8-3 プログラム体験版
{イマカラ ホゴセキニンシャ シンセイ プログラム タイケンバン ヲ カイシ シマス}
機械の合成音が鳴り響く。
リトは目を開けた。
あたりは真っ白で何もない空間だ。
夢の中のような、でも現実的な変な感覚。
{タイケンバン ハ 5パターン ノミ ニ ナリマス 1パターンニツキ タイム ハ 10ビョウ マズ アナタハ ブキ ヲ エラベマス スベテ ジカンナイニ コロシテ クダサイ}
するとリトの目の前にナイフや銃、鞭などが現れる。
リトは恐る恐る、護身用の小さなナイフを取った。
{デハ カイシ シマス}
ピーッ、と電子音が鳴り響く。
周囲の真っ白な景色がまだら模様に色を変える。 次の瞬間、リトは自分の実家の居間にいた。
お父さんやお母さん、おばあちゃんも一緒にテーブルを囲んで夕食の時間のようだった。
キィ、と音がして扉が開く。
弓が姿を現す。 リトはどこか思い詰めたような青ざめた表情をしていた。
弓、とリトは声をかけようとして、弓の手に持たれたものに目を奪われる。
弓が、包丁を持っている。
『殺してやるっ』
次の瞬間、弓が弓らしからぬおぞましい声をあげてリトの祖母に襲いかかる。
「いやっ! やめてっ! 弓っ!」
リトは慌てて祖母を庇おうとして――
再び真っ白な空間に戻る。
{パターン1 シッパイ ツギハ パターン 2デス}
ピーッと機械音が鳴り響く。
次は陽炎の館に、リトはいた。
パターン2も3も4も、場所は違えど弓が誰かを襲うという設定だった。
それは義軍であったり、ルティであったり、ただの通りすがりの通行人だったりした。
体験版なので誰かが最後まで殺されるような場面まで進む前に終了していたが、まさに悪夢というにふさわしい、臨場感の溢れる生々しい空間だった。
当然のことながら、リトはほとんど、ただ見てるだけしかできなかった。
――でも、もし弓が万が一狂ったりして他人に危害を加えるような時は、そんなときは保護責任者の私が殺してでも止めるしかないから、この試験は仕方ないのじゃないかしら
リトは4パターンまで体験した後にそう確信した。
いざって時に、情けをかけないために、この試験はあるのだと。
いざって時のための、覚悟をためす試験なのだと。
{サイシュウ タイケン パターン 5 ココデモ カナラズ タイショウシャ ヲ コロシテ クダサイ}
パターン5に入る前に機械音からもう一度説明がある。
――何をいまさら。
リトは脂汗をかきながら鼻で笑った。
いくら幻覚?とは分かっていても弓が他人を襲う映像なんて心臓に悪い。
――よし、ラスト!
リトはごくりとツバを飲んだ。
周囲の景色が変わる。
そこは、白の館の裏庭だった。
暖かい日差し、そよそよとそよぐ、柔らかい風。 遠くで聞こえる、女官達の楽しそうな声。
「リートっ!」
不意にリトの背後から弓の明るい声がする。
リトが振り向くと、弓が可愛らしい包みを持って立っている。
弓の表情はいつものままで。
弓が手にした包みを差し出す。
「ハッピーバスディ、リト。 これ、プレゼント」
リトは包みを受け取る。
「リト、大好きよ。 これからも友達でいてね」
弓は安心しきった、信頼しきった笑顔でリトに告げる。
ありがとう、とリトは笑顔で応えようとして――気づく。
この状況でもか、と。
{アナタノ ケッカハ 0 アナタハ ホゴセキニンシャニ ナレマセン}
機械音が結果を告げると、リトは夢から覚めるように現実世界に戻る。
ここは白の館の弓とリトの相部屋で、リトの目の前にはシンディがいた。
「……」
黙ってなにも言わないリトをシンディはそっと抱きしめた。
「可哀想に。 ごめんなさいね。 でも、分かって欲しかったの」
リトはただ抱きしめられる。
「これは体験版と言ったわよね? 本試験はもっと内容がリアルだし、回数も多いの。 つまりいくら現実ではないといえ、ラムール教育係はシュミレーションであなたも、巳白も、新世も、殺しているのよ。 何度も。 何度も。 何度も」
