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8-6 なんとなく、もう嫌

「はぁー。 そりゃぁ運が良かったって言うか」

 一通り話を聞き終わって、佐太郎が感心する。


「運が良かったって思うのは、オレも賛成」


 アリドも笑う。


「オレもなぁ、どうなる事かって心配してたんだぞ? リトが検査されるってなったら弓が黙っちゃいないだろうし、弓が黙っちゃいないなら、羽織も黙っちゃいないだろうし、羽織が黙っちゃいないで切れたら相手は調査委員会だろ? これはどうなるのかなぁって。 羽織達と一緒に陽炎の館で来意の帰りを待っている間中考えていたんだからな」

「それが分かっているから来意は寄らずに行ったんだろうな」


 佐太郎が言う。


「それにライ……ラムールが保護責任者を正式登録していたから相手さんも無理は出来なかったって訳か。 良かったな、リト」

「――えっ、ええ。 うん」


 リトは頷く。

 しかしリトの脳裏に保護責任者申請プログラム体験版の事がよぎる。

 あれが事実ならば。 

 ラムールは仮想現実の中でリトを殺しているということだ。

 それはやはり、悲しい。

 アリドの手がポンポンと優しくリトの頭をたたく。


「しっかし、お前は何を見たんだよ。 やっぱり凄く嫌な思い出だった訳? 弱みとか? 弱点? 何なら次に切り札にする為にオレが聞いていてやろうか?」


 リトは考えた。

 シンディと、トシの記憶。


「見た……って言っても、まるで分厚い辞書を一気にパラパラとめくったみたいな感じ……っていうか、見ていたような見ていなかったような、そんな感じなの」


 佐太郎が頷いた。


「嫌な記憶ってのは何日分も何年分もあるだろうからな。 それをほんの1秒そこらで見たのならそんな印象だろうな。 ただ記憶には入っているからじっくり見ようと思えばお前さんは見ることができるはずだ。 それを恐れたんだろうな。 その二人以外の記憶は見ていないのか?」


 話しながら思い出したらしく、佐太郎が質問する。

 先にアリドが反応する。


「んじゃリト、巳白の記憶も見たのか? 巳白の奴、あんまり話してくれねーけど村で巻き込まれた戦争は大変だったみてーじゃん? あ! 迎えに行った来意の分も?」


――来意?


 リトは思いだした。


「来意くんは私に触れると嫌な感じがすると思うからって言って絶対触らなかったし、巳白さんの村の戦争の記憶っていうのも……見ていない。 あとはラムール様がちょっとだけ」


「ラムールさんの記憶も見たのか?! リト、そりゃすげぇ!」


 アリドが叫ぶ。


「あの人の弱みを見たってことか?」


 その言葉で佐太郎の顔色が変わる。

 顔色が変わった佐太郎を見て、アリドがはと気づく。


「……ってことは、リトはラムールさんの秘密を知ってるってことでラムールさんの敵に狙われるって事もある――のか?」


 リトも青くなる。


「えっ? だって、ラムール様の記憶っていってもデイは元気かな、って感情と、新世さんにあやされてるところと――そのくらい、だよ? それなのに?」


 佐太郎が笑った。


「ははは。 リトはもともと専属女官だろうが。 その時点で十分秘密を知っていると思われて狙われてるって」


 それもそうだ、とリトは頷く。 しかしそれでは佐太郎が一瞬にして顔色を変えた理由が分からない。


「あいつの弱点は新世だけだったよ。 それは間違いない。 しかし新世ももういないし、どうこうできる弱点らしい弱点は今のあいつには無いさ。 誰にだって分かる。 気にするな。 リト」


――そう、に決まっている。 でも。


 リトは佐太郎とラムールが事務室で言い争っていた時の事を思い出す。

 佐太郎は、もう協力しないと言った。

 ラムールが顔色を変えた。

 あれはどうみても、何か大事なことを佐太郎が知っている証だった。

 佐太郎はリトの顔を見て、ちょっと考えた。


「――でも、まぁ、リトはもう今回の事は思い出さないというか、忘れているふりをした方がいいってのは確かだな。 いや別に特別な事をしろと言っているんじゃない。 普通に過ごせばいい。 そうしたら相手もリトの記憶は無くなったと思うさ。 ――もし――どうしても不安なら」


 佐太郎の目が優しく、真剣に光る。


「きちんとした管理のもと、リトの記憶を整理するって方法もある」

「整理?」

「委員会の奴らが子供にやってたろ? あれと同じだ。 お前さんが見た記憶をすべて別の媒体に移して思い出さないように整理するってことだ。 あれなら科学魔法だからおれにもできる」


 佐太郎が優しくリトの頭に触れた。


「記憶は脳にある。 脳にある限り簡単に思い出せる。 だからそれを別の物に移し替える。 100のうち1だけを残してな。 100分の1に減った記憶はわずかすぎて、すぐ脳は忘却してしまう。 だけど記憶は別の場所に確かに存在する。 それは脳と100分の1でリンクしている。 だから記憶障害などにはならない。 別の物に入った記憶は物理的に引き離したお前の脳と思えばいい。 100分の1を思い出して残りの99を知りたくなったら移した媒体から引き出してやればいい。 もし知りたくないのならば媒体を壊してしまえば永遠に記憶は100分の1以上は戻らない。 ――わかるか?」

「……なんとなく」


 リトは答えた。

 でも、なんとなく、もう嫌だった。


「あんまり乗り気じゃないみたいだな。 まぁ、構わんよ。 そんな手もあるって事だけ覚えておいてくれ」


 リトはぼんやりと考えた。

 ひーる君がやられたように無理に記憶を奪われる。

 奪われた後は、それを知らない。

 毎日の私達の膨大な記憶。

 忘れるつもりがなくても忘れていった出来事。

 私達の記憶はいつも誰にも関与されていないという自信はあるか?

