表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/138

8-4 精神検査・墓場までの秘密

 佐太郎はアリドがリトを抱いていたので、やっと変だと気がついた。

 リトの顔は、目すらうっすら開けているが、顔色が土気色だ。


「どうした!」


 佐太郎は慌てて駆け寄った。

 アリドも駆け寄って来て、リトを少し突き出す。


「変なんだ、こいつが、気持ちわるいって」


 リトの顔を見た佐太郎も顔色を変える。

 佐太郎の顔色が変わったのでアリドが狼狽える。


「な、な? 変だろ?」


 佐太郎は返事をせずにまず左手でリトの脈を見て、右手でリトの瞳を開けて、次に舌を触る。


「何があった?」


 リトを診察しながら佐太郎は言った。


「わかんねぇ。 変化鳥が妙に暴れてこいつの部屋にちょっかい出すんで見舞いがてら入ったら、こんな感じで……」


 アリドが答える。

 佐太郎がリトの頭に手をやった。


「な、なぁ。 佐太郎さん、 リト、大丈夫だよな?」


 アリドの声がうわずる。


「眠たいって言うんだよ、医者もラムールさんもいらねぇって言うんだよ」


 リトを抱く腕に力が入る。

 佐太郎の目が光った。


「異常な負荷がかけられてらぁ――。 ……ヤバい」


 佐太郎は弾かれるように身を翻し、奥の部屋へ向かう。


「佐太郎さんっ!」


 アリドが叫ぶ。

 佐太郎が振り向いて叫ぶ。


「アリド! いいか、絶対、眠らせるな!」


 アリドは頷く。


「リト! リト! 聞こえるか? 返事しろ!」


 リトの瞳がうつろなままだ。


「リトってば!」


 アリドが叫ぶとリトの瞳に力がほんの少し戻る。


「アリド……? な、に……?」

「リト、目を閉じるな! 気をしっかり保て! 返事しろ!」

「……え……っと、……ねむい……ん……だけ……ど」


 リトが目を閉じようとする。


「目を閉じるなってば!」


 アリドが叫ぶ。 大声で叫んだのでリトはビクリと驚いて目を開く。

 そしてまた、目を閉じようとする。

 まるで睡魔に抗えないかのように。


「よし、アリド、とりあえずそこに座れ! リトを抱いたまんまでいい。 膝の上に横にしろ。 時折揺らして、絶対眠らせるな!」


 佐太郎がやってきて指示を出す。 アリドは言われたとおりにその場にリトを膝の上に横にして座る。 アリドの6本の腕が膝からはみだしたリトの身体を水平に支える。

 佐太郎は奇妙な金属製の棒を取り出すとリトの額に当てた。 棒に繋がれたコードの先の金属製の箱になにやら文字が映し出され、グラフが描かれる。

 佐太郎の顔は真剣そのものだ。

 そのグラフを見ていた佐太郎がリトの顔を軽くはたく。 

 リトの瞳が佐太郎を捕らえる。


「リ、リト。 いいか、今から精神検査をする。 おめぇさんのためだ、いいな?」


 佐太郎が言った。


「リト、返事をしろ!」


 アリドが言った。


「せ……しん?」


 リトは佐太郎の言葉を理解できないように繰り返す。


「リト、いいから、佐太郎さんの言うとおりにしろ! 返事をしろ、リト!」


 アリドが叫ぶ。

 リトは――アリドが何を言っているのかもよく分からなかった。

 だけど、返事をしないとアリドは悲しむだろうなぁ、と、思った。

 だってリトを見つめるアリドの瞳は、とても心配そうだったから。


「――うん」


 リトは、返事をした。


「よし、いいぞ。 プロテクトが外れた。 まだ間に合う。 リトや、 すぐ楽にしてやるからな」


 佐太郎が額に汗を浮かべながら機械をいじる。

 それは、リトにとって初めての感じだった。


 頭痛を、頭痛でもぎとられるような感じ――



 

「アリド」

 佐太郎が口を開いた。


「何?」

 アリドが不安げに口を開く。


 佐太郎が一瞬だけ、アリドを見る。


「リトの意識を全然別のことで一杯にしたいんだ。 お前、なんかこう、笑えそうな、リトが食い付きそうな、新しい情報に集中させてほしいんだが、そんな何かを話せ」

「はっ?」


 アリドの声が裏返る。 佐太郎が続ける。


「リトに別のことに集中してほしいんだよ。 愛の告白でも何でもいいから、とにかくリトの目先ががらっと別の方を向くように」

「……って言ったって」


 アリドが戸惑う。


「人の秘密とか、おまえの失敗談とか、愛の告白とか! とりあえず何か! これは別にお前に対する嫌がらせでも意地悪でもないから!」


 佐太郎が叫ぶ。


「えーっと……あ、やべー、の、思い出した」


 アリドが狼狽えた。


「じゃあそれだ」


 佐太郎が言った。  





「あ、いや、これはちょっと、墓場まで持っていこうとしていた秘密だから……」

 アリドが歯切れ悪く言った。


 リトの視界に、困った顔で頬を染めたような、焦っているアリドの姿が目に入る。

 アリドの視線がリトと絡まる。


――ああ、アリドだぁ。


 リトはぼんやりとアリドを見つめた。 アリドの瞳の色、アリドの顔、下からのアングル、アリドのまつげ……

 ゆっくりと、じっくりとアリドを見るのは初めてのような気がする。


「アリド。 それ言いたくないなら他のでも構わないから、とりあえずリトを覚醒させろって」


 佐太郎の声が聞こえる。

 リトは、何だか、気持ち悪くて眠たくて、返事をするのもおっくうだったが、やっぱり、そうそう簡単にアリドをじっくり見る機会なんてないだろうから、アリドを見ていたかった。


