、義軍の声が響いた。

「たっだいまぁ!」


 すぐ後から弓も入ってくる。

「ただいまぁ。 ねぇ、巳白? いるの?」


 弓の声が響くと、巳白の部屋でゴトリと音がした。


「いるみたい」

 弓はそう呟くと、二階に向かう。


「弓ちゃあん。 おやつ、食べていい?」

 義軍が持って帰ってきた買い物袋をあさりながら尋ねる。


「ちゃんと手を洗ってうがいしてからネ」

 弓は微笑んで答える。


 うわぁい、と大声を上げて義軍は喜んで洗面所へと向かう。 弓は軽い足取りで巳白の部屋へと向かう。

 巳白の部屋の扉をノックする。


「巳白。 起きてる?」


 弓が声をかけるが返事がない。

 弓はちょっと首をかしげて、扉を開ける。


「巳白?」


 弓が巳白の部屋をのぞくと、巳白が無表情ですぐ目の前に立っていた。


「きゃっ」


 弓が驚いて少し後ろに下がる。


「ああ、もぅ、驚かさないで。 巳白ったら」


 弓は胸に手をあてて呼吸をととのえる。


「……」


 巳白は黙ったままだ。

 弓は腰に手をあてる。


「巳白? 今日、途中で帰ってきたら、家の中散らかしてあったんだもん。 びっくりしちゃった」

「……あ、ああ。 ごめん。 片づけなきゃ、な」

 巳白が思い出したように答える。


「やだ。 まだ帰ってきたばかりなの? もう片づけま・し・た」

 弓が笑う。


「……え、あ、うん。 ごめん」

 巳白が呟く。


 弓が首をかしげる。

「……巳白? 翼の調子はどう? 少しは良くなった?」


 巳白は呟く。

「……え、あ、うん……」


 上の空だ。


「巳白?」

 弓が手を巳白の額にあてる。

「熱は無いみたいだけど……どうかしたの?」


 巳白はじっと弓をみつめる。

 弓もじっと見つめ返す。

 巳白はそっと額に当てられた弓の手を握る。


「……あ、あのさ」

「何?」


 弓が見つめ返す。

 巳白は視線を逸らす。


「あ、いや。 平気だから。 サンキュ」

「ならいいけど」


 弓が微笑む。

 巳白は視線を逸らしたまま尋ねる。


「そういや、リトはどんな感じなんだ? 結構回復したのか?」


 弓の手を離す。


「うん。 もういい感じよ。 今日だって私が陽炎の館に忘れ物を取りに来るのについてきたもの。 ずっと部屋の中にいるのはつまんなーいって」


 弓が笑う。

 巳白も、笑う。


「よ、良かったな。 弓」

「うん♪ あ、でもね、巳白にも教えたい良いことがあってね」


 弓の目が輝く。


「調査委員会の人達、明後日の昼にはこの国をたつらしいわ。 女官長様がさっき教えて下さったの」


 巳白が息を止める。


「もうこれで平気ね」


 弓の笑顔に、巳白は無理矢理頷く。

「……そうだな。 もう、この国には来ないだろうし……」

「そういうコト」


 弓も頷いた。

 巳白の視線が泳ぐ。


「あ、あのさ。 弓」

 迷いながら、口を開く。


「あのさ、実は――」


 巳白は弓を見る。

 弓は巳白を見る。

 巳白が口に出す。


「き、協――、今日はいい天気だったから、リトも外に出たかっただろうなぁ!」


 弓がぽかんと目を丸くする。


「な? いい天気だったからなぁ」

 巳白が繰り返す。


 弓も返事をする。

「え、え――と、うん。 リトも出たかったかもしれないわね。 巳白、リトが元気になったかどうか心配? 何なら私の部屋の扉と白の館の扉が繋がっているから、リトと会う?」


 巳白が再び、一度息を止める。

「え、あ、いや。 いやいや。 いい。 平気。 会わなくて、平気」

「変な巳白ぅ」

 弓が首をかしげる。


「何かあるの? 来意にでも相談する?」

 来意、と聞いて巳白の顔に焦りの色が浮かぶ。


「いや! 別に! 来意に視てもらうよーなコトは何も起こってないから!」

 慌てて拒否する。


「じ、実はな、休むのに飽きたから、今日ちょっと裏の森を飛んできて、俺、疲れてるんだ。 だからちょっと変に思えるんだよ。 あ、ああ、眠っ!」

 巳白は大きなあくびをする。


 弓が胸をなで下ろす。

「なぁんだ。 びっくりしちゃった」


 巳白が空笑いをする。

「は、はは。 ごめん、ちょっと寝ぼけてるかも。 俺、もう今日は寝るわ。 眠り玉を使うから今日の晩飯はいらないよ」

「うん。 わかった。 じゃあゆっくり休んでね」


 弓の笑顔につられて、巳白もほんの少し、笑顔になる。

 それじゃ、と言って弓が部屋を出かけた時、巳白が呼び止めた。


「なぁに?」


 弓の問いに、巳白は返事ができなかった。

 言えるはずが、無かった。

 


「ごめん」

 


 弓が扉をしめて部屋に一人になって、やっと巳白がそうつぶやいた。

 そして窓から外を眺める。


――来意に気づかれる訳にはいかない


 窓から見える木々が風にゆらぐのを見つめながら、巳白は覚悟を決めた。



 

 

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