 忘れたのではなく奪われた記憶がどこかにあるのではないか?


――日記でも書こうかなぁ……

 リトはそう考えた。




「……あのさぁー、佐太郎さーん」

 不意にアリドが話しかける。


「どうした?」


 佐太郎が不思議そうにアリドを見る。


「まだ膝の上にリトを乗っけておかなきゃいけねぇ?」

「はっ?」


 リトはアリドの膝の上で横になったまま、アリドを見た。

 アリドの表情が、少しだけ変。


「……しびれた……」


 アリドの口から辛そうな声が漏れる。

 佐太郎が呆れた声を出す。


「もうとっくに下ろしていいぞ?」

「へぇ? だってまだしばらく動かすなって……いや、いい。 何でもいい。 ほら、降りろ、リト!」


 リトはちょっと残念だと思いながらも起きあがる。


「う゛ぉぇっ! 触るなっ! 」


 アリドがリトを押しのける。 


「アリドー。 女の子をそんな乱暴にしちゃイカンぞぉ〜〜」 


 佐太郎がにやにやと笑い、痺れたアリドの足をつつく。


「ち、ちょ、ゴメ、ゴメンってば、佐太郎さんっ!」


 アリドがもだえるのをリトと佐太郎はくすくす笑いながら見る。


「リ、リトっ! てめぇも、恩人のオレに向かって笑ってんじゃねぇ! もー少し痩せろやっ!」


 とはいえ。

 リトがにこっと笑って指を一本立てて足に近づけると――


「ゴメ、悪かった。 触るな。 頼むから触るな」


と、アリドが平謝りする。

 佐太郎とリトは声をあげて笑った。 仕方がないのでアリドも笑う。

 ひとしきり笑ってリトはアリドに向かって告げた。


「でも、ホントにありがとう。 アリド」


 アリドは微笑む。


「ま、何もなくて良かったな」


 そして立ち上がり、変化鳥の側に行く。


「アリド、行っちゃうの?」


 リトが言った。

 アリドが頷く。


「ああ。 今度はオルラジア国の南の方にでも行ってみよーかなーって思っててな」


 そうなのか。

 アリドは仇を捜して旅をしている。 だから仕方がないのだけれど、やはりまた会えなくなると思うと寂しい。

 そんなリトの気持ちも知らず、アリドがぼやく。


「いい加減何か情報が入ってきてもいいはずなんだけどなぁ……」


 はっ、と佐太郎を見る。


「なぁ、佐太郎さん。 裏ハンターのジン・ウォッカについて何も情報は無ぇ?」


 佐太郎の視線がちょっと逸れる。


「あ、何かあった?」


 アリドが目を輝かせる。

 佐太郎は首を横に振る。


「いや、何かあったって顔だよ?」


 アリドが問いただす。

 佐太郎はもう一度首を横に振る。


「んにゃ。 ジンについては何も」

「じゃ、何?」


 こうなると誤魔化しても仕方がないと佐太郎は悟ったようで息を吐いた。


「……ま、教えたところでどうなるもんでもねぇがな。 他の奴には言わないと約束するか?」


 アリドが頷く。


「んじゃ、まぁ。 ……翼族の名簿があるんだが、それを見たら、新世を殺した奴が分かった」


 アリドが顔色を変える。

 リトの心臓も大きく脈うつ。

 アリドの表情に怒りと冷徹さが浮かぶ。


「そいつは……誰だよ」


 絞り出すように吐き出したアリドの声はぞっとする響きがあった。

 しかし佐太郎は全然余裕の口調だった。


「翼族調査委員会のメンバーってことだけさ。 名前は通称だから、どこの誰かをすぐ探すってのは無理だな。 だから今、別の色んな資料を探しながらどこかに通称と本名を繋げる資料が無いか探してる」

「それって翼族調査委員会本部に忍び込めば分かるんじゃねぇ? オレ、行ってみて……」

「馬鹿たれ」


 佐太郎が話を切った。


「あのなぁ、ドコの誰か分かるような資料、そんなもの置いていたらそれこそ翼族が狙って攻撃しに来るわい。 しかも襲名だってできるからな、ナンバー名は。 確実にその時期に名乗っていた奴を特定しないといけないんだ。 だから教えてやらねぇの」


 アリドが口ごもる。

 それを見て佐太郎が近づき、アリドの頭をポンと軽くたたく。


「どこの誰か分かったら必ずお前達に教えるから。 約束だ」


 アリドが佐太郎を見る。


「佐太郎のおっちゃんがそう言うなら……信じるけどさ」


 佐太郎が笑う。


「だけどなアリド。 お前にしろ、他の奴らにしろ教えたらすぐ頭に血が上って敵討ちに行きそうだから、全員が集まった時にしか教えてやんねぇぞ? だから知りたかったら無事に陽炎の館に帰って来い。な?」


 アリドが頷いた。


「じゃあ行ってくる」


 アリドはそう言うと変化鳥に乗る。 そして変化鳥と一緒に周囲の色に同化して、消える。

 風が起こった。

 そして、静寂が。

 もうここにアリドの気配は無かった。

 そしてリトは気づいた。


「私、どうやって白の館まで帰ったらいいの?」

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