――でも、なんだか、めまいは大分おさまったみたい……


 リトは半ば放心状態でアリドを見つめる。

 リトと視線を絡ませたまま、アリドの顔が悩んだり、困ったり、何を話そうかと口をぱくぱくさせて、百面相をみせる。


――アリド、変な顔ぉ


 リトは思わずクスリと笑う。


「ほらアリド早く。 何か話せ。 リトの意識が大分そっちに向いてる」


 佐太郎の声が聞こえる。


――吐き気も、そんなに無くなったような……


 リトは思う。

 ただ、やはり、眠たい。

 このままアリドの膝の上で、眠りたい。

 リトの瞳がゆっくりと閉じようとした。


「アリド! 眠らせるなっ!」


 佐太郎の叫び声が遠くに聞こえる。

 アリドが覚悟を決めたように頷く。


「リト。 リト」 


 アリドが耳元で名前を呼ぶ。

 リトは慌てて目を開く。

 目の前、ほんの数センチのところにアリドの顔がある。

 リトは驚いて息をのんだ。

 アリドの吐く息がリトにかかる。


――!!!!


 接近しすぎである。

 接近しすぎたアリドの顔はとても綺麗で魅惑的で――


「リト」


 アリドの唇から優しい声が漏れる。


「初キスはもう、したか?」


――えっと、えっと、えっと!


 リトの脳がフル回転をし始める。


――初キス! 初キッス、 って、初めてのキスのことよね? ええ? したこと、ないよね?


 したこともないのに何故か過去の記憶を必死にたどってリトは初キスの情報を取り出そうとする。

 しかし当然のことながら、そんな記憶が出てくる訳もなく。


「え、っと、無い、よ」


 リトはしどろもどろになりながら答える。

 ここは何と言えば良かったのか。

 無いと言えばアリドは手を出しづらいと思ったかもしれない。

 いや、有るといえばアリドは何だ、もうやれないじゃんと思うかもしれない。


――ちょっと待って! アリドが手を出したいと思ってるってのが私の世界標準判断ですかっ?!


 リトは自分でつっこみを入れる。

 アリドの瞳を見る。

 困惑したような、恥ずかしそうな、アリドの表情。

 こんな表情、今まで見たことない。


――もしかして!


 リトは考えた。

 どうして急に初キスの話なんかをするのかと言えば!


  アリドの手がそっとリトの頬を包む。

  ”リト”

  リトはアリドを見上げる。

  ”アリド”

  アリドの指で、リトの顔が少し上を向く

  アリドがそっと瞳を閉じて呟く。

  ”オレがお前の最初で最後の男だな……”

 そして――! とか。


――いやいや違う、告白する前に初キスの話っておかしくない?


 リトは考えた。


――あっ! もしかして!!!


  深夜。 白の館のベットですやすやと眠るリト。

  窓が静かに開いて、アリドが部屋に入ってくる。

  アリドはそっとリトのベットに近づき、リトの寝顔を見る。

  すやすやと眠る、リトの顔。

  ”無防備な顔してよく寝てらぁ”

  アリドが呟く。 そしてリトの頬にかかった髪を指で払う。

  リトが寝返りをうち、アリドがほんの少し、緊張する。

  そしてしばらくリトを見つめていたアリドは部屋の中に他に誰もいないか、

  きょろきょろと見回して確かめると――そっと、自分の唇をリトの唇と重ね――!


――そっちかも!!!


 リトは勝手に妄想を膨らます。


――勝手にやっちゃったから、言えなくて墓場までの秘密だったのね!


 おめでたいものである。


――え、でも、もしそうなら、私は何て返事をすればいいのかな?


 リトの思考、フル回転


――嫌だとか、拒否したら、きっと凹むよね? ここは嬉しいって返事をするべきだわ。


  アリド告げる。

  ”オレな、実はお前が寝ている時に、キスしたことがあるんだ”

  リト困惑。

  ”――え……?”

  アリドが申し訳なさそうに目をそらす。

  ”……ごめん”

  リト、頬をそめながら。

  ”……ううん。 嬉しい”

  アリド感激


――よぉしっ! これで決定! 


 何が決定なのか。


 リトはじっと、アリドの瞳を見つめ返す。

 アリドが恥じらいながらも、その瞳に覚悟を決めたような色をまとう。


――さぁ来いっ!


 リトは気合いを入れる。


「実はな、リト。 オレ――」


 アリドが口を開く。


「誰にも言うなよ? 内緒なんだからな……」


 リトは頷く。


「オレのな、初キスの相手はな……」


 リトを支えるアリドの手に力がこもる。

 恥ずかしそうにアリドが沈黙する。


――こっちかぁっ! ”オレの初キスの相手はリトって決めてたんだ”で、はい、どうぞ!


 リトがごくりと唾を飲む。


「オレの――初キスの相手はな」


 アリドが再度繰り返した。 リトはタイミングをうかがった。

 アリドが、言う。


「――巳白なんだ」


 リト沈黙。


「――驚いたか?」


 ええ、驚いた。 驚いたですとも。

 だけど変なシュミレーションを頭でしていたものだから――


「……ううん。 嬉しい」


 リトはしっかり、そう返事をした。

 

 

 眠気なんてもうどこかに吹っ飛んでいた。

 

 

 

「やべぇよ、佐太郎さん。 リトがアホになってる」

 アリドが冷や汗を流しながら呟いた。


 佐太郎は笑っていた。

「いやいや、上出来だ。 アリド。 これでもうリトは平気だ」


 わっはっはっ、と笑い声が洞窟内にこだまする。

 リトは、アリドの恥ずかしい秘密を聞いたのに逆に恥ずかしくて穴があったら入りたいと思っていた。

 

 

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