リトの頬をつう、っと涙が伝った。
「しかも保護責任者として契約を済ませてしまったら、いざラムール教育係が殺そうとした時、あなたも巳白も、拒否はできないのよ。 ただ何も出来ずに殺されるだけ――」
シンディの瞳からも涙がこぼれる。
「ラムール教育係が尊い人だなんて幻想はもうお捨てなさい。 本当に清らかな人が殺滅権なんて持つと思う? 保護責任者になれると思う? それに彼は瞬間記憶能力も持っているのよ。 シュミレーションの中で殺したことだってはっきりと覚えている。 そしてこの試験に合格する為には必ず殺さないといけない。 しかも――定期的に受けているのよ。 定期的に、殺しているのよ。 そんな人が普通だと思って? 立派と思って?」
リトを抱いたシンディの手に力がこもる。
「信じたくないでしょうけど、これが真実なのよ。 だからラムール教育係を信用するのはおよしなさい。 自然と距離をおくのよ。 今日私に言われたことも言ってはだめ。 言ったらあなたは殺されてしまうわ。 殺滅よ。 誰も文句も言えないし、誰も真実を知ることはできないの。 いい? あなたのためよ」
あなたのためよ
あなたのためよ
あなたのためよ
リトの脳裏でシンディの声がこだまする。
「――気持ちわるい……」
リトはぽつりとそう言った。
その顔色は真っ青だ。
シンディがそっと身体を離し、心配そうにリトをみつめる。
「ショックだったわよね。 本当のことを知って。 もう休むといいわ。 ゆっくり休めば元気になるわよ。 私は――もう、帰るから」
リトは頷き、ベットに横になる。
シンディはそっと離れ、部屋を出る。 そして何食わぬ顔をして廊下を歩き、白の館の外に出た。
教会前まで来て、シンディは振り返って白の館のリトの部屋を見た。
そして、冷たく笑った。
リトは目を閉じた。
閉じているのになんだか周囲がぐるぐる回っている。
キモチワルイ。
気持ち悪い。
きもちわるい。
リトは目を開けた。
部屋は回っていないけど、まるで船酔いのように胸のムカムカが止まらない。
――頭が、痛いっ……!
リトは目を閉じた。
頭が、ずきずきと痛む。 頭の中でぎゅうぎゅうに詰めた爆弾がいまにも爆発しようかと呼吸しているような感じ。
気持ち、わるい……
キモチワルイ
リトはベットの中で何度も寝返りをうつ。
嘔吐感と、頭痛。
きつくて、目も開けたくない。
身体の外側はふわふわとして、中側はどろどろしている感じ。
いや、逆?
心臓の鼓動がやけに乱れる。
血液だってザンザン流れているような、ノロノロこぼれているような。
「――助け、て……」
リトは何に対してか自分でも分からなかったが思わず口にした。
普通ではない。
気持ち悪い。
誰か、助けて。
リトの手がぎゅっとベットのシーツを握る。
その時だった。
リトの部屋の扉がガチャガチャと激しく音をたてた。 何かが外から触っているような音。
次の瞬間、バタンと音がして窓が外に開く。 窓から風が流れ込んでくる。
リトは風を感じて薄目を開けた。
窓から入ってきたのは、風。
いや、風だけじゃない。
周りの景色と同化しているけれど、これは、これは――
「リトっ?」
褐色の肌がリトを抱き起こした。
リトの視界に変化鳥が見えた。
――ああ、アリドだ。
それでリトはアリドの顔も見ずに、目を閉じた。
「リト? おい、リト、どうしたんだ?」
アリドがリトの身体を揺らす。
リトの様子がただごとではないと直感したアリドの手がペチペチと軽くリトの頬を叩く。
「キモチ、わるいの……」
リトはぐったりしたまま、やっとの思いで口を開いた。
「気持ち悪いのか? 吐くか? 医者は? 病院は? ラムールさん呼ぶか?」
アリドが矢継ぎ早に質問する。
「――嫌……。 お医者さまも、ラムールさまも、いらない……。 眠たい……。 眠らなきゃ……」
