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8-5 初キスはもう時効

 佐太郎が機械を片づける。 

 かちゃかちゃという音が洞窟内に響く。

 リトはまだ、アリドの膝の上にいた。

 アリドの手の一本が、リトの頭を軽く撫でていた。

 リトの顔色もすこぶる良い。

 アリドも、安堵した表情になっていた。

 さきほどまでの切羽詰まった空気も、どんよりした雰囲気も全く無い。

 リトはもう平気だと、それらが告げていた。


「ったく、アホたれが。 何が嬉しいだよ、おい」


 アリドが呟く。

 リトはつくり笑いを浮かべてごまかす。

 佐太郎が機械を持って立ち上がる。


「おいアリド。 リトはもう少し動かすなよ。 とりあえず機械しまってくるからそれまで――初キスの話でもしてろ」

「佐太郎さん! 忘れてくれよってば」


 アリドがふてくされる。

 はっはっ、と笑いながら佐太郎が奥の部屋に引っ込む。


「ったく……」


 アリドがそう言いながら、リトを見て、ちょっと目を逸らす。


「具合、良くなって、良かったな」


 アリドが言う。 リトが頷く。


「ありがと。 アリド」


 確かに目まいも頭痛も吐き気も眠気も、すべて消えていた。 

 っていうか、アリドの膝でアリドに頭を撫でられて、気もちいい。


「お前が――死ぬかと思ったんだぞ。 このままじゃ……」


 アリドが優しく言う。 でも――


「で、アリド。 初キスの相手が巳白さんだって、それ、どういうこと?」


 リトは尋ねた。

 アリドが固まる。


「お前なぁ。 オレがその話題に触れないように持っていこうってしてるのに、思いきり戻す訳?」


 ちょっと嫌そうにアリドが返事をする。


「だって、めちゃめちゃ気になるもん」 


 リトは返事をする。


「気になりすぎて、巳白さんに聞いてみようかって思うくらい、気になるもん」


 アリドが冷や汗を流す。

 リトがジーッと見つめる。

 アリドがため息をついた。


「ンな、たいした話じゃなくて、まだガキだったころの話で」

「今じゃないんだ!?」


 リトのつっこみにアリドが吠える。


「今な訳あるかアホっ! ほんの数週間の過ちっていうか」

「数週間? たまたま喧嘩してる時にぶち当たったとかじゃなくて?」


 リトの指摘にアリドがしまった、という顔をする。

 リトがジーッとみつめる。

 アリドが頭をかく。


「ああもぅ、分かったよ。 言うさ。 でも絶対内緒だからな」


 リトは激しく頷く。

 アリドが語り出す。


「オレと巳白が12の時なんだけどな、その、キスとかそういうものに興味が出る年頃になって」


 リトが頷く。


「キスってどんなものなんだろうなぁって、やっぱり考える訳だよな?」


 リトが頷く。


「えーと、ところが、相手とかもいないしさ。 やったこともないのにやったフリもできないし」


 リトが頷く。


「そん時、オレと巳白は同じ部屋だったから、毎晩毎晩、結構そんな話をしていた訳だ」


 リトが固まる。

 そこに佐太郎がやってくる。


「そんなモンだぞ。 思春期入りかけた男ってものはさ」


 そんなことを笑いながら言う。


「おれも最初はキョーミあったなぁ」


 まぁ、確かに、リトにも分からないでもない。


「そういや、佐太郎さんの初キスは?」


 アリドがふった。


「おれ? おれは幼なじみの彼女とだ」

「あ、なんか、それっていい!」


 リトが思わず口に出す。

 だろ?と佐太郎がウインクして通り過ぎ、近くの器具でコーヒーを入れる。 


「で?」


 リトがアリドを見る。


「……で、知らないんなら、やってみようかってことになってさ」


 アリドが言った。


「なんつうか、勢いで、キスしてみて。 んで、一回じゃわかんねぇよな、ってことで何回か練習をかねて……その、ま、そんな感じ」


 これはどういう反応をすべきか。

 佐太郎が笑いながらコーヒーを持ってくる。


「リト。 気にするな。 た ま に ある話だ。 ガキすぎてキスが何か分かってないから男同士で試すなんてガキっぽいことが出来たってことさ。 そんで少し物事が分かってくると今のアリドみたいに封印したくなるわけ」

「そういうこと」


 アリドが言う。


「だからリトも、せっかく記念になりそうなものはよく考えてからしろよ? 大人になって今みたいに初キスの話で盛り上がってみ? 幼なじみの彼女とか、初恋の人とか、年上の女性とかいう中で、男ですって言いにくいっていうか、言えないから。 オレが男が好きだっていうんならまだしも……。 あ、お前は女だから相手が男でもいいのか」


 そこまで聞いた佐太郎がつっこむ。


「ほほぅ。 そんじゃアリドはんな話題の時、何て言ってんだ?」

「ガキの頃からキスしまくりだから覚えてない」


 アリドが舌をペロリと出して言う。

 リトはアリドが可愛い見栄っ張りの子供のように思えてクスクス笑った。


――そっかぁ。 過ちの初キスかぁ


 リトにとっては初恋の人だとか、誰か別の女の人とアリドが初キスをしたという方がヤキモチやいたかもしれない。 そう思うと、逆にアリドの秘密を知れたことに嬉しいとすら感じていた。  


「もう時効だからなっ!」


 アリドが言った。

 リトと佐太郎は笑った。




「そんで佐太郎さん。 リトの具合の悪さは一体なんだったんだ?」

 アリドが尋ねた。


 佐太郎がリトを見て、少し考えてから、口を開いた。


「記憶を司る脳の部分に異常負荷がかかってた。 記憶を目茶苦茶にされるとこだった」

「どーゆーこと?」


 アリドが首を傾げる。


「スマン。 それでも分かりやすく言ったつもりだったんだが。 うーん。 ……リトの記憶を消したいと思う奴が、抜き出す代わりに他の記憶で塗りつぶそうとした、って言えばいいかな」


 佐太郎が言うが、やはり訳がわからない。


「つまり、さっきアリドは初キスの話を逸らそうとしてたよな?」


 アリドは頷く。


「この、リトに知られた初キスの話ってのは、お前にとって忘れて欲しい話である、と。 でも一回言っちゃったものはリトの記憶の中に入っちゃってるから、抜き出すことはできない、よな?」

「うん」

「そこで別の話――たとえばリトが超大好きなケーキが30分限定で食べ放題、とかリトが飛びつきそうな話題を与えると、リトの意識はそっちに向いて、しばらくは初キスの話題も忘れるだろう?」

「うん」

「だけど時間がたてばリトはまた初キスの話題を思い出す。 また別の話題をリトに与える。 何度も与えていたらリトは初キスの話題そのものを思い出さなくなるかもしれないし、いや、やっぱりしつこく思い出すかもしれない」

「うん」

「上手くキスの話を忘れてくれたら万々歳だが、いつ忘れてくれるか分からないよな? そんな手間は普通は取れないから、誰かがわざと特殊な情報をリトに与えた。 リトの脳がその情報を受け入れたが最後、特殊な情報から出される力で、リトの記憶を司る脳の部分にストレスを与えて、リトの精神を操作しよう、としたってことだ」


 そう言って佐太郎はポケットから小瓶を取り出す。

 蓋が閉められた小瓶の中には透明なビー玉が一つ入っている。 ビー玉の中には黒と赤と緑の炎が混ざり合いながら揺らいでいる。


「つまりこれが、リトの意識の中に入って暴れていたということ」


 佐太郎が瓶をふると中でそのビー玉がカラカラと揺れた。


「記憶ってのは繰り返して刺激を与えるとより定着率が高くなる。 こいつはリトの意識の中に入り込んで色んな負の刺激を与えて、まぁぶっちゃけ、リトを狂わせようとしていた。 リトが眠ってしまったら潜在意識の方がうんと開いちゃうんでな、最悪な事になっていたよ」

「最悪……って、あのまま私が寝ていたら、どうなっていたんですか?」


 リトが尋ねた。

 佐太郎が口をへの字に曲げた。


「まず、目が覚めたリトは訳の分からない恐怖感や閉塞感に襲われて、被害妄想に言語系障害が出た可能性があるな。 そんで周囲の者から、鎮静剤打たれて大人しくした後、負の刺激に犯された部分を消去という形ですっぽり取ってしまえば、元には戻る――が」


 佐太郎が一息入れる。


「それをやっちゃうと、何日分かの記憶がすっぽり抜けるだろうな。 記憶を忘れるのならそこまで問題は無いんだけど、完全に消去してしまうと、脳の中に落とし穴があちこちに開いているみたいなもんだから、ふとした拍子に意識を失ったり記憶を忘れたりする可能性がある」


 そしてアリドを見る。


「んで、この特殊な情報はリトが意識を向ければ向けるほど活動を活発にするからな、他のことで気を逸らせば活動しないので処理がしやすいって事だったのさ」


 アリドが頷いた。

 佐太郎が背伸びをする。


「何にしろ連れてくるのが早くて良かったぞ。 ほかの記憶に混ざる前だったからな。 眠ってたらアウトだったかもしれねぇなぁ」


 アリドがリトを見た。

 安心したけど、心配してる目だ。

 アリドの手がリトの頭を撫でる。


「――何があったんだよ」


 そのアリドの問いにリトは考えた。


――多分、シンディの仕業と思うのだけど。


 リトの頭を撫でていた、アリドの手がとまる。

「――あれか? 翼族調査委員会の奴らか?」


 佐太郎が驚く。

「翼族調査委員会? 奴らが来てるのか? どうして?」

「あれ、佐太郎さん、知らなかったん?」


 アリドが目を丸くする。


「巳白がこの前スン村で捕まったろ? あれの調査で来たらしいんだけど、それと入れ替わりに巳白とリトとガキは洞窟内に落ちちゃって行方不明になっちゃってさ。 昨日、来意が里帰りから戻ってきたから無事救出された、ってそんなとこ」

「巳白と一緒に行方不明になったのか? リトは? よく無事だったな?! あ、いや――辛かったろうに。 ……すまん」


 佐太郎が申し訳なさそうにリトを見る。


「おれは調べ物があったからずっとこの家の奥の部屋やらあさってたからな……。 全然知らなかった。 知ってたら表に出てどうにか検査をごまかしてやれたかもしれないのに……」


 悲しげな瞳でリトを見る。

 それはリトが肉体検査を受けたと勘違いしているようだった。


「佐太郎さん? リトはそんな辛くも無かったみてーだよ?」


 アリドが言う。 それを佐太郎がたしなめる。


「馬鹿野郎! 男の想像以上に女は傷ついているってこともあるんだ。 軽々しく言うな。 お前がしっかりしてやらないと――」

「えとあの、私、平気でしたから。 佐太郎さん!」


 リトが佐太郎の服のすそを引っ張って言う。


「だってリト――お前――でも――」


 佐太郎がもどかしげにリトを見る。

 これはもう一度、説明しなければならないようだった。

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