リトは朦朧とした意識の中で返事をする。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
でも眠たいのだ。
なんだかとても、眠らないといけない気がする。
「ちょ、ちょっ、待て! リト!」
アリドがリトをゆする。 頬を叩く。
「これじゃあ……眠れない……」
リトが返事をする。
アリドは周囲を見回すと、リトを抱きかかえて立ち上がった。
「ひゃっ」
リトはあわててアリドにしがみつく。
相変わらず周囲はぐるぐると回っている。
「グルグルまわって気持ち悪いぃ……」
「分かった分かった。 どうせ横になっててもぐるぐる回るんだ。 気にすんな」
アリドはそう言ってリトを抱いたまま変化鳥の背に乗る。
変化鳥の羽の香りは巳白の羽の香りと少しだけ似ていた。
一瞬、心が安らぐ。
だが次の瞬間、身体がふわりと宙に浮く。 変化鳥の背に乗ったまま空を飛び始めたのだ。
しかしあいかわらずグルグルと周囲がまわる。
それに加えて身体が上下する。
「リト、いいか、起きてるか?」
アリドが何度も何度も声をかける。
リトはその度に頷く。
ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる……
世界はずっと回っている。
一方、こちらは、テノス城の北東側にある岩山ばかりの寂しい荒野
その岩山と岩山の間の隙間にある洞窟――内の、佐太郎の住処。
洞窟内を改造した部屋は広く、深い。 大きな洞窟内を中心に横穴が繋がり、扉の向こうにはまた扉。
いったい何部屋あるのかも皆目検討がつかない。
その中でも中途半端に奥すきず、近すぎない場所に、佐太郎はいた。
上から下まで本が所狭しと並べたり積まれたり、ごったがえしている。
「ょっと! これかぁ?」
佐太郎が積まれてた本の真ん中に挟まっていたメモ用紙を引き抜く。
すると積み重ねていた本の山が崩れて、辺りは埃だらけになった。
「おー、ッゲホッ、ゲボッ」
埃を手で払いながら、佐太郎が出てくる。
「っちゃー、何年分の埃だよこりゃあ」
佐太郎はそう言いながら引き抜いたメモ用紙の文字を見て、「これも違うか」と呟くと放り投げる。
「この部屋じゃなかったかな〜」
佐太郎はそう言いながら別の部屋に移る。
次の瞬間、天井に仕掛けておいたランプが、ポーンという甲高い音と共に点滅する。
ポーン、ポーン
ランプは再度点滅をする。
「……誰か来たか?」
佐太郎は面倒くさそうに頭をかく。
「ま、来るって言っても――」
佐太郎は服の埃をはたいた。
「佐太郎さーん! 佐 太 郎 の 、 お っ ち ゃ ー ん ! ! !」
洞窟中にアリドの声がこだまする。
「やっぱりアリドだな」
呆れたように、でも嬉しそうに佐太郎は呟く。
「好きな時に自分の家みたいに遊びに来やがって」
佐太郎は今まで進んできた部屋を後戻りして中央の部屋へと向かう。
向かいながら佐太郎は一つの部屋の扉を掴んでガチャガチャと回して鍵がかかっているかどうかを確かめる。
鍵はしっかりとかかっていた。
――この部屋だけには入らせる訳にはいかねぇからなぁ。
部屋の中にはラムール用の人工皮膚に関する資料や材料がてんこ盛りだった。
――あいつ、もう、本当におれの助けはいらねぇんかなぁ……
佐太郎は扉を軽く叩く。
アリドの声が再びこだまする。
「佐太郎さん! 佐太郎さん! いねぇのか? 大変なんだってば! 糞なら途中で止めて出てきてくれよ!」
佐太郎は吹き出した。
今まで急に巳白やアリドが遊びに来た時、ラムールが女である証拠の品を片づける為に出て行くまで時間がかかった時、たいてい言い訳は「糞してる最中」だった。
――しっかし、途中で止めて出てこいたぁ、何があったんだ?
佐太郎がいつも使っている中央の部屋にたどり着いた時、アリドは今まで見たこともないような青ざめた顔をして佐太郎を待っていた。
アリドはその胸にリトを抱いている。
アリドとリトの後ろには変化鳥が堂々と立っている。
――なんだ?